夢見るバク
月乃宮
始まりは寝室で
ぽんっ。
それは初めて耳にする音だった。コミカルな雰囲気の裏に隠された不気味を垣間見たような気がして、背筋が凍ると同時に全身に鳥肌が立つ。どうしようもなく硬直してしまった身体に内心舌打ちをした。
そしてソイツは目の前にいた。
まるで最初から存在していたかのように。
おそらく人が認識できない瞬間のうちに。
私の目の前に立っていた。
にぱっと笑っているソイツは、子供の形をしていた。
「こんばんは、唯ちゃんっ」
「い、ま・・・・・・今、アンタ、どこから現れたの?」
腰に両手を当て胸を張り、無邪気な顔をしながらこちらを見てくるソイツの目線は、どういうわけかベッドに座っている私と同じ高さだった。訳が分からない。そして何故私の名前を知っているの。
そもそもさっきまで私は、一人でこの部屋にいたはずだ。眠れないと分かっていながらも睡魔の訪れを信じて、ずっとベッドで座り込んでいたじゃないか。
それなのに、前触れもなく現れた目の前のコイツは、一体何者なんだ。
水晶のような目から逃げるように、視線を落とす。
「アンタ、浮いて・・・・・・」
「ぼくは夢喰いバク! 唯ちゃんに、眠ってもらいにきたんだっ」
人間じゃなかった。
久しぶりの来客が、人外。ようやく(無理矢理とも言う)認識した結果、その事実が頭を悩ませるという始末。
ああもしかして、ついに眠ることができたのでは?
とすると、これは夢だ。なんともファンタジーじみた夢である。私の頭の中はこんなにもふわっふわしたお花畑だったのか?
それはともかく、夢ならば焦る必要はない。
だってこれは、単なる夢なのだから。
夢喰いバクと名乗った子供は、俯き無言のまま考え込む私を不思議そうにのぞき込んでいる。おそらく、私の思考がかたまるのを待っているのだろう。思考をとばしても、固く目を瞑っても、目の前のこいつは消えなかった。
夢ではない、のか。
仕方なく目線を合わせると、ソイツは大層無邪気な笑顔を浮かべた。
「アンタ、何しに来たの?」
「えっとね、簡単に説明するねっ。
唯ちゃん、最近ずうっと眠れていないでしょ? そのせいで『ズレ』が生まれちゃったの。
ぼくたちにとって、そういう『ズレ』は脅威の一つなんだ。小さくて取るに足らない、なんなら足で踏みつぶしてしまっても気付かない程度のものでも、次の瞬間どうなるのか計り知れないからねっ。
そしてぼくは、機関から派遣されてその『ズレ』を処理しにきた、悪夢担当の一人なんだっ。唯ちゃんが眠れるように、お手伝いしに来たの!
だからね、唯ちゃんが眠れない理由、教えてくれないかなっ?」
大舞台で演じているかのように、両手を広げ、語り出したソイツはまるでヒーローぶっている。
弱き者を助けに来た、正義の味方。
私の大嫌いなもの。
ぐっと手を握り締める。爪が手のひらに食い込む痛みが、一層思考を
私は今、紛れもない現実世界で、悪夢と対面しているのだ。
「私が眠れない理由をアンタに教える義務なんてないし、アンタは知る権利すらないよ。コレは私だけの問題だもの。機関とか担当がどうなんて、私には微塵も関係ないでしょ。放っておいてよ。
帰って!」
突き飛ばすように
それが、今の私にできる精一杯の防御だった。
どこか妙な喋り方をする、自称夢喰いバク。朗々と語られた説明の始めから終わりまで、言ってしまえばその存在すら理解できない。そんな奴に従う理由など、どこをどう探しても見つからないに決まっている。
ソイツは睨まれたことに驚いたのか、はたまた従わなかったことに驚いたのか、ぽかんと口を開けた。そうして、困ったなあ、などとブツブツ呟きながら、ぽすんと私の目の前に降り立ち、こてんっと首をかしげる。
「ちょっと勘違いをしているんだよ、唯ちゃん。うんうん、確かに唯ちゃんの言っていることは分かるし、気持ちも理解できる。
でもねっ? このことについては、唯ちゃんの意志なんてものは関係ないんだ。まーったく関係ないのっ。
唯ちゃんがどう言おうが、どう思おうが。ぼくは唯ちゃんを眠らせなきゃいけないし、唯ちゃんは眠らなきゃいけない。
ええっと、わかるかなっ?」
まるで子供に言い聞かせるようにふるまって困り顔で覗き込んでくる、目の前の得体の知れないナニカにぞくりとする。人間じゃあない。そう、ヒトでないナニカ。
狭いベッドの上で、無駄だと分かっていながらも後ずさる。すると、きょとんとした顔でこちらを見やるソイツに、冷汗が背筋をなぞる。
「まっ、そういうことだから、しばらくの間よろしくねっ」
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