第八話 それでも俺はやられてない 4
痴漢は両脇を数人の男性に取り押さえられたままホームを連行されて行ってしまった。どういうワケか駅員の姿も見えず被害者である俺に対する事情聴取もない。ドアが閉まり、突然の展開にあぜんとしたままの俺を乗せて電車は発車した。
そして、俺のすぐ耳元に誰かが顔を寄せてきた。痴漢を捕まえてくれたヒーロー氏だ。何だろう? まさか助けた亀をナンパしようとでもいうのか?
彼は耳元で小声で囁く。
「それにしてもずいぶんとエゲツない触られ方でしたね。スカートの中にまで手を入れられてましたけど、あれ、感じてませんでした?」
「……!」
俺は言葉を失った。
「痴漢にいじられまくって気持ち良かったかって聞いてるんですよ」
これがさっき俺を助けてくれたヒーローなのか? そのあまりの豹変ぶりに唖然として振り返ると、男はニヤニヤした下品な笑いを顔に貼り付けて俺を見下ろしていた。
コイツは何を言っているんだ。助けた相手にこんな事を言うのはどういう積もりなんだろう。
「あんた一体何なんだ? 助けてくれたんじゃなかったのか?」
男に対する不気味さと嫌悪感に支配されて言葉遣いを気にする余裕はない。
「助けるだって? お嬢さん。俺に助けて欲しかったのかい? 自分から痴漢を誘っておいて、助けて欲しい女なんているわけないだろう? 違うかい?」
男はそう言ってニヤニヤしている。
どういうわけか、こいつは俺が痴漢に遭うためにラッシュアワーの電車に乗っていたことを知っている。
「アンタみたいな美人のお嬢さんは好き好んで混雑した電車に乗ったりしない。おまけにそんな短いスカートだ。どうぞ触ってくださいって言ってるようなもんだよ。アンタはそんな格好で危険な電車に毎日同じ時間に乗って来た。つまりアンタは痴漢に触られたくて満員電車に乗る変態女子高生だってことさ」
その言葉を聞いた瞬間、あられもない紗江の姿が目に浮かんだ。そして忘れかけていた感覚がのえるの身体を……いや、俺の身体を貫いた。俺は腰の辺りから湧き上がってくる何かに激しく抵抗しながら、崩れ折れてしまわないように両脚を開いて踏ん張る。しかし、つり革を掴んだ指から力が抜けて、つい離してしまいそうになる。
「おっと危ない。倒れたら危険だから手はここに縛っておくよ」
そういうと男は首からネクタイを引き抜き、俺の両手首をまとめてつり革に縛り付けてしまった。身体に力が入らない俺は抵抗すらできなかった。
「お嬢さん。アンタ、先週この車両でメチャクチャにされてただろう? 数えきれないほどの手で身体中をいじり回されて興奮してたんだろう?」
それは紗江のことだろうか?
「なんでそんなことっ!」
「知ってるさ。あの日、俺はアンタのすぐ近くにいたんだからね」
男はそう言ってウインクした。
近くにいた?!
「違う! 興奮なんかしてない! 痴漢が許せなかったんだ」
「それこそ違うだろう。自分よりも友達の方がたくさんの男に囲まれて気持ちいいことされちゃってる。だからアンタは怒ったんだよ。不公平だってね」
「違う! 俺だってたくさん触られたんだ! そんなことで怒ったんじゃない!」
「『俺』ときたか。 威勢のいいネエちゃんだなあ。でも嘘はいけないよ。あの時アンタに触ってたのは俺だけだよ。言っただろう? すぐ近くにいたって」
何だと? あの時、俺を押さえ付けていたのはコイツだったのか!
くすぶっていた怒りがいきなりピークに達して、俺は手足を動かして暴れた。しかし拘束された両手はがっちりと縛られていて解けそうにない。
「触ってた本人を前にして自分もたくさん触られただと? そんなに触られなかったことが悔しいのかい? 淫乱なお嬢ちゃん。アンタの言うことは嘘ばかりだ。そんな嘘つきの口に用はないからコイツを咥えててもらおうか」
そう言って男はポケットからハンカチのような布切れを取り出して俺の口に無理やり詰め込み、もう一枚を細く巻いて吐き出せないように首の後ろで縛って猿轡にした。
足元には誰の持ち物なのか大き目のボストンバックが置かれ、両脚を大きく開かされてその両端の金具に足首を縛り付けられてしまった。これでもう脚を閉じることは許されない。
「今のアンタに発言権はないが、必要な時がきたらこの猿轡を外してやるよ」
男はそう言って笑った。
ここは公共の交通機関の中だぞ。こんな事が許されるわけがない。俺はしきりに首を回し猿轡を噛まされた口で精一杯呻いて他の乗客に助けを求めようとした。
「残念だけど、この車両に乗ってるのはみんな俺の仲間だよ。そんなもの咥えさせたけど、いくら大声を出しても他の車両には届かない。諦めるんだな」
そう言うと男は制服のミニスカートを捲りあげて尻に手を触れる。
「オイオイ、近頃の女子高生は一体どうなっちまってるんだあ? 自分から痴漢を誘うもんだからトンだ変態だと思っていたが、こんなエロいパンツまで履いてるとは! こんなパンツ、校則違反じゃねえのかよ? これ履いて痴漢に可愛がってもらおうと思ってたのかあ? 参ったなあ」
「んんんーっ!」
俺は羞恥心でわけがわからなくなって、ただ呻きながら首を横に振ることしかできなかった。
「嘘つきのくせに否定するのか。よし、今日はこれからアンタの変態性を暴いてやろう。『女子高生変態公開裁判』だ」
男がそう宣言すると周囲からたくさんの手が伸びてきて、俺の全身を撫で回し始めた。不快ではあったが、さっきの痴漢の延長だと思えば我慢できる。
「なんだあ? こいつはおかしいぞ? アンタ、こんなに大勢に触られても何とも思わないのかよ」
男が意外そうな声を出す。
その通りだよ。この間抜け野郎。そんなもので感じてたまるか。
俺は静かに男の目を睨みつけた。
「そーかあ。アンタみたいな気が強い女は身体をどうされようが平気みたいだな。さて、そんな女は一体どうやって調教するか知ってるかい? 今からそれをじっくりと教えてやろう」
そう言って男は目に何かを当てて俺の視覚を奪う。目隠しをされたようだ。これで俺が頼れるのは耳だけになってしまった。そして男は残された聴覚に攻撃を集中させる。
「さっき俺がこう言ったら反応してたな。『アンタは痴漢に触られたくて満員電車に乗る変態女子高生だ』って」
そのセリフを聞くや否や俺の身体にまたアレが襲いかかった。水着に着替える更衣室で、身体検査がおこなわれている保健室で、下腹の奥底から背骨を伝って這い上がり、幾筋もの鋭い稲妻が俺の理性を剥ぎ取ろうとする。しかし、俺はまだ屈してはいない。
「よしよし。ちゃんと反応するな。エラいぞ。触られても感じないから不感症かと思ったけど、これはいじり甲斐がありそうだ」
そう言うと男はなにかごそごそとやり始めた。俺の制服のブレザーのボタンを外してるようだ。これから一体どうするつもりなんだ?
「アンタは触られたいんじゃなかったんだ。あの時されていたことはもう一つあった。衆目の前で裸にされて辱められることだ。アンタはこれに興奮した。乗客がたくさん乗っている車内でブラを外して乳首を晒され、スカートは捲れ上がったままパンツに手を入れられる。そしてその姿を大勢の乗客に見られてしまうんだ。さあ、その姿をよーく思い出してごらん。そしてそんなことをされているのは誰でもない、アンタ自身だ。さあ、思い出せ」
男は俺の耳元でそう囁く。途端に先日、乳房も露わに制服をはだけさせられていた紗江の姿が脳裏に浮かんだ。彼女もこの感覚を味わっていたのだろうか。あの時は痴漢達の隙をついて逃げ出すことができたが、今回は俺一人。しかも両手両足を拘束されていて目も見えず声もだせない。
そして今、唯一の鎧である聖華女子の制服が男の手によって脱がされようとしている。この車両に乗った大勢の痴漢達の前にのえるの美しい裸体が晒されてしまうのか。もし、途中の駅で一般の乗客が乗ってきたら? あるいは異変に気付いた駅員が車両に乗り込んで来たら?
のえるは、いや、俺は両手両脚を拘束されたまま身体を隠すこともできず衆人環視に裸を晒すことになるのだ。抑えようと努力しても腰が何度も痙攣して跳ね上がり、膝が小刻みに震えてしまう。
「もうそんなに気持ちよくなっちゃってるのかあ? 今日この電車に乗って良かったな」
男はそう言ってシャツのボタンをすべて外してしまうと、背中に手を回してホックを外し、そのままブラを取り去ってしまった。見事な手際だが、煉獄の羞恥に焼き尽くされていた俺はそれどころではなかった。
ただただ激しい快感のせいで痛いほど尖ってしまった乳首を男に見られるのが恥ずかしかった。胸を責め続ける快感の余韻が再び下腹部に戻ってきて、さらなる大きな快楽の波を起こすために少しづつ蓄積されていく。
「乳首がすっごく立ってる。おもいっきり感じちまってるな」
自分が今どんな状態か全部バレてしまっている。男がわざと口に出した言葉がさらに乳首を責め立ててくる。
「さて、痴漢希望の女子高生がどんなエロいパンツを履いてきたかみんなにも見てもらおうか」
そう言って男がミニスカートをゆっくりとたくし上げていく。
やめろ! だめだ。やめて! もう……!
五感を通して入ってくる情報のすべてが一瞬でシャットアウトされ、過去に体験したすべての幸福を軽く凌駕するほどの快感に貫かれ、突き上げられる。そしてゆっくりとその場でたゆたった。
今まではいつもここで終了して、気だるさとともにゆっくりと目を覚ますのが通例だったが今回は違う。
無音、無感覚の世界に漂いながら、大きな声で呼ばれているのに気がついた。そして俺は、地獄のような現実に無理やり引き戻される。
「おっと、もうイッちゃったのかあ? メインイベントはまだなんだぞ。ほら、エロいTバックを脱がしてやるよ。こんな下着は履いてる方が恥ずかしいからね」
もう、俺は自分が今どんな格好をしているのかわからなかった。でも、律儀に実況して聞かせる男の声がそれを想像させてしまう。そして男の手の感触も。
下着が太腿の中央あたりまで引き下げられたところで俺は二度目の頂点に突き上げられていた。そしてほんのわずかな時間だけ、無音の世界に浸ると再び現実に引き戻された。
知らない間に泣き出していたらしく、顔が涙でぐしゃぐしゃになっていた。そして、それよりも俺を驚愕させたのは、内腿を伝ってゆっくりと落ちて行く冷たい感触だった。
「おいおい、全然触ってもいないのに、一体何度イクんだよ。アンタ本物の変態女子高生だなあ。よーし、準備ができたぞ。こいつが今日のメインイベントだ。初めてだったらちょっと辛いかもしれないが遠慮しないで楽しんでくれ」
そう言うと、後ろに突き出す格好になっていた尻にちょっとした違和感を感じた。直後に腹の中に冷たい感覚が広がる。
これはまさか?!
俺は残っているすべての力を振り絞り身体を捩って激しく抵抗したが、男の行為を中断させる効果はまるでなかった。
「これがなんだか知ってるんだね。そう、これは浣腸だ。少し待てばアンタのお腹の中を綺麗に掃除してくれるよ。もちろん、その時にどんなことが起こるかわざわざ説明しなくてもわかるよな? そして俺達は、裸でつり革に縛り付けられたアンタを残して次の駅でみんな降りる。アンタは他の乗客か駅員が見つけてくれるだろうけど、この浣腸がどんなタイミングで働いてくれるか楽しみだねぇ」
そう言い残すと男達の気配が一斉に消えてしまった。
あいつらは俺を残して別の車両に移動したのだろうか。次の駅に着いたら何食わぬ顔で降りて行ってしまうのか。そしてここに残された俺は裸で縛られたまま乗客たちの目の前で!
それはゼッタイに嫌だ。そんなことになったらもう聖華女子に通うことはできない。今の家に住み続けることもできないし、もう電車に乗ることもできない。
次第に腹に違和感を感じ始めてきた。もう時間の問題かもしれない。電車が減速を始めたのがわかった。
もう本当にダメ!
そう思いながら俺は三度目のもっとも大きく、そしてもっとも深い絶頂に導かれ始めていた。
そこで急に耳元に人の気配を感じた。
「いいかい? よく聞くんだ。これから猿轡を外す。アンタはイク時にちゃんと自分でイクと言うんだ。言えるかい?」
俺は夢中で頷いていた。イクという言葉が正確にどんな状態を指すのかよくわからない。それでも、男が何を望んでいるのか。自分が何を求められているのかを本能的に理解した。
「よーし、いい子だ。ちゃんとイクって言うんだぞ。うまくできたら助けてやる」
言ったとおり猿轡が外される。俺はその瞬間までギリギリ耐えていた快感の波にあっと言う間に飲み込まれていった。そして意識が途切れる寸前に命令された言葉を叫ぶ。どんなに大声を張り上げようとも、大して声は出ないかもしれない。それでも俺は力一杯叫んだ。
「ィクイ……ク、イク、ィ……クぅぅぅぅぅ」
◇◇◇
気がつくと俺はどこか公園のような施設のベンチに腰掛けて誰かに寄りかかっていた。制服はキチンと着せられて、自分のものじゃないダークグレーのコートを羽織っている。一体どんな魔法を使ったのか失禁した形跡はなかった。
「どうだ? ちょっと変わった痴漢プレイは楽しかったか?」
ベンチの隣にはさっきの男が座って、タバコをふかしていた。
「普通じゃ体験できない快感だっただろう? 気に入ったならまたやってやるぜ。まぁ、普通じゃ満足できない体になっちまっても知らねーけどな」
俺は、何度も強制された大きくて深い絶頂のせいで、今もなお断続的に続いている強烈な余韻に突き上げられ続け、しゃべることすらままならなかった。何でもないような顔をしている積もりでいるが、ときおり身体がビクビクと震えてしまって、自分が未だ強い快感に襲われていることを寄りかかった男に隠すことができなかった。
微かな振動音に目を落とすと、カバンから覗いたのえるのアイフォンに着信がきている。それを見て思い出した。そう今は月曜日の朝なのだ。
電話は祥子からだった。学校では朝のホームルームが終わったあたりだろうか。
「もしー? のえる? あんたどこにいるの? 大変なのよ。佐々木 雄一君が死んじゃったのよ!」
絶頂の残滓が一筋背中を這い上がっていく。その突然の快感に危うくアイフォンを落としそうになって慌てて両手で持ち直した。
祥子の言っている内容が俺にはうまく理解できなかった。だって俺は今ここに生きてるじゃないか。
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