57.お友達




 まだ私が小さい頃、私には秘密のお友達がいた。

 その子の名前も顔もよく覚えていないけど、遊んでいて楽しかった思い出はある。


 大きくなるにつれてその子の事は見えなくなってしまったけど、大事なお友達だったと自信を持って言える。



 しかし何時しか思い出すことは少なくなった。





「若菜!何ボーっとしてるの?次、移動だよ。」


 高校生にもなると普通の友達が出来て、空想の友達が出てくる事なんてなくなる。

 今は中学校の時から友達になった栄絵と一緒にいるのが楽しいので、昔の事を考えると自分が恥ずかしい。


「あ。ごめんごめん。教えてくれてありがとう。」


「もう最近変だよ!大丈夫?」


 授業が終わった後に昔の事を思い出していて、ぼんやりしていたようだ。

 栄絵が顔を覗き込みながら、心配そうな顔をしていた。

 私は慌てて何でもないという意味を込めて笑ったが、彼女はそれでも納得していないようで、おでこに手をのせてくる。


「え?何?」


「熱でもあるんじゃないかなって。……平熱みたいね。」


 真剣な顔でやってくるので、からかっているわけではないと思うのだが、何だか子ども扱いをされている気分だ。


「何でもないって。ちょっと考える事があっただけ。」


「そう?はやく行こう!チャイム鳴っちゃうよ。」


 私がいつもの顔を意識して笑えば、一応は栄絵も大丈夫だと分かってくれたようだ。

 手を引いて、次に移動する教室へと案内してくれる。


 その手のぬくもりに、何だか笑みがこぼれた。





 何で急に、昔の空想の友達を思い出すようになったのか。

 私は家に帰ると、部屋でゴロゴロとくつろぎながら考える。


 それまではたまにだったのに、今は気が付けばぼーっとしてしまう。

 栄絵にも心配されるぐらいだから、相当なんだろう。

 そうは思っても、無意識だから気をつけようがない。



「何かの暗示とかいうやつだったりして。」



 私はわざと明るい声を出すが、何だか気持ちがざわざわしてしまう。

 嫌な予感というか、このまま放っておくと危ない事になりそうな。


「テレビや漫画の見すぎとか言われそう。」


 自分の考えが馬鹿馬鹿しくなってしまった。

 昔の空想の友達なんて誰にでもある事だ。

 一々それで、怖がっていてもしょうがない。


 あんなものは小さい頃のまやかし。

 そう自分を納得させて、私は深く考えるのを避けた。





 そう判断したのを私はすぐに後悔する事になる。


「え。何で……。何で栄絵が……。」


 突然家にかかってきた電話をとった私は、受話器の向こう側から言われた話に驚いて呆然としてしまう。


 突然倒れて意識不明。

 そして倒れる前に、「見えない何かがいる。」と言ったらしい。


 その話を聞いて、いてもたってもいられず栄絵がいるという病院に向かった。




「栄絵。」


 病室の栄絵は色々な機会に繋がれて、死んだように眠っていた。

 その横に駆け寄り、私は栄絵の手を両手で握った。

 まるで氷みたいに冷たい手。

 そのままいなくなってしまいそうで、更に力を込めて強く握る。


「栄絵。栄絵。起きて!ごめんね!!私のせいだよね!」


 空想の友達がやったに違いない。私は確信していた。

 ずっと放置していたから、今の私の友達である栄絵に酷い事をしたんだ。


「私の声が聞こえる?聞こえているんなら、あんたに言いたいことがあるわ。栄絵に何かするつもりなら絶対に許さないから。その時は、私があんたを殺す。」


 栄絵の手を自分の胸に引き寄せる。

 そうでもしないと震えてしまいそうで、彼女から勇気を貰おうとしていた。

 そのおかげだろうか、段々と彼女の手のぬくもりが戻ってくる。


「栄絵。栄絵。戻ってきて。お願い……。」


 もはや祈るように何度も何度も名前を呼ぶ。


「……わ、かな……?」


 壊れたテープみたいに繰り返し言っていれば、弱弱しい声と共に彼女の目が開いた。


「栄絵!良かった!!」


 私は涙を流しながら、栄絵の体を抱きしめる。

 彼女も抱きしめ返してくれて、生きているという事を実感出来た。


 もしかしたら何か感じる事があったのか、段々抱きしめる力が強くなってくる。


「苦しい。栄絵、大丈夫だから。力、ゆるめてっ。」


 力が強すぎて息が苦しい。

 慌てて栄絵の背中をさすり、止めさせようとするが力は強くなる一方で。


「さ、さかえっ‼」













「たいせつなおともだちっていってくれたくせに。うそつき。」






 バキッ






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