物欲

 自分が持っていないモノを持っている人を見ると、無性に奪いたいという欲望に駆られてしまう。


 初めて人からモノを奪ったのは、幼稚園の頃だった。その時奪ったのは、ハンカチだった。それも、ただのハンカチではなく、戦隊ヒーローがプリントされたやつ。それがどうしても欲しくなって、園服のポケットから出ているそれを、黙って抜き取ってしまった。当然、持ち主は自分のハンカチが無くなったことに気付き大泣き。先生も犯人探しに必死になり、呆気なく捕まってしまった。


 それでも、ほんの数十分でも自分には無いモノが自分の手の中にある感覚が堪らなく嬉しかった。


 小学校に上がると、毎日の様に誰かのモノを奪っていった。匂いのする消しゴムや、曲がる定規。時には、校則を破って持ってきていたゲームなんかを奪っていた。


 けれど、ゲームを盗った時は流石に大事になってしまった。先生にはこっぴどく叱られ、しまいには放課後に、母親と先生、それに、ゲームを持ってきた子と、その母親まで集まって、話し合いが行われるまでに事は発展してしまった。


 悪いのがどっちだとか、そんな話をした覚えがある。だけど、先に校則を破ったのは、ゲームを持ってきた子の方だ。未だに、怒られた理由が分からない。


 その日の帰り、母親は僕の隣で小さな声で謝っていた。




 社会に出ると、これまで以上にモノを欲しがる欲望が膨れ上がった。行き交う人は、何かしらモノを持っていて、それが欲しくて欲しくて堪らなくなっていたのだ。その結果、何度か警察のお世話になることもあったが、少しずつ自分に無いモノを減らすことができた。




 それから数年が経ち、物欲はすっかり満たされると、窃盗行為もきっぱり足を洗っていた。


 そんなある日、突然の胸の苦しみに耐えられなくなり、病院で診察を受けると、心臓に悪性の腫瘍がある事が分かった。それも、手術では摘出困難な、実に厄介なモノが。医師に告げられたのは、もって三年という現実。その瞬間、鎮火していたはずの欲望がふつふつと溢れ出すのが分かった。




生命いのちが欲しい───」


 心臓部が抉り取られた肉塊を前に、血染めの両手で胸を抑え、俺は呟く。


 

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