44.取材



 我が校にある新聞部。

 その部員の私は、今回ある一人の生徒に取材をしていた。



 名前は雫石ひかる。

 飼育小屋で買っていたニワトリが、全羽いなくなった事件。

 彼はその犯人じゃないかと疑われていた。



 私達は彼が犯人でも、無罪でもいい。

 スクープになればそれで良かった。


 だから新聞部の次期部長である私が、選ばれたのだ。




「何が何でもスクープとって来いよ。」


 取材をすると決まった時に、現部長から言われた言葉を思い出す。

 彼は私の憧れの人なので、失敗は出来ない。

 私は自分に喝を入れた。


「初めまして。私の名前は高橋華代、二年生です。今日は取材を受けてくれてありがとうございます。」


「雫石ひかるです。よろしくお願いします。」


 彼はまだ一年生なので、丸みの帯びた顔をしている。

 見た目だけでは無害な子にしか見えない。


 私はどう面白く記事にするか考えながら、彼に笑いかける。


「緊張しなくていいからね。リラックスして答えて。もし答えたくなかったら、言わなくていいから。」


「は、はい。」


 しかしそれでリラックス出来るわけはない。

 急に硬くなってしまった顔に苦笑してしまう。


「じゃあ、始めようか。君にはちょっと辛い話かもしれないけど。」


「はい。」


 私は愛用のメモ帳とペンを取り出し、早速取材を始める。


「君は一学期から飼育当番になっていたよね。それで先月、ニワトリが全羽いなくなってしまった。そこで君が知っている情報を、出来る限り教えて欲しいの。」


「はい。えっと僕は……。」




 彼が途切れ途切れに語ってくれた内容をまとめる。

 そうしないと長くなってしまいそうだからだ。


 彼は半ば押し付けられた飼育当番をきちんとやっていたようだ。もう一人いたはずの子が来なくなっても、ほぼ毎日ニワトリの世話をしていた。

 世話をしていく内に、ニワトリ達に愛着を持った彼はそれぞれに名前を付けるまでになったようだ。


 そしてある日、朝に世話をしに行ったらいなくなっていたと。


「だから、僕も分からないんです。」


 雫石君は話をそう締めくくった。



 私はメモを取りながら、内心でがっかりしていた。

 これはもしかしたら、そこまで面白い記事が書けないかもしれない。


 そうしたら部長にがっかりされてしまう。



 しかし彼の話を今の所、面白くする要素が見つからなかった。


「えーっと。じゃあいくつか質問するね。……どうして君が犯人だと言われているのかな?話を聞く限りでは、疑われる要素が無い気がするんだけど。」


 スクープにならないんだったら、早めに終わらせた方がいい。

 そう判断すると、核心をついた質問をした。


「え。えっと、どうして、でしょうかね。僕はいつも通りに過ごしていただけなんです。だけどみんなが勝手に疑いの目を向けてきて。」


 雫石君はとても困った顔をして、私を見てくる。

 そんな顔をされても、私の方が困ってしまう。


「そ、そっか。でも何か変わった事を、無意識にしちゃってたとか。疑われそうな行動をしていたとか、何か無い?」


 話題を探そう探そうとするが、向こうが積極的に話してくれない。

 話している時に、何かポロリと重大な事を言ってくれるのを狙っている私としてはやりづらい。


「何か?特に何もしていないですよ。でもみんな嫌な顔をするんです。本当、訳が分からなくて。」



 彼が話している姿を見て、何だか少し違和感があるのに気がついた。

 それが何かは最初は分からなかった。


 しかしメモをしまい観察していると、すぐに見つけた。



 雫石君は話しをする時、全然変わらないのだ。

 顔の表情も、声のトーンも、雰囲気も、何もかもが普通。


 彼から、ニワトリがいなくなった事への悲しみ。

 その犯人に疑われている事の不安。

 それがまったく感じられない。


「……君は誰が犯人だと思う?」


 私は震えそうになる手を抑えながら聞いた。

 雫石君は首を傾げて、そして口に手を当てて笑う。


「えー。僕には分からないですよ。……でもたぶんですけど、もう出てこないんじゃないですか?」


 とても無邪気な笑顔。

 そのあまりにもこの場にそぐわない顔に、私はのどを鳴らす。


 恐らくだけど、彼はきっと犯人ではない。



 彼はこんな小さな事を起こすような人間ではない。

 私は目の前の彼を見て、心臓が騒ぐのを感じる。




 これから彼の為に、生きていく事になる。

 それは、出会った瞬間から決まっていた運命だ。


 もしくはこうして今日出会う事すらも、彼の計画の内だったのかもしれない。





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