30.ゴミ



 物を捨てられない性格で、私はとても困っていた。


 いらない、使わない。それは分かっているけど捨てようとすると、途端にもったいない気がしてしまう。



 だからなるべく物を増やさないでいるが、他人から見ると物を捨てて整理すればいいらしい。

 それが出来たら、こんなふうに悩んでいない。


 テレビや雑誌がいう掃除術を、色々と試してはみた。しかし上手くいかない。



 もう仕方ない、やる気が起きた時に頑張ればいい。


 最終的にそういう考えに落ち着いて、結局何も捨てられずに今まで来た。

 こう言うと、ゴミ屋敷想像される時がある。

 しかし私の家はそうではない。

 何故かというと、私の代わりにゴミを捨ててくれる人がいるからだ。



「またあんたは、こんなのいらないでしょう。捨てとくからね。」


「はーい。」


 掃除中の母が聞いてくる。こたつの中にいた私は、それが何なのかを尋ねることなく了承した。


「じゃあ捨てなさいよ。まったく。」


 ため息と共に、ごみ箱の中へと重い何かが落ちる音。

 私はそれを別に気にせず、こたつの中でテレビを見始める。



 こうやって母が、定期的にいらないと判断したものを捨ててくれる。

 その結果、物であふれる事は今の所無いのだ。





 しかしこのままで良いわけがない。

 いつまでも母に頼っていくのは、これから先きっと無理が出てくる。


 母がいなくなったら。

 その時は本当にゴミ屋敷になってしまう。




「だから、どうすればいらないものを捨てられるようになりますか?」


「うーん。そうだねえ。」


 心配になった私は知り合いのつてを使って、とある人物を紹介してもらった。

 こういった少し変な悩みでも、真剣に聞いてくれて解決してくれるという男の人らしい。


 ただ、少し変わってはいるとの事。


 山田、とだけ名乗った男は、確かに見た目は怪しい。

 変な宗教とかを紹介されそうだ。


 それでも、何だか頼りになる不思議なオーラを持っていた。


「えーっと確か前に、そういうのに興味があった時に作ったものが……あ、あったあった。」


 山田の家か事務所か分からないが、今いる部屋はとても散らかっている。

 私が言うのもなんだけど、もう少し片づけた方がいいと思う。

 彼はごそごそと荷物の山を崩して、何かを取り出した。


 それは両手を広げたぐらい大きな袋だった。

 模様が無く真っ黒で、素材はたぶんポリエステル。

 少し禍々しい感じがする。


 山田は袋を手渡すと、ニヤリと笑った。


「それは魔法の袋だよ。君がしばらくは使わない、いらない、もしくはゴミだと判断したものを入れる。そして袋がいっぱいになったら捨てる。でも袋ごと捨てたら駄目だからね。あと、袋に入れたものを取り出すのはあまり良くない。でも、これがあれば君は物をいらないと思うようになれるから。冗談だと思って使ってみな。」


「え。」


 そして用は終わったと、帰れのジェスチャーをする。

 私は袋を手にして呆然としてしまう。


 あまりにも呆気ない。

 本当にこれだけで悩みが解決するのか。


 私は文句のひとつでも言おうとしたが、結局何もせずに帰った。

 人と争うのは嫌いだ。

 決して山田という男に怯んだ訳では無い。





「ただいまー。」


「おかえり。随分遅かったね。……何その袋。また物を増やして、いい加減自分で整理をしなさいよ!」


「うるさいな。分かってるよ。」


 家に帰ったのは、21時をだいぶ過ぎた時間で。

 リビングから顔を覗かせた母が、私の持っている袋を見て顔をしかめた。それをうっとうしく思い、リビングには入らず真っ先に部屋へと戻る。

 母の言っている事が正しいのだが、だからこそイライラしてしまう。そのイライラを母に向けて、こじれるのは後が面倒だから避けたい。


 部屋に入ると、私はベッドの上に貰った袋を置く。


「どこからどう見ても、普通の安っぽい袋。」


 時間が経ってみても、騙されたとしか思えない。こんなんで解決するんだったら、今までの苦労はなんだったのか。


 私は袋を手に取り捨てようとした。


 しかし使わないで捨てるのはもったいないのではないか、といういつもの悪い癖が出てきてしまい、とりあえず止めてテーブルの上に置く。


「ちょっと使って効果が無かったら、お母さんに任せよう。」


 そう考えて、袋のことは明日以降にしようと私は寝る準備を始めた。






 それから袋を何度か使ってみた。

 結果は私が思っている以上だった。


「最近、自分で整理できるようになったじゃない。」


「そう?まあ、いつまでも頼ってばっかじゃいられないからね。」


 母が驚くぐらい、最近の私は変わった。

 それも全部袋のおかげ。


 山田が言った通り、使わないと思ったものを入れると、途端にそれを捨てようという気持ちになる。

 どういうメカニズムかは分からないが、これがあるおかげで、母の手を借りなくてもすっきりとした部屋を保っている。


 この袋があれば、私はこれからの生活への不安がなくなるだろう。

 相談して本当に良かった。





 袋を使って半年が過ぎたある日のこと。

 家に帰ると、母が困った顔をして家の中をうjろうろとしていた。


「ただいまー。どうしたの?」


「あ、おかえり。あのね、ここに置いてあったネックレス知らない?あれ、借りているもので明日返さなきゃいけないのよ。」


「ネックレス?……あぁ、それなら。」


 何事かと尋ねると探し物をしていたようだ。そのネックレスの行方に、私は覚えがあった。

 あの袋の中だ。

 1回友達と遊ぶのに借りて、そのまま袋の中に入れてしまっていたんだった。


 私は慌てて部屋の中に走る。


 部屋の中央に置かれた袋は、もうすぐいっぱいになる大きさになっていた。

 ここからネックレスを探すのは苦労しそうだ。


 しかし母に黙って勝手に使った私が悪いので、腕まくりをして袋を開ける。


「うわー。こんなにいっぱい。」


 とりあえず袋を逆さまにして、全てのものを床に出した。そうすると、歩けるスペースが無いぐらいにものが出てくる。


「あれ?これ、ここに入れてたんだ。うわ、これも。……これもだ。」


 いらないと思って、袋に入れていた物の中からネックレスを探す。

 最初はそう思っていたのだが、それぞれ見ている内にとある感情が生まれてきた。


 なんでこれをいらないと思ったんだろう。

 どうして捨てようとしたんだろう。




 そもそもゴミって何?

 何を定義にゴミだと判断するの?





 私はどうして。

 捨てていいわけない。












 これを捨てようと思った私こそが……。



















 昨日の夕方、帰ってきた娘は部屋にこもったきり出てこなかった。

 何度か呼びかけたが、寝ているのか返事もしない。


 まあいいか。そう思い、私は部屋にまで入らず寝てしまった。

 朝、起きてきてリビングに行くと、昨日用意しておいた夕飯がそのまま残っていた。


 まったく。何しているんだか。


 最近は手がかからなくなったと思ったが、どうやら勘違いだったようだ。

 私はため息をついて、娘の部屋に向かう。




「何これ?」


 娘の部屋の前には黒い袋が置いてあった。

 その脇には探していたネックレスが置いてあり、私はそれを手に取る。

 これがここにあるという事は。


「あの子、ずっと探していたのかしら。」


 勘違いして小言をいう前に、分かって良かった。安堵して今度は袋に目をやる。


 黒い袋は、随分前に娘が持ってきたものに似ている。

 それにしても大きい。

 私の腰ぐらいありそうだ。


「何が入っているの?」


 歪な形に膨らんでいる袋には、大きく『ゴミ』とだけ書かれていた。

 私は中身を確認するために開ける。



 そして。







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