春・はじまり

 高校は自宅から駅二つ分離れたとこに通うことにした。

理由は明白だ。同じ中学の連中が一人もいないからだ。中3のときの担任にクラスの人と同じとこに行った方がいいと懸念もされたが、その度に教師は生徒の観察力もないのだと落胆させられた。僕は虐められていた。

 高校の入学式前日は、春休みの時差ぼけのような身体に鞭を打って家を出た。

二つ目の駅を降り、そこからは五分ほど歩く。同級生なのだろうか、真新しい制服を着た人が多く見受けられる。

段々と人や車の量が増えてきたところで、校舎が見えた。歴史を感じさせるところどころ剥がれた塗装。最後に来たのは春休み期間の学校説明の時と、つい最近のことだったがこの日の学校は新鮮に感じた。

 学校に入り、玄関で受付を済ませると、教室に案内された。教室には見慣れない顔が大勢いて人見知りの僕には地獄でしか、他ならなかった。

黒板に書いてあった座席表で自分の席を確認し、自分に席に座ると中学の時でも多用していた読書をした。読書は話す人がいない僕をいつも救済してくれていた。

本の一節を読み終えたところで違和感を感じた。教室が騒がしい。考える必要もなく、違和感に対する答えは出た。まあそれも当然だった。

このクラスでは中学が同じだった人なんて大勢いるはずだ。彼らにとって、高校なんて知らない顔が少し減るか増えるかの微量の差に違いない。況してや中学からの逃亡者である僕は誰とも話せなくて当然だ、と思い込んで僕は次の節へと読み進めた。

 感動の展開の場面で邪魔者が入った。ドアを開ける音と同時に全員が席に着く。担任の御出座しだった。

良いとこで読書を遮られた僕は本に栞を挟み片付けた。本だけでなく、テレビを観ている時でも良い所で邪魔をされるのは例え親でも、恋人(いないけど)でも、友達でも(いないけど)腹が立つ。

理不尽に担任に対し臍を曲げながら担任の話に耳を傾けた。

入学式の流れや、呼名の練習などが行われた。担任が来る前はでかい声でぎゃはぎゃは騒いでいた女の子の声が、こういうときに限って小さくなることに、疑問に思いながらも入学式は始まった。

 入学式が終わり、体育館から各々の教室に帰る。やっぱり女の子の声は小さかった。

 教室に帰ると、担任から教材の配布や明日からの生活の流れ春休み課題の提出などが行われた。早速忘れてきたやつもいたが、さすがにこの時期の先生は優しかった。

「今日からは、あなたたちは立派な本校の生徒です。本校の名に恥じぬよう登下校はしっかりルールを守ってくださいね」

その言葉の直後に号令がかけられ、その日は解散となった。女の子の声のボリュームが上がる。

 解散後は、中学からの同級生であろう奴らはゲーセンだの、入学祝で飯だの、はたまたナンパなどとお門違いな高校生像を追いかけ始めたが、友達のいない僕はまっすぐ家に帰った。

 結局その日に学校で話した事と言ったら、呼名での「はい」くらいだった。


 入学式の翌日から高校生活は始まった。

 春休みボケした身体に鞭を打ち高校へと足を運ぶ。まだ着慣れない制服のせいか、高校生という自覚は少しも沸かない。まだ新鮮に感じる風景も一週間もすれば見飽きてくるのだろうか、そんなことを考えているうちに学校に着いた。

 一時間目は学年全体でのガイダンスだった。入学から卒業までの流れや、三年後の入試について話された。学年全体での活動は人が多すぎるがあまり、僕の人見知りが最大限に発揮された。

その後は教室に戻りホームルームが行われた。

 そこで担任の口から思いがけないことが提案された。

「みなさん、まだクラスメイトの名前は分からないでしょうから一人ひとり自己紹介してもらいましょう」

恥ずかしがり屋の僕にとっては地獄の一大イベントの幕開けだった。

自己紹介で名前を覚える人なんてまず、いない。大体の人が学校生活を営んでいくうちに自然と覚えていく。故に、自己紹介なんて何の生産性もない一部の目立ちたがり屋の男達の大喜利大会でしかないがためにやる必要はない、と担任にテレパシーを送った。

「じゃあまず、担任の私から自己紹介させてもらいます」

もちろん伝わるはずはなかった。むしろ担任は乗り気で年齢は秘密だとか、彼氏は秘密だとか誰も興味を示さない分野へと話を展開していった。

呆れかけてきたところで担任の自己紹介は終わった。

次からは出席番号1番の人から順に自己紹介していく。

「〇〇中から来ました。赤坂裕子です。Agirlsが好きです。これからよろしくお願いします」

〇〇などという記号の名前の学校なんてあるものなのか、と疑問に思いながらも自己紹介は進んでいく。自分の番号は30番だ。まだ時間ある。

次々と自己紹介は進んでいく。

案の定、目立ちたがりの男子が好きな胸のサイズやら、好きな女優などといってアダルト業界の女優を持ち出し教室中が冷め切ったところで僕の番が回ってきた。

このような雰囲気に仕立て上げられたことには前者に殺意に近い感情が沸いた。状況は変わることはなく、僕はゆっくりと腰を上げた。

「高野中から来ました。濱内翔太です。趣味は読書です。一年間よろしくお願いします」

笑いも感動もない無難な自己紹介を終え、椅子に腰掛けたところでふと違和感を感じた。いや、そんなことはない、と残り10人の自己紹介を真剣に聞き入った。

から来ました..から来ました..から来ました..から来ました..」

やっぱり自分の勘は確かだった。中学がかぶっている人はほぼいないに等しかった。

その事実は自分の考えていた仮定を覆らせた。ならどうやって親しくなったのだろうか、僕は疑問に思った。

 担任と一部の男子の自己満足を主要とした自己紹介も終え、昼休みに入った。ここで僕は高校での洗礼を受けた。中学校までは給食を自分の席で食べるというのが常識としていたが、高校からは友達と好きな場所で食べるということになっていた。このような事態を僕は想定していなかった。案の定、僕は一人で食べることになった。一人という状況は慣れている。と、自分に思い込ませ母が作ってくれたお弁当を一口ひとくち噛み閉めながら口に運んだ。弁当を食べ終わった人たちは体育館や教室で時を過ごす。この高校では原則ケータイが禁止なため、休み時間は友達との会話が弾む。そのような自体が余計僕の首を締め付ける。弁当も食べ終わり、時間の使い方に困った僕は伝家の宝刀の本を取り出し、すぐさま自分の空間に入り込む。せっかくの友達を作るチャンスだが、時間の流れが友達を作ってくれると僕はまだ信じている。主人公が自分の娘を誘拐するという衝撃的な展開の途中で邪魔者が入った。昼休みの終わりを告げるチャイムだ。

 午後からは春休み明けの課題テストが行われた。五時間目に英語、六時間目に国語、とどめに数学。僕は勉強はできるほうだったから全く苦ではなかったが、自己紹介で盛り上がっていた男子は赤点第一号やら、ノー勉やらとあきれたことを言っていた。

 課題テストも終え、終礼にはいる。担任からは立派な本校の生徒やら、自覚を持てやら、いつか聞いたことのあるような台詞が語られた。話が終わり担任からその日の日直に号令の合図が送られる。

「起立、礼」

「さようなら」

放課後の火蓋が切られる。女子の声が大きくなる。男達は飯やらゲーセンやら今日も足を運ぶ。僕は今日も足を運んだ。家に。

結局今日も誰とも話せないまま一日が終わる。


 二つ目の駅を降り、五分ほど歩く。もう慣れてきたものだ。玄関で仁王立ちする先生の挨拶に軽く会釈をし、そこから靴を履き替え教室に入る。楽しそうにでかい声で話す女子の授業中とのギャップにも、もう慣れてきたものだ。自分の席に着き、御馴染みの読書に入る。嫁に娘を誘拐した犯人が旦那だったという衝撃的な展開の途中で邪魔者が入った。朝のホームルームだ。今日からは通常の授業が行われる。

 一時間目は早速体育だった。ホームルーム後に更衣室にて更衣を済ませる。チャイムが鳴る。やはり小中の時でもそうであったが、一時間目の体育は時間がない。更衣後は皆、足早に体育館へ向かう。そこでは体育教師がふんぞり返って腕を組んでいた。

「遅い!入学早々から高校なめてんのか!」

理不尽な説教に腸煮え返りそうになる。体育教師というものは生徒事情をよく知らないのかと日ごろから思っていたが、入学早々また思わされた。

 理不尽な説教も終わり体育の授業の活動に入る。今日はペアでの活動だった。早朝から僕は窮地に立たされた。男子同士でペアがどんどんと作られていく、そのうち僕以外で一人余った男子がいた。僕はその人とペアを組むことになった。男子が偶数人であったことに神に感謝した。ペアでの活動の内容とは、二人背中をくっつけて手を使わずに立てるかなどという小学生がきゃっきゃきゃっきゃ言いそうな内容だった。しかしこれが案外難しい。体格や身長が違うと全く立つことができない。一部の男子なんかきゃっきゃきゃっきゃと叫んでいる。ここで体育教師から体格が合う人同士で組むようにと助言された。そのアドバイスのせいで僕は自己紹介で好きな胸のサイズを公言していた人と当たった。ツーブロックに細めな眉毛、僕が苦手とするタイプの人間だ。

「君、名前なんていうの」

不意打ちの質問に言葉が詰まる。やはりこういう輩は敬語を知らない。初めての会話くらい敬語を使えと思う暇もなく、僕は必死に返答しようとした。

「えー、濱内翔太です」

小さいながらも振り絞った声に、会話が苦手な人の特徴である「えー、」を添えて返答した。

「じゃあ翔太だな。おれは大倉浩介な」

見た目とはかけ離れた好青年さに好感が持てる。という言葉が僕の頭にとどまり続ける。

「翔太はどこ中出身?」

立て続けに彼は質問してきた。

「高野中だよ」

まだわずかに戸惑いながらも返答する。聞かれてばかりいては相手に失礼だと思い、思い切ってこちらも聞き返す。

「浩介君は、どこ中出身なの?」

「おれは山口中だよ」

その中学出身とは、見た目には合うが彼の好青年そうなイメージとは合わなかった。「喋ってばかりいないで、しっかり活動に取り組め」

やはり体育教師は生徒事情をよく知らない。僕と浩介君は背中を合わせた。彼とはなんだか仲良く慣れそうな気がする。その後は喋る機会がなく授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。しばらくは、の言葉が頭から離れることはなかった。

 午前中の授業を全て終え、一人ぼっちの昼休みが始まる。はずだった。

「一緒に飯食おうぜ」

コンビニ袋を片手に浩介君は僕の席にやってきた。驚きと嬉しさのあまり言葉がでない。その間に浩介は僕の広げていた弁当箱からたこさんウインナーをつまみ口に運んでいたが、全く気にもしなかった。

「いいよ」

少し遅れて返事をした。浩介は僕の隣の机をくっつけ椅子に座り袋の中からサンドウィッチを取り出した。

「翔太って友達いないのか」

急な図星の質問に驚きと恥ずかしさのあまり言葉が出ない。

「図星か」

彼は笑いながら言った。こっちは痛いところを突かれて笑えない。

「おれが友達になってやるよ」

強引で小っ恥ずかしい台詞だったが、友達がいない僕にとっては救いの言葉だった。

「よろしくおねがいします」

まるで告白の返事のような言葉で僕は返事をした。

 その日、僕は初めて寄り道をして帰った。

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