45.同窓会




 20年振りに、小学校の同窓会がある。

 私は中学生になってから他の県に転校してしまったので、みんなにはもう20年会っていなかった。


 だから今日という日をとても楽しみにしている。

 洋服もちょっといいものを奮発して買った。もしかしたら新たな恋愛をする機会があるかもしれない。

 その可能性があるとしたら、少しでも印象を良くしたい。


 同窓会も楽しみだが、別の目的も込みでの話である。


 30歳を過ぎたら、周りの結婚の催促がうるさい。しかしいい人は独身じゃない事が多いし、出会う機会も少なくなる。



 それを考えると、同窓会は探す格好の場所だ。

 思い出補正で、少しはハードルも下がるだろう。



 私は派手になりすぎず、しかし男ウケのよさそうな服と髪型をして、同窓会会場前の扉に立っていた。


「笑顔、笑顔、女は愛嬌よ。」


 深呼吸を繰り返し、引きつった笑みにならない様に意識をする。

 この顔をキープ、明日は休みだから、無理をして筋肉痛になっても構わないだろう。



「よし、良い男見つけるぞ!」


 小声で意気込みを言うと、扉を静かに開けた。




「わ。」


 足を踏み入れた途端、驚いて少し呆気に取られてしまう。

 時間通りに来たと思っていたのだが、中はほぼ全員の人がそろっていそうだ。


 私は自分が遅れたのではないかと、招待状を出して確認してみる。

 時間は間違っていない。

 他のみんなが早く来ているだけか。


 私はほっとして中へと進んだ。




 同窓会あるあるなのかもしれないが、誰が誰だか分からない。

 あの頃の記憶もおぼろげなので無理もないけど、何だかその事に月日の残酷さを感じてしまう。


 こうも誰か分からないと、話しかけづらい。

 テーブルの上に並べられている美味しそうな料理を、皿に取り分けてため息をついた。

 これじゃあ良い人を見つけるどころの話じゃない。


 出した料金分、美味しいものを食べまくるか。

 中に入ってから、10分以上経てば自然と諦めモードに入ってしまっていた。


「あ。これ美味しい。」


「ひさしぶり、山崎だよね?」


 名前は分からない肉料理の味に感動していたら、私の隣りから急に人の声がする。

 驚いて料理がのどに詰まりそうになったが、近くの水を慌てて飲んで何とか飲み込んだ。


「けほっ。久しぶり、えっと……。」


 軽く咳払いをして声のした方を見た。

 知らない顔だ。

 クラスメイトなはずなのだが、全然名前が出てこなかった。


「もしかして分からない?山崎は中学からいなかったから仕方無いか。俺、神林。6年生の時、同じ図書委員会に入っていただろ?」


「えっと……あ!神林君‼随分、格好良くなったね!」



 名前を名乗られて、やっと思い出した。

 神林義紀君。確かに6年生の時に、一緒の委員会だった。


 しかし随分と雰囲気が変わっている。


「そうかな?でも山崎も綺麗になったよ。小学校の時からそう思ってたけど。」


 これは脈ありか。

 私は神林君を見上げて、思う。


 彼は目が合うと、照れたようにはにかんだ。



 タイプの人にそう言われたら期待してしまう。

 内心でガッツポーズをしつつ、それを顔に出さない様に微笑んだ。


「お上手ね。でも中学校からは別だったんだから、一気に老けたんじゃない?」


「そんな事ない。俺、実は山崎の事好きだったんだよ。だから本当、今日会えて嬉しい。」


 思っていた通り、少し引いてみればかかった。

 気づかれないようにさりげなく、彼の腕を軽く掴む。


「本当?嬉しい。……ちょっと待ってて。お手洗い行ってくるから、戻ってきたらまたお話ししましょう?」


「あ。うん、分かった。」


 私は上目遣いに彼を覗き込み、そしてぱっと体を離して会場から出た。

 扉に向かう時も背中に視線を感じ、私は見えない様にほくそ笑む。



 会場を出ると、すぐにトイレに向かい化粧を直した。

 なるべく濃くなり過ぎない様に、でも綺麗に。


 まあまあいい出来かな。

 納得がいく出来栄えになると、私はまた笑顔の練習をして会場に戻った。






「んん?あれ?」


 会場に戻ると神林君の姿が無かった。

 隅から隅を見渡すが、やはりいない。


 不思議に思って、私は近くにいた人に話しかけた。


「あの。神林君ってどこに行ったか知ってます?」


「え。神林?誰、それ。」


 話しかけた男性は、首を傾げる。


「えっと。さっき一緒に話していたんですけど。えっと○○小学校の時に、図書委員だった。」


「……あの。ここ△△小学校の同窓会会場ですけど。間違っているんじゃないですか?」


「え。」


 私は男性の言葉に、慌てて会場の外に出た。

 外の廊下にある看板には、『△△小学校同窓会』と書かれている。


「あれ?会場間違えた?いや、ここだったはず。」


 頭がこんがらがりそうになりながら、今度はフロントへと向かった。






「……それで結局、同窓会自体やっていなかったの。」


「何それ。怖い。」


 1週間後、私は友人とカフェであの日のことを話していた。

 あれから、○○小学校の同窓会はやっていないとフロントの人に言われ、意味が分からないまま家へと帰った。



 帰ってから私はつてをたどって、小学校のクラスメイトの1人に連絡したら、同窓会自体初耳だと言われてしまった。


「でもさ、何が怖いって招待状がちゃんと残っているのよ。日付も会場も間違っていないやつが。」


「嘘。じゃあ、あなたにだけ送られたの?」


「そうみたい。きっと神林って名乗ったやつの仕業だと思う。」


 印象は悪くなかったから、とても残念に思ってしまう。

 すっかり冷めてしまったコーヒーを飲んで、顔をしかめる。



 そんな私を見ながら、友人は眉を下げた。

 こういう顔をするのは何か言いたいことがある時なので、私は視線で促す。


 彼女はしばらく口をもごもごさせて、そして話し始めた。


「あのさ。招待状に書かれているのは、間違いなかったわけじゃない。」


「そうね。」


「そこで誰もいなかった。その神林って人しかいなかった。とかならありえそうだけど、ちゃんと会場には人がいた。それで、あなたが化粧から帰ってきた時も、同じ人達がいて、でも小学校が違うと言われた。」


「それがどうしたの?」


 彼女が何が言いたいのか分からない。

 私はまたコーヒーに口をつけた。



「いや。そんなに大したことじゃないんだけどさ。神林って人は結局何がしたかったのかなって。こんなに手間をかけるなんて、相当でしょ。……あなた小学校の時に、彼に何かしたの?」


 彼女は気まずそうに視線をそらした。そして口を閉ざしてしまう。

 空になったカップを置くと、私は次の飲み物を頼む為にメニュー表を開く。



「……何もしていないわ。こんな目にあうような事はね。」






 だって記憶に無いし。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る