栗スマッシュ

 世の中がクリスマスムードで浮かれている中、残業しても仕事が済みにならず疲れて帰る男の足取りは重かった。全ての書類を燃やし尽くしたら軽くなれるだろうかなどと考えている。


 クリスマスか……俺にとっては苦しみますだけどな――男は人気のない暗い通りをうつむきながら歩いていた。


「ハッピーホリデーズ!」


 男が声のした方を向くと、煌々とした四角い行燈が見えた。――占い屋? 男は吸い寄せられるように声の主の方へと近づいて行った。


 行燈の置かれた簡素なテーブルの向こうには、セーラー服を着た若い女の子がサンタクロースの三角帽子を被って座っていた――女子高生か?


「あ、このコスチューム気に入っちゃいました? ちなみに占い屋じゃないですよ!」

 女の子は活発な声で男に言った。

「まあ、座って座って!」

 男は促され、置いてあったパイプ椅子に座った。


「占いじゃなくてぇ……すませ屋……? すみ屋?? まぁどっちでもいいや! お客さん、もう書類なんて全部燃えてしまえ~! ファイヤー! 何がクリスマスだー! お前らが苦しめチックショー! 持続可能な社会とか言って俺はもう風前の灯火なんだよー! お前らが炎上して俺のハートに火をつけろよー! なんて思ってたでしょ?」


 男は、そんな芸人のようなテンションなら明日も余裕で仕事が出来そうだと思ったが、書類を全て燃やしてしまいたいという自分の考えていたことが分かったのは不思議に感じた――


「そ・こ・で! じゃーん! この澄ました顔の栗たち!」


 男はテーブルの上の栗を見て、いつの間に現れたのだろうか? 大きさの違う栗が3個……いや、3体? よく見ると、全体が顔になっている栗に小さな手足が生えている。

 

 女の子が説明を続けた。


「これは栗の、なんだろ……悪魔的なやつでーす! 大きい順に、澄ました栗、まあまあ澄ました栗、とっても澄ました栗。この栗達のどれか1体を選んでもらったら、あなたがそいつを投げて、私はこの箒でひっぱたきます! 澄ました顔して悪い奴らなんで、ババンバン! っとやっちゃってもか構わないんです」


 女の子の説明によると、とても澄ました顔の一番小さい栗が仕事を沢山済ませるが難易度は高いと言う。


「私が気持ちよくかっ飛ばせるように、上手に投げて下さいねー!」


 男がとても澄ました顔の栗を投げようとすると、栗は急に手の中で暴れ出した。


「こいつ、すごい動くぞ……」


「優しく撫でてあげれば栗も静かになると思いますよ~!」


 男は栗を優しく撫で、静かになったところで思い切って投げた。


「栗スマーッシュ!」


 女の子の箒は栗を真芯で捕らえ、男が歩いてきた会社からの帰り道の方角へ、火の玉となって勢い良く飛んでいった。


 なんとか良い制球の出来た男は、女の子がフルスイングした瞬間にふわりと舞ったスカートから見えた、黒タイツの脚に魅了されていた。


「ちょっと、おっさん! ……じゃなくて、おにーさん! 私がカッコよくジャストミートしたとこちゃんと見てなかったでしょ! そんな悪い子にはこの黒いお菓子を食べてもらいます。ちゃんと打てた場合はこっちの甘ーい美味しいお菓子をあげるってなってたんだけど――」


 我に帰った男は、その黒い物を見て――


「小型犬のう◯◯とか思ったでしょ! いくら私でもそんな鬼畜なことしないですよぉ。やるなら、私の……」


 行燈に映し出された女の子の薄っすらと赤くなっている頬を見て、男は夜風の冷たさを感じた。


「コホンっ……これはカルボってお菓子です。まあ、失敗して真っ黒になっちゃっただけで、今テキトーに名前付けたんだけど……名前付けたらなんか美味しそうに思えるでしょ。ほら、口開けて!」


 女の子に黒い塊を放り込まれ、男の口内には苦い炭の味が広がっていった。


◆◇◆◇ ◆◇◆◇ ◆◇◆◇


イタリアのクリスマスシーズンの伝承に、ベファーナっていう魔女が、一年良い子にしてたら素敵なプレゼント、悪い子だったら炭を持ってくるっていうのがあるそうです。



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