31.動画



 最近ハマっている動画のシリーズがある。


『みんなのお母さん』という名前で、その名の通りお母さんが言いそうな事、やりそうな行動を動画にしただけのものだ。

 これが中々、面白い。


 しかしマイナーだからか、そこまで知名度はなく未だに好きだという仲間に会えた事がない。

 この面白さを誰かと共感したい時があるので、それがとても残念だ。




「お。新作、投稿している。やった。」


 私は学校から帰ってくると、すぐにパソコンを起動してサイトを確認する。

 するとつい30分ほど前に、新しい投稿がされていた。


 タイトルは『お母さんの生態』。

 サムネイルから面白そうだ。

 さっそく再生する。



 チャンチャララ〜

 軽快な音楽と共に、可愛らしくデフォルメされたお母さんをイメージしたキャラが現れた。


「あなたは知っているはず。こんなお母さんを。」


 合成音声のどこかイントネーションのおかしい声。

 それが余計に笑いを誘う。


 そこからは15分ぐらいの間、私は楽しんで動画を見た。



「今日も面白かった!やっぱりこのシリーズ最高‼」


 笑いすぎて涙が出てくる。

 このシリーズを作っているのは誰だか分らないが、本当にすごいと思う。


「こんだけ面白いのに、本当に何で再生している人少ないんだろう?」


 再生数は、どの動画でも2桁にいくかいかないかというぐらい少ない。

 動画のクオリティを考えたら、もう少し伸びてもいいはずなのに。


 こういった動画のサイトは、再生数や評価で収入に変化があると聞いたことがある。

 もしかしたら投稿者の人が、あまりにも人気が無いと辞めてしまうかもしれない。

 それはとても困る。私の楽しみが無くなってしまう。


「どうしたら、皆にも知ってもらえるのかな?」


 私は考える。

 人気が出る方法といっても、そうそう良い考えが浮かばない。


「うーん。……あ!そうだ!!」


 その時、一つの考えをひらめいた。

 しかも上手くいけば、ものすごく再生数がのびそうな。


 私はさっそく準備を始める。


「えーっと、方法は……結構簡単だわ。」


 ネットで下調べをし、準備万端。

 パソコンの画面を前にして悪い笑みを浮かべた。





 私の考えは思っていたよりも、とても効果があった。


「ねぇねぇ。昨日投稿された『みんなのお母さん』みた?面白過ぎて、しばらく笑いが止まらなかったよ。」


「見た見た!本当面白いよね!!」


 クラスメイトが近くで話しているのを、私は内心でニヤニヤしながら聞いていた。



 数カ月が経った今、『みんなのお母さん』シリーズはテレビの番組で取り上げられるぐらいに人気が出ている。

 みんな口を開けば、大体話題にあがる。


 本当に私の思い通りだ。




 私がやった事は単純。

 動画サイトで複数のアカウントを作り、時間が許す限り何回も再生して、高評価のボタンを押しただけ。

 そうすれば最初は動画は段々と知名度がアップして、そしていつの間にか私が何もしなくても再生数がぐんぐん伸び始めた。


 もともと面白い動画だったので、一度見ればはまると思った私の考えは合っていたわけだ。

 そのおかげで、動画の話が出来る人がたくさん増えて私は嬉しい。




 最初の内はそうだった。

 それから、また数カ月が経った今では違う。


 私はクラスメイトが動画を話題にするのが、耳を塞ぎたくなるぐらい嫌だった。


「私はさあ、初期の動画が好き。最近はネタが使い回しっぽくない?」


「ええ、そうかな。今は段々クオリティが上がっていて、ネタは似てても全く違った感じになっていると思うけど。」


 人気になってきたのは良いけど、最近いわゆるにわかという奴が増えてきて、そのせいでイライラしてしまう。


 うるさいうるさい。

 人気になるまで見向きもしなかったくせに、知ったかぶりなんかしているんじゃない。

 あなた達に何が分かるんだ。


 話をしている奴に怒鳴ってやりたい。

 しかし学校では大人しいタイプで過ごしている私には、それは出来ない。


 だからイライラはたまるばかり。



 それでも、まだ楽しみがあるから爆発しないでいられる。




「あー。イベントなんて楽しみ!」


 私はイベントのサイトを眺めながら、一人興奮して叫ぶ。

『みんなのお母さん』初のイベント。

 場所は最初だからか少し小さな所だけど、それでも楽しみだ。


 そして今日は抽選の結果が分かる日。

 私はドキドキして、メールを待っていた。


 ピロンッ


「わ。来た来た!」


 スマホが鳴る。

 私はドキドキしてメールを開いた。







「……は?」


 そして私は驚きからスマホを落とす。


「嘘、でしょ。」


 メールの文面には、まわりくどく落選を書かれていた。


 そんなはずはない。

 私は信じられない気持ちで、何度も見る。

 しかし結果は変わらない。


「何で。何で……何で私が駄目なのよっ!」


 時間が経つにつれて、怒りがわいてきて私は近くにあったものを床に叩きつけた。

 何だか見ないまま投げたので、それがお気に入りのマグカップだったのを割れてから気が付く。


「もうっ!何でよっ‼誰のおかげで有名になれたと思ってんの!」


 マグカップが割れた事も、全部イベントに落ちたせいだ。私はそう思うようになり、段々と『みんなのお母さん』に対して憎しみの感情が出てきた。


「私がいなきゃ再生数ものびないまま、終わるはずだったのよ。それなのに何の感謝もないの。信じられない。私にこんな事をして、本当に良いと思っているの?」


 もう憎しみしかなくなって、私はパソコンの画面を開く。


「ふっ。私がいなきゃ駄目だって思い知ればいいのよ!」


 やる事は決まっていた。















「ねえねえ聞いた?『みんなのお母さん』のシリーズ、動画サイトから消されたらしいよ。」


「ああ、知ってる。でもさ最近、面白くなくなってきたからじゃないの。ちょっと前にやったイベントも、盛り上がらなかったっていう話じゃん。私、あの動画そんなに面白いと思ってなかったんだよね。」


「えー。実は私も。何であんなに流行ったのか、今思うと不思議だよね。」


 この前までの話と、全く違う事を言っているクラスメイト。

 それを聞いて私は口元がにやける。


 あれから『みんなのお母さん』シリーズは、どんどん人気を失っていった。

 急に動画に対しての低評価が増えたからだ。

 それからアンチが増えて、とうとう昨日サイトから動画が無くなった。


 その様子を見ていて、私は部屋で笑いが止まらなかった。




 私を大事にしないからこうなるのよ。

 それに最近、本当に面白くなくなっていたし、面白い動画なんて他にも星の数だけある。

 一度有名になったからって、その内忘れられる。

 だから当然の結果だ。






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