第2話 朝

 今日も同じ曲だ。

 

  電車通の私は、また、よく乗り合わせるちょっと背の高い学生の耳から

かすかに漏れる曲を聞いていた。

一日ぐらいは違う曲を聴いたりしないのか。

つまらないな。

そんな勝手なことを考えながら、この春から●●生になった私は

次の駅で降りる準備をした。

できるだけ人とぶつからないよう、気を遣って電車を降り、

改札口を通る。イコカって便利だよなぁ...

にしても、油断した。これまでは立っていたのに、

調子乗ってわざわざ座席に座って本なんか読んだからだ。

ものすごい降りにくかったじゃないか。

ふざけんな、過去の私。殴り飛ばしてやろうか。脳内妄想で。

散々過去の自分を脳内で殴り飛ばした後、

なに脳内で馬鹿な事やってんだ...と虚しくなりながらも通学路を歩く。

革靴のかかとが削れないかを気にし、少し鳴らしながら。

いい音だと思う。

そんなことを考えながら、少しづつ慣れてきた風景の中に発見した。

「今日もしようかな...」

入学してから、毎朝やっていること。

私は毎朝、通学路の公園でブランコに乗る。

ぎぃ...ぃ

なかなか嫌な音だ。

「また今日も。何やってるの」

「ブランコ」

「ほんとに好きだよね」

話しかけてきたのは友人のハル。

新しく仲良くなった子だ。

私は、できるだけ知り合いがいないとこを選んでわざわざ入試を受けた。

まぁ、同じだったやつが数名はいるが。

「雨、降りそうだね」

「傘持ってない」

天気予報見るの忘れてた。くそ。

「あ、もうそろそろ行こうよ」

「うん」

私は、近くのベンチに置いていたカバンを取ってハルと一緒に学校へ向かった。

二人、横並びにまだ人通りの少ない道を歩く。

まっすぐな道の前にも後ろにも。私たち二人以外の学生はいない。

学校に行くには、まだ少し早い。

向こう側から落ち着きのない社会人一人、

道路を挟んだ反対の道には、老夫婦が仲良さげに歩いていた。

「やっぱり、エーコはちょっと変わってるよね」

「そう?」

「うん。何か、他の人よりは...何て言うんだろ。うん。何かね」

「何それ」

苦笑いを浮かべながら、私はハルから目をそらす。

「...毎朝ブランコに乗るから?」

「え?」

ハルは少し驚く。

「いや、だからさ、私が変わってると思う理由」

「うぅ、まぁ、そんな感じ?」

「いや、こっちに聞かれても」

「えぇ...大人っぽいっていうかさぁ...私、自分でも自分のこと幼いと思うんだよね」

「ん」

適当な相槌をうつ。

正直、ハルが自分で自分を幼いと思っていることなんかどうでもいい。

「だからかな?エーコをかっこいいと思うんだよね」

「あんがと」

おい、話がちょっと脱線してないか?

その後も沈黙を恐れ、たわいのない話をつづけた。

学校の門を通る。用務員さんが掃除をしている。

「おはようございまーす」

「...はよざいます」

さわやかな挨拶をするハルに申し訳ないぐらいに元気のない挨拶をする。

小走りで私の先を越していったハルが下駄箱で靴を履き替えている。

ハルは、下駄箱を開け、少し固まった。

「どうかした」

「え?いや、別に何もないよ?」

「ふぅん。...ラブレターでも入ってたの」

「な?!そんなわけないじゃん!アハハ!エーコ、そんなことも言うんだね!」

「はいはい。いくらでも言えますよ」

自分の靴を脱ぐと、治りかけの靴擦れが少し痛かった。

私とハルは、二組だ。


 教室は静かだ。私とハルが入ると灰色だった教室が色づいたように見えた。

寂しそうなウーパールーパーがこちらに気づく。

ハルは動物に好かれやすい、と言っていた。

まぁ、ただ本人が動物が好きなだけだろう。

「おはよー、キリンー」

ウーパールーパーに餌をやっているのを横目に、私は席に座った。

「今日も可愛いのぉ...もうほんとキリン様様だよ」

いや、何がだよ。てか、ウーパールーパーにキリンって。

そいつ、ルル、とかいう名前じゃなかったか?

「ねぇ?そう思わない?可愛いよね?エーコ」

「ん」

適当に答えると、ハルはちょっと気を悪くしたようで

「んもぅ。エーコは変わってるんだから」

お前もな。ネーミングセンスが光ってるよ。光りすぎだ。

ガラッ

勢いよくドアを開け、少し明るい髪の色をしている女子三人、

下品な笑い声を出して入ってきた。

「きゃはは!エリ、マジ何言ってんの!ウケるんですけど!」

お前こそ、なんだその笑い方は。どこから出てんだ。

お前は鳥か。鳥なのか。

「え~?ひっどぉーいミーチャンったらぁ」

酷いのはお前のしゃべり方だ。誰を相手に話してんだよ

「ねぇ、あのさ、ミカ」

とても言いづらそうに言葉を絞り出している。

お前は...

と他の二人にしたように毒づこうとしたが、特に何もなかったので

自分の思考を手元の本に移す。

「何?どしたのアキ」

「えっと、あのさっきのやつ、流石に」

「は?さっきのやつ?何のこと言ってんの?」

ミカが足を止めると、残りの二人も足を止めた。

不穏な空気だ。ちらとウーパールーパーのいる教室の後ろのほうを見ると

...いない?

ハルはいない。ウーパールーパーがこっちを見ているだけだ。

なんでだ。くそ。こっち見るな。

よし、空気になろう。やつらは私なんか気にしない。うん。大丈夫。

私ならなれる。

「アキさ、何なの?意味わかんない」

「そうだよぉ。ミーチャンは何にもしてないよぉ?」

「いや...あの...えっと...」

「えっと何?!ハッキリ言いなよ。」

「あ...」

どんどん空気はよどんでいく。

息がしづらい。

「ちょっとぉ!アキ?なんか言えばぁ?」

「いや...なんでもない...なにもなかったよ...」

「はぁ?そんなの良いと思ってんのぉ?」

「エリ」

「ミーチャン...」

ミカがエリを黙らせる。

直後、乾いた空気にまたあの気持ち悪い笑い声が響く。

その音は、感情のこもっていない電子音のように耳障りだ。

「キャハハ!だよねー!アキったら。何?ルルでも乗り移ったんじゃない?」

そう笑うミカの眼は作り物のように無機質にみえた。

空気である私でもわかったんだ。アキも、エリも。

ミカ様に逆らえないことを再認識しただろう。

「あ...アハハ!ごめんねミカ!ほんとにそうかも!」

「ウーパールーパーの名前、アキでもよかったかもぉ」

「エリ、やめてよー!」

何なんだ。気持ち悪い。やめてくれ。

背筋がゾクリとした。吐き気がする。

読んでいた本を閉じ、教室の外に出ようとする。

「...あ!おはよう!エーコちゃん!」

吐き気が増した。

ミカのそれを合図に他の二人も口々におはようと声をかけてくる

必死に耐えながら笑っているように見えるであろう顔を作り、一つ。返事をした

「おはよう」

そう言って、教室の外へそそくさと出る。

ほんの少し空いたドアから漏れる声が聞こえる。

「エーコチャンってクールだよねぇ~」

「えー?暗いだけじゃない?」

「そうだね...」

「ちょっと印象わるぅーい」

「人畜無害、って感じだよねー」

うっせぇな。人畜有害のお前らよりマシだ。

日差しで暖かい廊下を歩く。

窓から、何人かの生徒が登校しているのが見えた。

「あ」

向こうからハルが手をふきながら歩いてきた。

学校指定のスリッパの音が響く。

乾いた、中身のない音だ。私は好きじゃない。

教室での出来事を知らないハルは、のんきそうに首をかしげた。

「エーコもトイレなの?」

「いや...まぁ、そんな感じ」

「え?違うの」

「違わない」

普段と変わらないハル。...今日は花柄のハンカチか。

「ハルさ、いつ教室でたの」

「え?...あー...キザキさんたちが入ってきたときかな...」

「全然気づかなかった」

「もしかして、私を探しに来たの?」

ニヤニヤするな。ちょっと腹立つ。

「違う」

「え~?じゃあなんでここにいるの?」

「トイレ」

「あ...そういえばそうだったね、ごめん、引き留めて!」

「じゃ」

ハルは少し申し訳なさそうな表情を浮かべた後、

教室のほうへ向かっていった。

その背中は女子●●生特有の気取った感じはない。

トイレに入り、とりあえず手を洗う。

はあ...疲れた。最悪だ。

鏡に映る自分の顔は、今朝見た時より老けて見えた。

 校舎がにぎわってきた。戻ろう。本の続きが気になる。


 ざわざわざわざわ。ホームルーム中。

ぼーっとしている奴、一言も聞き漏らさず話を聞いている奴、

担任の話なんか聞く気のない奴、私は隠すことなく本を読む。

「はーい、今日も授業中は本なんか読まないようにしてくださいねー」

そう言って担任は出て行った。

「次の時間何」

隣のヤマツが話しかけてきた。

「国語」

不愛想に返事をする

「せんきゅ」

ヤマツが鞄から教科書を出しているとき、チラとお菓子が見えた。

視線に気づいたのかヤマツはお菓子の箱を取り出す。

「いるか?」

こちらに差し出してきた。

「いらない」

「そんなこと言って、本当は欲しいんじゃねぇの~?ん?」

うざい。いらないって言ってるだろ

「いらないって」

「おう、そうか...」

しょんぼりするな。私が悪いみたいじゃないか。

鐘とともに授業が始まる。

めんどくさい。



 朝が終わる。昼の兆し。


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