83.シンデレラ




 いつか白馬に乗った王子様が迎えに来てくれる。

 小さい頃から、私はずっとそう思っていた。



 それは未だに現実になっていない。





「あーあ。誰か、私を迎えに来てくれないかしら?喜んで着いていくのに。」


 1人さみしく、家にいると負の感情が襲い掛かってくる。

 周りの結婚ラッシュに、最近の私は自分でも不安定になっていると思う。



 30歳を数年過ぎて、適齢期という言葉が付きまとうようになった。

 親も親戚も結婚結婚とうるさくなり、そろそろうんざりしてくる。


 私だって、別に結婚をしたくないわけじゃない。

 タイミングが合わなくて、ここまで来てしまっただけだ。


「私を、私で良いと言う人が現れて下さい。」


 近くにある本を引き寄せて、ページをめくった。

『シンデレラ』子供の頃に読んだ、この絵本を私は未だに捨てられていない。

 シンデレラの様に虐げられていた子が、幸せになる物語。

 私もこんな風になりたいと、心のどこかではまだ諦めていなかった。


「あー。幸せになりたい。」


 切実な思いが口からこぼれ出る。

 しかしそれは無理だと、冷静な自分がどこかから言ってきた。





 ついに来てしまった、親友の結婚。

 独身同盟を作っていたのに、まさかの裏切り。


 結婚式では表面上では祝福をしたが、内心はとても複雑だった。

 これで私の周りは既婚者で埋め尽くされた。

 余計に結婚をせかされる声は多くなるだろう。


 引き出物の重さを感じながら、私はため息をついた。




 もしこれが恋愛小説だったら、ここでとんでもない美形と出会って恋が始まるのに。

 それが望めない私は、とぼとぼと1人で歩く。


「この年になって、良い男なんて見つかるわけない。もう一生独身でいるしかないのかしら。」


 その言葉は空気に溶け込んですぐに消えた。




「そこのお困りの方。少し寄っていきませんか?」


 しかし消えた言葉に返事があった。

 私が驚いてそちらを見ると、電柱の脇にみすぼらしい格好をした老人がいた。


 すぐに浮浪者や不審者かと思ったが、何だか親友の結婚に弱っていたのと老人の言葉に希望を見出してしまったのとで私は立ち止まる。


「おじいさん。何を言っているんですか?」


「あなたは童話のお姫様みたいに、幸せな結婚をしたいのだろう。それを私なら叶えて差し上げますよ。」


 気が付けば頷いていて、彼から小さなお守りを渡されていた。

 狸に化かされた気持ちになりながらも、それをポケットの中に大事にしまう。

 そして老人は消える事なく、私が帰るのをずっと見守っていた。





 この前の道を私は足音荒く歩いている。

 あの老人と出会ってから、数週間が経った。


 しかしその間、仕事は上手くいかず実生活でも出会いなんて全くない。

 それどころか良いなと思っていた人を、前から気に入らなかった後輩に盗られる始末。



 老人に騙された。

 私はものすごく怒っていた。


 あの場所にいるという保証はないが、文句を言ってやりたくて休みをもぎ取ったほど、その怒り具合は大きい。



「いたっ!!」


 そして老人はこの前と変わらず、電柱の脇に立っていた。

 私は大声で指さすと、走って彼の前に立つ。


「おや、お久しぶりですな。」


 老人は穏やかな笑みを浮かべていた。

 それが余計に、私の怒りを増長させる。


「久しぶりじゃないわよ!あんた騙したでしょ!!」


 私は胸倉を掴む勢いで、老人に詰め寄る。

 しかし彼は涼しい顔をして、目を合わせてきた。


「何がですか?私はあなたが望むことをしただけですよ。」


「どこが?出会いなんて全くないし、何もかも上手くいってないわよ!」


「それで良いんです。」


「はあ!?」


 老人の言っている意味が分からなかった。

 だから更に大きな声を出して、私は怒りを前面に出した。


 そんな私の様子を見て、老人は肩に手を置いて諭すように話す。


「あんた。童話で幸せになるのは、それと同じぐらい苦労をした奴だけなんだよ。だからあんたの望む幸せの分、苦労をしなくちゃならない。でもそれを乗り越えたら、ちゃんと幸せになる。」


「……。」


 私はそれを聞いて、話を理解して。



 お守りを老人につき返した。


「本当に良いのかね。」


 私の行動をあらかじめ分かっていたのか、悲しそうな目をして彼はそれを受け取る。


「私は早く幸せになりたいの。それと同じぐらいの苦労?願い下げよ。」


 そう言い残して、私は踵を返す。

 そして後ろを決して振り返らなかった。



 ああ、幸せになりたい。





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