33.善意
「あなた、今とても困っているでしょう?」
「は?」
友達を駅前のベンチで待っている最中、隣りに座ってきたおばさんに突然話しかけられた。
私は突然の事に驚いて、素の返事をしてしまう。
年上にする対応ではなかったと、反省するが話しかけてきたおばさんは気にしていないようだった。
「それで?困っているんでしょう?私には分かっているのよ。遠慮せずに言ってごらんなさい。」
「えっと。えーっと。」
むしろ今の状況に困っているのだが。
本音が口を出そうになる。しかし、得体のしれないおばさんがどこで怒るか分からない。
それに友達が来るまでにまだ時間はありそうなので、私は彼女に付き合ってあげる事にした。
「そうですね。ありきたりかもしれませんけど、好きな人がいるんです。」
「あらあら、それは大変ね!でもこの私に任せてくれたら、すぐに解決してあげるわよ!」
私が悩みを打ち明けてみれば、食い気味におばさんが目を輝かせて近付いてくる。その分後ろに下がって距離を取りつつ、話を続ける。
「いやいや。絶対に無理ですよ。だって彼にはもう可愛い彼女がいるんですから。私なんか眼中にないんですよ。」
私は顔を背け遠くを見つめた。
幼馴染だった彼と、いつかは一緒になるものだと昔は信じていた。
それがついこの前、違うという事実を突きつけられたのだが。
「そんな顔をしちゃ駄目よ。女の子は可愛く笑っていた方が、絶対に良いわ!だから私に任せてごらんなさいな。」
自嘲気味に笑ってしまう。
そんな様子を眉をハの字に下げたおばさんが、心配そうに見つめていた。
何だか初めて会った素性の分からない人なのに、ここまで私を心配してくれると思うと、いつの間にか私は頷いてしまっていた。
別に何も起こらなくて良い。おばさんに話を聞いてもらえて、とてもすっきりした気分だった。
「はは。……じゃあお願いしようかな。」
「良かった!じゃあ早速、解決してあげる!!」
ドオンッ!!
「!?」
私が頷くと、とても嬉しそうに笑ったおばさんが手を軽く合わせた。
その瞬間、大きな音が辺り一帯に響く。
何が起こったのか分からなくて、私はあたりを見回す。
「大変だ!脱線事故だ‼今、到着するはずだった電車だってよ!!」
近くにいた男性がスマホを見ながら、隣りの友人に興奮気味に叫んだ。
私はそれを聞いて血の気が引く。
到着するはずだった電車は、友人が乗っているものでは無いのか。
先ほど教えてくれた話では、その可能性が高い。
慌てて彼女に電話をかける。
しかし繋がらない。
電車の中だから出られないのかと思い、メールをしても返事が無い。
いつも、すぐに返してきてくれる彼女にしてはありえない事だ。
「嘘、嘘でしょ。何で。」
「良かったわね!あなたの悩みは解決したわ!!」
おばさんの存在をすっかり忘れていた。
私は嬉しそうに笑う彼女を見て、恐る恐る尋ねる。
「か、解決したって?」
「だってあなたの好きな彼は、電車に乗っていた女の子のものだったでしょ?だから彼女がいなくなれば、彼はあなたを見てくれる!良かったじゃない。」
「違う。私はそんなこと望んでない。」
私は信じられなくて、首を何度も何度も横に振る。
さっき頷いたのは、ただの冗談で。
友達がいなくなってほしいなんて、そんな事考えてもなかった。
「そう?本当に思わなかった?彼女は邪魔じゃなかった?そんなわけないでしょ。だからこうなったの。……お礼は良いわ。私は人の為に何かをするのが大好きだから。じゃあね、あとは自分の力で何とかしなさいよ。」
おばさんはあくまで、優しい笑みを絶やさずその場を去っていく。
私は足に力が入らなくなって、その場にへたり込んだ。
小さくなっていく後ろ姿を見ながら、彼女の言葉に強く否定できなかった自分に絶望して。
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