17.飼う


 この前、珍しい生き物を買った。


 ペットショップの店員に、今逃したら入荷はもう無いと言われてしまい勢いで買ってしまったが後悔はしていない。

 まる、と名付け僕はとても可愛がっている。

 そして仕事で疲れた僕をこの子は癒してくれるのだ。


「ただいま。」


 家に帰ってきて真っ先に挨拶をすると、ガラスケースの中でまるは嬉しそうに出迎えてくれた。


「今日は何をしていたのかな?ちゃんとお留守番は出来ていたみたいだね。偉い偉い。」


 僕はまるを撫でる。

 ふわふわとした手触りは、毎日のブラッシングの賜物だ。


「今日はまるの大好物を買って来たんだ。すぐに用意するから良い子で待っているんだぞ。」


 まるに買ってきたものを見せれば、ガラスケースにへばりつくぐらいに興奮している。

 少し値段が高かったが、こうして喜んでくれるのならば良かった。


 私は仕事の疲れが吹っ飛んで、鼻歌を歌いつつ食事を用意する。


「はい。ゆっくり食べるんだよ。」


 調理は数分で終わり、私はまるの前にご飯をのせた皿を置いた。

 まるは躾が行き届いているので、いいと言うまで口をつけない。


 時間はかかったがきちんと行って良かった。

 まると同じ種類のものは躾をちゃんとやらないと、言うことを全く聞かなくなると問題になっている。


 それを事前に知っていたのは幸運だった。


 私は食べて良いと許可を出す。

 まるはがっつく食べ方では無く、綺麗に上品に食べ始めた。

 その姿を見ているだけでも、私は楽しい。



「だから今はまるの事で手一杯だ。恋愛などしている暇はない。」


「お前それ結婚出来なくなる第一歩だぞ。」


 会社で合コン合コンだとうるさい同僚にはっきりと言えば、呆れた目をされた。


 私はその鬱陶しい顔を無視して、まるの写真を見る。写真をあまり撮らせてくれないので貴重な1枚だ。


「すっごいでれでれした顔してるな。気持ち悪い。」


「まるは可愛いからな。そうなってしまうのは仕方がない。そうだろう?」


 同僚に見せるにはもったいないが、まるの写真を見せてやる。


「へー。黒毛の血統書付き!!高かったんじゃないか、これ。」


 さすがにまるの価値は分かっているらしく、目を見開き、驚いた同僚は詰め寄ってきた。

 あまりの近さに私は一歩下がる。


「いや。結構安かったんだ。店員もなんだかすぐに売りたそうだったな。」


「お前それ、訳ありってやつだよ。大丈夫なのか飼ってて。なんか起こってないの?」


 同僚は今度は私から距離を置いた。

 動きの激しい奴である。


「特には無いな。強いていえば可愛いすぎるだけだ。」


「あっそう。それは良かったね。」


 私がここ最近のことを思い出すが、特に変わったことは無い。

 それを正直に言えば、引きつった顔をされた。


 駄目だ、まるにこいつの魅力は分からないな。


 私はそう判断すると、同僚を放っておいて仕事へと戻った。






 同僚とそんな話をしてから、本当に変な事が起こるようになった。


「今日は椅子の位置が違う。」


 帰ってきた私は部屋を見渡し呟く。

 ここ最近、仕事から帰ってくると必ず部屋にある何かが動いているのだ。


 気のせいかとも思ったが、几帳面な性格の私は出掛ける前にはきちんと整理しておくので、動いているのは確実だった。


 まるがやったのかとも一瞬考えたが、ガラスケースの中から出られるわけがない。

 じゃあ何だと問われると、困ってしまう。


 そういうわけで、また嫌々だが同僚に相談する事にした。



「やっぱりお前のペット呪われているんじゃないの。」


 しかし話し終えた後の答えがこれだったので、止めればよかったと後悔してしまう。


「そんな顔するなって。別に冗談を言っている訳では無いよ。一時期流行っただろう。ペットがお化けに取り憑かれる話。」


 あまりにも真剣な顔。

 いつものヘラヘラした表情じゃない。


 本当に、もしかしたらそういう話があったのだろうか。


「取り憑かれていたとしても、どうやって調べればいいんだ。」


「人に頼んでいるのに偉そうにするなあ。ま、お前らしいけど。そんなの簡単だよ。監視カメラを仕込めばいい。」


「監視カメラ?」


 監視カメラで幽霊が撮れるのか。

 用意するとすれば結構な値段がかかる。

 これで撮れなかったとなっても困るから、確実に大丈夫だという保証が欲しいのだが。


「先に言っとくけど、保証はないからな。……もし撮れなかったらまるちゃん専用にすればいいんじゃない?」


「よし、今日の帰りに買いにいくか。」


「本当気持ち悪いなー。」


 そろそろ写真だけでは物足りないと思っていたところだ。

 ちょいどいい機会かもしれない。


 私は帰り道にある家電量販店を、頭の中でピックアップした。

 同僚がこの前のように引きつった顔をしたが、すでに用はないので触れない。





「まるー、ただいま。」


 大きな袋を片手に、ほくほくとした気持ちで私は玄関を開けた。

 まるは不思議そうな顔で出迎えてくれる。


「今日はまるの可愛い姿を撮るために、良いものを買ってきたよ。」


 言葉は通じないが、一応教えてあげる。

 でもまるにはやはり通じていないようだ。


「えーっと、取り付け方は……。」


 風呂や食事の時間も惜しく、私は中に入っている説明書と睨めっこをして、何とか部屋全体が映るようにカメラを取り付けるのに成功した。


 まるはそんな私の姿を、終始不思議そうな顔で見ていた。





「それで。何で俺も一緒に見ることになってるんだ。」


「こういう時は1人で見るのが危険だからだな。」


 昼休み。

 私は家から持ってきたカメラを、二人が映像を見える所に置いた。


 カメラの設置中、物は動いたので何かしらの原因が映っているはずだ。

 一応、アイデアを出してくれたお礼を込めて、まるの可愛い姿を仕方なく見せてやる。


「じゃあ、流すぞ。」


「OKOK。」


 何だかんだ同僚も気にはなっていたらしく、スイッチを入れると身を乗り出した。


 映像はちょうど、私が家を出る前までの所で始まるようにしてある。

 会社の中にいる為、音は出せないが映像だけで今のところは十分だろう。


 私が出ていった後、まるはガラスケースの中で寛ぎ始めた。

 そして動かなくなる。

 おそらく寝始めたのだろう。


「お前は後でじっくり見ておけ。今は時間が無いから、早送りするぞ。」


 まるの可愛い寝ている姿をじっくりと堪能したかったが、同僚のいうことも一理ある。嫌々だが早送りをした。


 しばらくの間、特に変わらない。


 まるが起きたり、ご飯を食べたり、これといって不思議なことは無かった。


「ちょっと、早送りストップ。」


 このまま本当に何か起こるのか?

 少し心配になった時、同僚が大きな声を出す。


「どうした?」


 映像を見るが特に何も無い。

 何故、ここで早送りをやめたのか。私が訝しげにすると同僚は映像の中のまるを指す。


「何か様子がおかしくないか。」


 彼が言うのでまるを注意して見ると、不審な点に私も気づいた。

 まるはその小さな体を一生懸命使って、ガラスケースの中にあるものをかき集めていた。


 一体何をしているのか。


 私達の疑問はすぐに解ける。


「「あっ。」」


 映像の中のまるが、台や道具を使ってガラスケースから飛び出た。

 その様子に、同時に驚きの声が出てしまう。


 ガラスケースから出たまるは、部屋を色々と探っている。

 しかし目当てのものが無かったのか、がっかりした様子で全てを元に戻す。

 そして今度は、部屋にある椅子などを使ってガラスケースの中に戻った。


「……。」


 私は無言で早送りを再開する。

 何分かそのままにしていると、私が帰ってくるのが映った。

 それを見終えるとカメラの電源を止める。


 映像が暗くなり、私たちは自然と顔を見合わせた。


 次の瞬間、耐えきれずに笑う。


「何だ。犯人はまるだったのか。全く悪い子だ。」


「いやいやむしろ凄かったよ。頭が良いじゃん。」


 幽霊の仕業かと思ったら、犯人の正体がこんなにも可愛いものだったなんて。

 私達はしばらくの間、笑いが止まらなかった。


「……まあ、お化けじゃなくて何よりだな。でもまるちゃんの方をどうするかの問題は出てきたけど。」


「それは追々どうにかするよ。」





「先輩。さっきから何笑っているんですか?」


 ようやく笑いが収まり、昼飯に手をつけようとした時、私たちの後ろから急に後輩が覗き込んできた。


「わっ!脅かすなよ。」


「しょうがないじゃないですか。2人共なんだか楽しそうだったんですから。私、気になっちゃって。」


 くりくりと大きな目を輝かせた後輩は、私達の間に割り込んでくる。

 彼女は同僚が好きらしいので、私はその可愛らしい行動に内心で苦笑する。


「んー。そんなに面白いものでもないぞ。こいつのかわいいペットの話。」


 同僚はまだ彼女に興味が無いようなので、言い方が素っ気ない。

 しかしその態度にへこたれる事なく、彼女は私の方に向いた。


「ペット飼っているんですか!どんな子か、ぜひ見せて欲しいです。」


 きっとそこまで興味は無いだろうが、この場にとどまるために話を合わせようとする努力は凄いと思う。


 そんな彼女の恋に協力しようというお節介と、まるの自慢をしたい気持ちがあり私は写真を取り出した。





「名前はまるって言ってね。種類はヒトの日本人なんだ。可愛いだろう。」




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