第2章:目立つ石

第1話:工房でのおしごと

 間宮が『名前のない宝石工房』でアルバイトを始めてから、一週間が経った。水曜日と金曜日と日曜日を除く週四日のシフトなので、今日で五回目の出勤だ。間宮の仕事はというと、商品棚の整理や、既製品の宝石達を磨くこと、レジ打ち、工房の掃除くらいではあったが、ようやく少しマキやライカ、朝霧アサギリの仕事が理解できてきた。

「ライカさん。この新しいポップ、この石用であってますか?」

 朝霧が削り出して保管していた宝石のうち、キューブ状の赤い石を指して間宮が訊ねる。

「えぇ。そのはずよ」

 ライカの回答を聞きながら、間宮はポップに書かれた文字を読む。


『効果:食欲がわく』


 相変わらず嬉しいんだか嬉しくないんだか、よくわからない効果だ。けれどこの赤い宝石は血のような深紅しんくで美しい。ライカが作ったカリグラフィー風の手書きポップも絶妙に洒落しゃれていた。

「気になっていたんですが、どうして石の名前を書かないんですか?」

 ずっと疑問に思っていたことを問うと、ライカは少しだけきょとんとした。そして、あぁ、と言って微笑んだ。

「石に名前がないからよ」

「え、でも。ルビーとか、サファイヤとか、ダイヤモンドとかいろんな石の種類がありますよね」

「そうね。でも、この店で扱っている多くが、無名の原石から削り出した宝石なの。もちろん有名な宝石の原石から取り出している石もあるけれど」

 間宮は黙々と石を削り出している朝霧を見やった。確かに、朝霧が今手にしている原石はそのへんの石に見える。宝石の原石については詳しくないが、見たところ何の変哲へんてつもない灰色の石だ。

「不思議に思っていたんですけど。宝石の原石じゃない石から、綺麗な色の石が取れるものなんですね」

「朝霧の手にかかればね。名前のない、世界に一つしかない宝石を取り出せるのよ」

 すごいなぁ、と間宮は改めて感心した。だが、そんな称賛じみた言葉にも朝霧は一切無反応だった。

 間宮の知る限り、朝霧は作業中ほとんど言葉を発しない。というか、常に研磨機けんまきに向き合っているか、原石をじっと見ていて、休憩しているところをほとんど見たことがなかった。

「というか、お店の名前にもあるじゃない。『名前のない宝石』って」

「……え? あ、ああ! え、もしかして『名前のない』って『宝石工房』にかかってるんじゃなくて、『宝石』にかかってたんですか?」

「あ、やっぱり分かりにくかった? そうなのよ。ほらー、店長、分かりにくいってよ?」

 ちょうどよく店の方から工房に顔を出した槇に、ライカが茶化すように言った。

「あはは、日本語って難しいよね」

 槇は苦笑いしながら間宮を見て、手を招いた。

「間宮さん、少し店の方手伝ってもらえないかな?」

「あ、はい。今行きます!」

 呼ばれた間宮は元気よく返事をし、小走りで店の方へ出ていった。

 パタンとドアが閉まると、ライカはうっすらと微笑みながら朝霧の方を見やった。

「仲良くなればいいのに」

「……何よ」

 朝霧がペン状の回転式ヤスリで少しずつ灰色の石を削りながら、顔をしかめた。

「歳の近い女の子なんて、今まで話す機会ほとんどなかったでしょう?」

「余計なお世話よ。見た目上の年の近い女ならいるでしょう」

 冷たく言ってのけた朝霧に、ライカは苦笑して小さいため息をついた。

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