66.日記




 病気で死んだ祖父の、部屋の遺品整理を手伝う事となった。


 あまり会った事が無かったから、面倒臭かったのだが腰が悪い祖母に頼まれてしまったら断れない。

 その結果、せっかくの休みに埃っぽい部屋でたくさんの荷物に囲まれる羽目になった。


「ごほっごほっ。何だこれ、タバコ?何個目だよ全く。」


 マスクをしているとはいっても、咳もくしゃみも出てくる。

 全く終わりが見えなくて、ついついぼやいてしまう。


 それでも今日中に終わらせたい。

 その気持ちから、あと少しで片づけられるところまで進めた時、引き出しの奥から一冊のノートが出てくる。


 普通のノートよりも分厚く、少し汚れているそれは表紙に大きな文字で『日記』と書かれていた。

 どうやらこれは祖父の日記なようだ。


 人の書いたのを見るのは初めてなので、何だかどきどきしてしまう。


「ある程度、片付けも終わったし見ても構わないよな。」


 誰に聞かせるわけでもない言い訳を口にして、俺はゆっくりとページをめくった。

 ノート一杯にびっしりと書かれている文字は読みやすい。どうやら一日一ページという感じらしい。


 ぱらぱらと簡単に目を通していくと、日々起こっているくだらない出来事が書かれている。

 祖母とご飯を食べに行ったとか、庭に植えたトマトが実ったとか。

 ほのぼのとはするが、面白くはない。


 俺はページをめくるスピードを速める。

 そしてあっという間に、最後の方になってしまった。


「あれこれって。」


 それは祖父が亡くなる前の日だった。

 やはりびっしりと書かれていて、俺は興味がわいてじっくり読む事にした。


 中身はいつもの様にくだらないもので、逆にそれが悲しさを生んでいる。

 更には最後に書かれている一文。


『明日もきっと変わらない一日だろうが、楽しもう。』


 それを見た瞬間、少し涙が出そうになる。

 祖父は前触れもなく急に亡くなったので、本人も自覚をしていないままだった。

 だからこそ何も知らず一日を終えた祖父。


 俺は胸が苦しくなりながら、日記を閉じようとした。



「あれ?続きがある。」



 しかし日記がまだ続いているのに気が付いて、俺はページをめくった。

 そして驚く。



「今日の、日付だ。」



 変わらず祖父の字で書かれたそれの日付は、まぎれもなく今日だった。

 俺はそのページを読む。


『今日は私の部屋の片づけを、孫がしてくれている。

 雑多にしてしまっていたので大変だろうが、手伝ってやることは出来ない。本当にすまない。

 あの子は優しい子だから、きっと最後まで責任もってやってくれている。

 ただ、



















 何で日記を読んでいるんだ?』




「うわあっ!!」


 それを見て俺は驚いて、日記を投げた。

 ノートは広がった形で落ちる。


 最後のページ。

 そこにも何かが書かれていた。


 俺は怖いもの見たさでそれを見る。




『なんてな。

 きっと私が死んだら、これを見るのはあの子だ。

 だから脅かせようとしてみた。

 どうだ?驚いたか?』



「……何だよ。」



 俺は脱力する。

 そして思い出した。


 あまり思い出の少ない祖父だったが、たまに遊んでくれた時は色々といたずらをされていた事を。



「驚いたよ。全く。」



 俺は笑いながらノートを手に取り、祖母の元へと向かった。



「ばあちゃんばあちゃん。」



「どうしたの?片付け、終わった?」



 祖母はこたつに入って、のほほんとして俺を見た。



「あのさ。これ、じいちゃんの部屋で見つけた。」



 嬉しい気持ちを抑えきれずに、祖母に日記を渡す。

 渡された祖母は驚いた後、懐かしむように目を細めた。



「あら。これ、あの人の。」


「そう。さっきちょっと読んだんだけど、面白かったよ。」



 俺も懐かしい気持ちで一杯になりながら、隣りに座る。


「ばあちゃんも読んでみろって。」



「大丈夫よ。私は一度見たことあるから。」



 目を細めながら、祖母は日記の表面を優しくさすった。



「あの人は昔から、何でも三日坊主で終わっちゃうの。これだってそうなんだから。そんなに面白かった?」



「え。」




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