75.かえる




 つまらない人生。

 ドラマのような展開もなく、日々平凡に過ごす毎日。


 俺はそれが耐えきれなかった。

 だからこそ引き止める親を無視して実家をすぐに出たし、俺に合った人生を探す為に東京に来た。


 それなのに今の俺は、なんてつまらないのだろう。





「めんどくせー。」


 公園のベンチに座って、タバコの煙と共にため息を吐き出す。

 空へと流れていく白い煙は、やがて空気に溶け込んで消える。


 それをぼんやりと眺めながら、またため息。



 東京に出てきて5年の月日が経った。

 俺は今、深夜のコンビニのアルバイトをして生活をしている。


 こんな事がしたかったわけではない。

 いつもそう思っている。

 しかしいつしか俺は、馬鹿にしていた平凡な奴等よりも、下の存在になり果てていた。


「何か面白いものでも落ちてないかなー。パーっと人生が変わるような。」


 空を見上げたままポツリと呟く。

 誰に聞かせたわけでもなかったそれに、まさか返事があった。


「それは深刻だね。未来ある若者が、こんな所で挫折するのはもったいない。君が良ければ私に任せてみないか?」


 座っていたベンチの隣りに、その男はいつの間にかいた。

 見た感じ60代後半の、老紳士だ。


 あからさまに怪しいが、その時の俺は色々と疲れていて。


「頼みます。」


 その男の差し出した手を握っていた。






 老紳士に連れていかれた先は、とても大きな屋敷だった。


 俺は首が痛くなるぐらい大きなそれを見上げながら、待ち望んでいた非日常に胸が高鳴る。

 前を進んでいた老紳士は立ち止まった俺を振り返り、促す。


「ここから君の人生は変わる。それが良いのかどうかは君次第だ。私はここまでしか案内出来ない。精一杯生きなさい。」


 そう言って俺を残し、どこかへと立ち去った。

 俺はその姿が見えなくなるまで見つめ、そして中へと入る。





 俺の生活は一変した。

 屋敷の中に入ると、執事やメイドが出迎え俺を主人と呼んだ。


 どういうことだと戸惑っても、説明してくれる人はいなかった。

 しかし段々と生活する内に理解する。


 俺は億万長者になっていた。



 たくさんの金。

 きらびやかな人間関係。

 今まで考えられなかった事の数々に、酔いしれ楽しむ。


 楽しい。

 平凡じゃない、選ばれたものしか味わえない生活。





 しかしすぐに気づく。

 この生活の先に待っているのは、決して明るい未来ではないことを。


 金をむしり取ろうと近づいてくる、ハイエナのようなたくさんの人。

 騙し騙され、少しのミスで蹴落とされる。



 人を信じられない生活は、気が狂いそうだ。





 昔はまだ良かった。

 辛い事もあったけど、それでも平凡な幸せがたくさんあった。




 戻りたい。


 気がつけば俺は、あの日の公園に向かって走っていた。

 運動不足の体は悲鳴を上げていたが、それを無視してひたすらに走った。


 そして息を切らしてたどり着いた公園。



 辺りを見回すと、いた。

 前の俺に似た、人生をつまらないと思っていそうな若者。


 俺はそーっと近づき、彼の脇に立った。

 話しかける言葉はもう決まっている。














「今回も駄目でしたね。」


 とある公園の監視カメラの映像が流れているモニターの前に、2人の人物がいた。

 そのうちの若い女性の方が、隣にいる上司に話しかける。


 腕を組んで、映像を見ていた男性は深く息を吐いた。



「どうしてみんな、恵まれている生活を自分で手放すのか。絶対に後悔するはずなのに。」


「きっと満足のいく生活は、失って初めて気がつくんですよ。その時にはもう遅いですけど。」



 何回目かの実験も失敗に終わり、2人はモニターの電源を切った。

 用の無くなった映像に何の価値もなく、映っていた男性に関わる事ももう無いだろう。





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