覚悟と決意
「美晴さん、こっちは大丈夫ですから、涼介のこと頼みます」
「いいからいいから」
朝霧美晴は音羽雅の汚れたスーツを手際よく脱がせていった。
「すみません、手間かけさせて」
「いいからいいから」
同じように自分も私服を手早く脱ぎ捨て、二人で入るには少しだけ狭い風呂場に押し込んだ。
熱めのシャワーで全身を流す。痛がるようなリアクションがないので、どうやら怪我はしていないようだ。
「はあ……なにやってんすかね、あたし」
目の前で霧島涼介が倒れるところを見てしまった音羽雅。パニックになるのも無理はない。咄嗟に救急車を呼ぶ判断ができただけでも奇跡のようなものだ。
「あー、会社の連中にいろいろバレたかもな……ちょっと取り乱しすぎちゃったなあ……」
「安心していいよ。全部、うまくいくから」
「え……?」
「覚えてる? 温泉旅行のこと。忘れるわけないか。忘れるわけないよね」
背中を流しながら、朝霧美晴は運命の日のことを話した。
「涼介がね。雅ちゃんのこと、どうしようかって相談しに来たんだ。びっくりしたなあ。付き合うときに、もしいい人が見つかったら、その時はチャレンジしていいって話をしてたんだけど、ほんとにそういう展開になるとは思ってなかったよ」
「そんな契約してたんすか?」
「私はねえ、序盤にちょっとだけズルしたから。だから、そこは結構羨ましいって思ってるよ。雅ちゃんのこと、涼介はまっすぐ好きになったんだなあって」
「ズルって?」
「今みたいに、体調崩して休んでた涼介のとこに押し入って、めっちゃ看病してあげたの」
「結構ズルですね、それ」
「でしょー? こんなの惚れないほうがおかしい! ってその時の涼介にも言われたもん。だから、もし涼介が別のいいひと見つけたら、その時はチャレンジしていいよって」
音羽雅のしなやかで柔らかでメリハリのある身体を泡立てていく。不安も、後悔も、泡になって溶けていくように。
「自信持っていいよ。雅ちゃんも、涼介も、もちろん私も、みんな素敵な人ばっかりだからね」
すっかり泡まみれになった音羽雅を、全身熱いシャワーで洗い流した。
「ありがとうございます。……涼介の体調のこと、もう少し聞いてもいいですか? 大丈夫としか聞けなかったので」
「数日、三日くらい? 安静にしてれば大丈夫だって。その間、仕事とか激しい運動は禁止だってさ。あとで会社に出す書類渡すね」
「…………あー……激しい運動……かあ……」
音羽雅は、目を落とした。自慢の巨乳が視界いっぱいに広がった。
「……あっ! 待って、そういうこと!?」
朝霧美晴もそれに続いた。心当たりは二つあった。とても大きな二つだった。
職場では過密なスケジュールに追われ、プライベートでは彼女と激しい運動に明け暮れる日々。それも、二人の彼女が満足するまでとなると、単純計算で常人の倍の運動量である。
体がいくつあっても足りないとはまさにこのこと。心身ともに疲れ切って当然だった。
「お風呂上がったら、スケジュール帳作りましょうか。未来のために」
「そうしよう。未来のために」
即決だった。
「……あ、そうだ。ひとついいアイデアがあるんすけど」
「はい、どうぞ!」
「美晴さん、女の子っていけます? 年下で、背が小っちゃくて、これくらいおっぱいのある子なんすけど」
音羽雅は、先ほどまで何の気なしにされるがままに洗い流されていた、すっかり綺麗になった身体をまざまざと見せつけた。
「……はい。はい。ありがとうございます。では、そのように――」
女子二人が長風呂を終えると、霧島涼介が誰かと電話で話していた。
「こらー! こらこら! なに電話してんの! 仕事じゃないだろうね! さすがに怒るよ!?」
「すまん、大事なことだったから……もうこんな時間か。長かったな。大丈夫だったか?」
「心配されるようなことはなにも。で、なんの電話っすか?」
「ああ、それなんだけど」
「よっぽど大事な電話なんだろうね。過労で倒れたばっかなのに電話するくらいだもんね」
ぷんすかしている朝霧美晴と、妙に落ち着いている音羽雅。霧島涼介は改めて二人に向き直った。
「式……結婚式、挙げるか?」
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