77.ベランダ
子供が生まれてから、タバコを吸う時はベランダに追いやられてしまうようになった。
マンションのベランダは小さすぎて狭いと感じるが妻の目が怖いので、仕方なく我慢している。
しかし冬も近づくにつれて、寒さが身にしみるようになってきていた。
「ぶえっくしょい!!あー、寒い。」
大きなくしゃみと共に、煙が吐き出される。
先程まで暖房の効いた部屋の中にいたので、少し薄着だから寒い。
俺は文句を言いながらも、タバコを吸った。
禁煙。
その言葉が脳裏をよぎるが、それが出来れば苦労しない。
もっと値段が上がれば考えるが、今はまだ無理だ。
残り短くなってきたので、携帯灰皿に吸い殻を突っ込む。
「寒い寒い!」
後は匂いが消えるまで待って、そして中に入った。
「また吸ってたの。いい加減やめたら、この子の為に。」
子供を寝かしつけていた妻が俺の方を見もせずに、嫌味を言ってくる。
それに返事をせず、こそこそとこたつに入った。
毎回の事なので、嫌味にももう慣れた。
俺はこたつの温もりに安堵のため息をついて、まどろむ。
寒い思いをしてもタバコをやめられない理由は、もう1つあった。
ベランダを出て向かいには、一軒家が建っている。
その家のベランダ側の窓の部屋にいる、女性を見るためだった。
その女性を初めて見たのは、本当にたまたまだった。
いつもの様にベランダに追いやられて、タバコを吸っていた時、窓のカーテンが開いているのに気づいた。
何も考えずにただぼーっと見ていたら、部屋の中に彼女が入ってくる。
高校生なのか可愛らしいデザインのブレザーを着ていて、肩まである髪がツヤツヤと輝いていた。
普通はすぐに顔を背けるはずが、好奇心からそのまま見続けていたら、彼女が急におもむろに着替えをし出して驚く。
自分の部屋だから着替えをしても不自然ではないが、カーテンが開いているのに危機感が無さすぎる。
俺は視線を外せないまま、彼女が部屋着になるまで結局見続けてしまう。
それから彼女の事が無性に気になってしまった。
俺の歳と比べたら、一回り以上も下の子とどうにかなるつもりは無い。
ただつまらない日常の中で、彼女の存在は俺の癒しとなっていた。
しかし最近、何やらおかしい。
この前、彼女と目が合ったのだ。
それは変わらずベランダでタバコを吸っていた時だった。
彼女は窓に近づき、誰かと電話で話していた。
俺は中へ入ろうかとしたが、タバコの火がまだ付いている。
消すのはもったいないと、そのままでいた。
その時、彼女の目線が俺の方を向く。
突然の事に固まってしまって、目が合うのをただ待っていた。
そして目が合った瞬間。
彼女は満面の笑みを浮かべた。
それを見た俺は急いでタバコの火を消して、匂いを気にする間もなく中へと入る。
しばらく心臓がうるさく音を立てていた。
俺に気づいた彼女が微笑みかけてきた。
もしかしたら、もしかしたら最初から気づいていて。
そこまで考えて、1つの決心をした。
今度、彼女がこちらを見たらその時は。
迎えに行ってあげよう。
彼女もそれを待ち望んでいるはずだ。
最近、視線をよく感じる。
それは部屋の窓の外からだった。
しかし私の家の周りには、建物は何も建っていない。
昔はマンションがあったらしいが、私が生まれる前に取り壊されたと聞いた。
それに視線を感じる時に、周りをどんなに見回しても誰もいない。
何だか気味が悪いので、しばらくはカーテンを閉じていようと思う。
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