27.電話
プルルルル
プルルルル
プルルルル
「こんな夜中に、誰?」
私は鳴り響く電話の音で目を覚ました。
ぼんやりとした意識の中で、布団から抜け出し電話の元へと向かう。
「はい。もしもし。どちら様ですか?」
家にある電話はナンバーディスプレイじゃないので、誰からかかってきたか分からない。
私はこんな真夜中の電話を不審に思いながらも、緊急の様だったら大変なので電話に出た。もしかしたら仕事先の家族に何かあったのかも、そうだとしたら寝ている場合ではない。
一応誰なのかも分からないので、相手がどんな立場の人でもいい様に意識した声で話す。
「……。」
しかし電話の向こうの相手は無言だった。
「もしもし。」
「……。」
いたずら電話か?
いつもだったら何も言わずにここで切るのだが、気持ちよく寝ている所を邪魔された苛立ちもあり、私は尚も電話の相手に話しかける。
「もしもし。どちら様ですか?切りますよ?」
「あの……。」
何回声をかけても返事が無いので、少しとげのある言い方に段々となってしまう。
時間ももったいないからそろそろ切ってしまおうか、そう考えた時ようやく声が聞こえてきた。
私はその声が弱弱しい女の子の声だったので、拍子抜けしてしまう。
「えっとどなたですか?もしかして番号を間違えていませんか。」
これはいたずらではないかもな。
女の子の声がいたずらをしているようには思えず、私は優しく問う。
「あの。助けてください。お願いします。」
しかし、事態は私が思っているより深刻なもののようだ。
今にも消えてしまいそうなか細い声で、助けを求める声。
私の眠気はその瞬間、どこかに吹き飛んだ。
「一体何があったの?警察に電話した?どうしてこの番号にかけたの?あなたは誰?」
「えっと、あの、私っ。」
状況が分からない焦りから、女の子に矢継ぎ早に質問してしまう。
そんな私の焦りが伝わってしまったのか、女の子は何かを言おうとしてそれが言葉にならない。
「ごめんなさい。急にいっぱい聞きすぎちゃって。えっと、何があったの?警察は?」
私が落ち着かなくてどうする。
深呼吸をして気持ちをしずめると、私はゆっくりと聞き取りやすいように意識して話す。
「えっと、警察には。連絡していなくて。出来なくて。それは駄目で。」
「どうして?」
女の子の答えははっきりしないものだった。
それに苛立ちを覚えてしまうが、怒ったら元も子もないと口には出さない。
ここで電話を切られでもしたら、何だったのか気になって眠れなくなる。
「あの、私っ、私っ、……人を殺してしまってっ!」
「えっ!?」
そのかいあって、ようやく女の子は何があったか話してくれた。
しかし私の予想を大きく上回る話で、驚いて続く言葉が出なくなってしまう。
「助けてくださいっ。」
「え。本当に?本当に人を殺したの?」
「……はい。でも、でもそうしなきゃ私が殺されそうになったから!どうしようもなくて‼」
「落ち着いて。何があったか一から順番に話してみて。」
それでも私以上に焦っている女の子に、ぼーっとしている場合じゃないと自分に内心で喝を入れる。
今出来ることをやらなくては。
その為には情報がまだ足りない。
「えっと。えっと。私、田舎のおばあちゃんの家に遊びに来てて。それで、お父さんが釣りをしに行こうって。でも川に行く途中、車で寝ちゃって。気づいたら隣りに知らない男の人が、運転してて。」
女の子は何度もつっかえながら、それでも詳しい内容を話し始めた。
私は話を整理して聞く。
「どんどん知らない道に進んでっ。男の人が普通に話しかけてきたから、私も刺激しないように普通に返してっ。でも怖くなって、だからだから!!」
話している内に興奮したのか、女の子は最後まで話せず
でも大体のことは分かった。
彼女は見知らぬ男に連れ去られ、どこの段階かは分からないが、反撃をしてそして勢い余ってそのまま、というわけだろう。
「それで今は?近くにそれはあるの?」
私はいつの間にか、彼女を助けたいという気持ちになっていた。
顔も誰かも分からない、それなのに何故か見捨ててはいけないとそう思ってしまう。
「……あ。まだ近くに、ここがどこか分からなくて。」
女の子は辺りを見回しているようで、しかし何も目印になるものが無いのか、語尾が弱くなっていく。
「そう。でも電話はちゃんと通じているし、電波は悪くないと思う。スマホ?それならGPSを起動して、位置がわかるはずだけど。もし出来たら、あとは地図アプリでもなんでも使って帰れるよ。大丈夫。」
「!スマホです!使えるか試してみます!」
良かった。
ここでスマホじゃないと言われたら、私もお手上げ状態になる所だった。
女の子は通話を続けつつ、アプリを操作し始めたらしく、ごそごそという物音と彼女の息遣いしか、しばらく聞こえてこない。
「あ。分かりました!歩いて帰れそう!!」
しかしそう時間の経たないうちに、彼女の嬉しそうに報告してくれる。
私はそれを聞いて、電波も届いていて良かったとほっとする。
「じゃあ、あとは大丈夫だね。あなたは今日あった事を忘れる。何を聞かれても、気づいたら知らない場所にいて、歩いて帰ってきた。それだけしか言わないの。分かった?」
後は私の力が無くても大丈夫だ。
最後に言い聞かせると、電話を切ろうとする。
「あ、ありがとうございます!あ、あの待ってください!」
しかし焦った様子の女の子が、切るのを止めた。
「えっと、他に何か?」
私の役目は終わったものだと思ったので、不思議になる。
女の子はしばらく黙って、そして一言だけ言うと向こうが電話を切った。
「覚えていて下さい。」
ツー
ツー
ツー
「……何だったんだろう。」
電話は切れたが、私は受話器をしばらく持ったまま固まっていた。
覚えていてください。という言葉。
その意味を考えるが、答えは出ない。
それから少しの時間が過ぎた。
今では、もしかしたらあれは私の夢だったのではないかと思うようになっている。
あの時の着信履歴が、どう探しても見つからないからだ。
しかし夢だったとしても、私はこの出来事を忘れないでいた。
女の子が最後に言った言葉のせいかもしれない。
そしてそれは間違いじゃなかった。
夏休み。
祖母の家に行った私は、お父さんに無理やり釣りに連れていかれ様としていた。
その時点で、すぐに気が付く。
しかし、行く事自体を私は止めなかった。
ただポケットの中にスマホが入っているのを確認して、そして眠気に身を任せる。
大丈夫。
ちゃんと覚えていたから。
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