灰色のノルディック

@yast03

林間学校

林間学校を欠席することは絶対にできなかった。


体育の授業中に手首をひどく折った。

あんなに痛い思いをしたことはなかったし、ギプスは二の腕にまで達していた。


好きな娘がいた。

彼女は美人で無邪気で、誰にでも屈託のない素敵な笑顔を見せる人。

僕に何故か沢山声をかけてくれる人。

当然のように惚れていた。僕だけではないんだろうけど。


だから取り残されたくなかった。




登山の当日は天気に恵まれず、レインコートを羽織って歩くことになった。


背の高い木々に護られた、黒い土に朽ちた枕木の散らかった一本道。


彼女は少し前に歩いていた。

僅かな雨を防ぐために被ったフードがギプスよりも煩わしかった。




尾根に出てしばらく歩いていると、天気が急変した。

空は廃屋の蛍光灯のようになった。

燻んだ山肌に散ったパステルカラーから悲鳴が上がった。


ただ不安な表情をした彼女ばかり見ていた。

僕の心は躍っていた。



気づくと、側には険しい顔をした担任がいた。


「腕は大丈夫?この天気だとこの先は危ないから、バスに戻りなさい。」




切望は受け入れられなかった。

僕のギプスは、責任者にとってはあまりにも大袈裟だった。




ただ一つ通ったわがままは、帰り道を一人で戻る事だけだった。


生温い絶望を抱えて歩いた。

霞んだ沼や大樹が荘厳さを振りかざして一人ぼっちの僕を煽った。

柄にもなく神様を感じた。嫌悪感とともに。


宿舎に向かうバスの中はうんざりするほど無音だった。




登山道を抜けてきた皆は、雨に濡れて笑顔だった。

自分がいるはずだった世界は灰色のスクリーンに消えていた。


ただ静かにその場から目を背けた。

僕の心は痺れていた。




気づくと、側にはいつもの笑顔の彼女がいた。


「腕は大丈夫?探したよ。こんなの、私も一緒にバスで帰りたかった。」




彼女に介抱されて、短すぎる道を二人きりで歩いた。

僕のギプスは、保健委員にとっては十分に大袈裟だった。




林間学校を欠席することは簡単だった。


愚かな僕は全てを受け入れた。

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