63.貯める




 僕の母は貯金好きである。


 特に大好きなのは小銭貯金。

 少し大きな貯金箱を買ってきては、毎日の様に入れている。


 どうしてそんなに貯金をするのか。前に聞いた時に、貯まっていくのを見るのが好きと答えられたのだから、相当なものである。





 そして僕は、そんな母が大嫌いだった。

 何だか息子の僕よりも、貯金の方に執着していて気迫さえ感じる。

 気づけば貯金箱を眺めて笑う母の姿を、いつも憎しみを込めて見ていた。



 僕が高校生になってからも、母は変わらなかった。

 むしろ悪化している。


「……母さん。ご飯は?」


「あ。ごめんなさいっ。今、用意するから待っててね。」


 学校から帰ってきて、いつもの様に真っ暗なリビングの明かりをつける。

 そうすると部屋の端にしゃがみ込む母の姿があった。

 これもいつもの事。


 僕はその背中に声をかけると、母は慌てて立ち上がった。

 そして台所に行く姿を見ながら、ため息をついた。


 今日も母は、家事をせずに貯金箱をずっと眺めていたのか。



 最近、母は何もしなくなった。

 こちらから声をかければ思い出したかのようにやるのだが、1人になると貯金箱をただ眺めている。


 父に訴えても仕事であまり家にいないので、のん気に母の好きにしておけと言う。

 そのせいで僕はどんどんストレスが溜まっていった。





 そしてある日、ついに爆発してしまう。


「いい加減にしろよ!ちゃんと家事をしてくれ‼もううんざりなんだよ!」


「やめてっ!ごめんなさいごめんなさい!だからそれはっ!!」


 何度も何度も止めてと頼んでいたのにも関わらず、貯金箱の前にいた母を見て僕の中で何かが切れた。

 そしてその衝動のままに貯金箱を掴んだ。


 母はそんな僕に縋り、謝罪をするが僕はもう我慢出来なかった。




 ガシャン




 勢いのままにそれを床に叩きかけた。



「あ。ああ。あああ。」



 粉々に割れた貯金箱を、床に這いつくばって母はかき集めようとしていた。

 その姿に心が痛まないわけではなかったが、同時に気分は随分と軽くなった。





 それから母は貯金を止めなかったが、前ほど執着はしていない。


 たまに何のタイミングかは知らないけど、硬貨を1枚入れるだけ。



 そんな普通の姿にほっとしていた。



 しかしだんだんと気になり始めてくる。

 どんな時に入れているのだろうか。



「母さんはどういうタイミングで貯金しているの。」



 そして気になりすぎて、リビングでくつろいでいた時に何気なく聞いた。



「えー。そんな大した話じゃないわよ。」



 母は僕に背を向けて、野菜を切っている。



「あなたがやった時だから、そんなに定期的に入れられないのよね。でも貯まったら、ね。……楽しみだわ。」



「ふーんそっか。」



 僕がやった時か。

 意味は分からなかったが、母に答える気はなさそうだったので特に聞かなかった。





 もうそろそろ貯金箱は一杯になりそうだ。





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