80.エレベーター




 どんどん上にいく。

 どこに行くのか分からないまま、私は階数表示をただ見つめる。



 気が付いたら、私はエレベーターに乗っていた。

 ここに来る前に何をしていたかも、今どこにいるのかも知らない。

 ただずっと中でぼんやりと立っていた。



 きっと目的地に着くまでは、エレベーターの扉が開く事は無い。

 誰かに説明されたわけではないが、何となく察していた。

 どのぐらいの時間がかかるかは分からない。



 それでも待っている。





「……あ、あれ?ここはどこ?」


 しばらくすると、気が付かぬうちに乗客が増えていた。

 座り込んで辺りを見回し、混乱している女の子に私は手を差し伸べる。


「初めまして。」


 彼女は私の手を取らず、距離を置いた。


「あなたは誰なんですか!?私をここに連れてきたのはあなたなんですか?」


 確かにこの状況は、私の存在がとても怪しいだろう。

 無理もないので、出来る限りの笑顔を意識して話しかけた。


「いいえ。私もあなたと同じで、いつの間にかここにいたの。でもあなたよりずっと前にいたから、落ち着いているだけ。」


「そ、そうなんですか……よろしくお願いします。」


 納得してくれたかは分からないが、一応疑惑の目を向けるのは止めてくれた。

 立ち上がり、私の隣に立つ。


「ここがどこか、あなたは分かっていますか。」


 少しすれば落ち着いた彼女は、名前をそうと名乗った。

 私は彼女の満足いく答えかは自信の無い見解を述べる。


「ずっと上に行っているエレベーター。しかも話からすると、もう何時間もたっているんですよね。じゃあ現実の世界じゃないって事か。」


 深く考え込む横顔を見ながら、不思議な気分になった。

 なんだか初対面じゃないような。

 どこかで会った事があるんじゃないかと思う。


 しかしいくら考えても、記憶の中に一致する情報はなかった。



「私はね。信じたくないけど、死んでしまってこれから死後の世界に行くんじゃないかなって思っているの。」


 奏の雰囲気に、気が付けば私はずっと思っていた考えを話してしまっていた。

 馬鹿にされるかと思ったが、彼女は真剣に話を聞いてくれる。



「確かに。死んだなんて思いたくないですけど、それはありえる話ですね。じゃあこれが着いたときは……。」


 奏はうつむいてしまった。

 私と違って彼女はまだ若い。


 死んだなんて、実感もないし信じきれないことだろう。


「で、でもきっと天国に行けるよ!それか死んだのも間違いかもよ。」



 明るく言ったが、まだ生きているかもしれない可能性なんて驚くほど低いだろう。

 ただ、彼女の事を安心させるための言葉だった。


「そうですね。エレベーターが止まるまで、何が起こるか分からないですよね。」


 それでも奏は安心してくれたようで、初めて笑みを見せてくれた。




 ちょうどその時、エレベーターの速度が遅くなり始める。



「いよいよ、って感じだね。」


「……はい。」



 緊張で体が固まった。

 それでも奏が私の手を安心させる為に握ってくれて、心が軽くなる。


 どんな結果になっても、彼女がいればどうにかなる。





 チーン




 音が鳴って完全に止まった。

 喉が大きくなる。



 そしてゆっくりと扉が開く。




「……え。」




 扉の先は、まさしく地獄絵図という言葉の通り酷いありさまだった。


 見るのもおぞましい位、人が異形の者たちによってぐちゃぐちゃにされている。

 勢いよく吸い込んでしまった臭いが、今までに嗅いだことのないほどの悪臭で。



 私は地面に手をつく。



「何で、何で。」



 夢や間違いだと思いたい。

 しかし五感の全てが、それを否定する。





「上に行くからって、天国とは限らないよ。」



 その時、首に絡まった腕。

 耳元で囁かれる聞きなじみのある声。




 最初から思惑通りだったわけだ。

 私は渇いた笑いをこぼした。








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