匂い

 パソコンのモニターに映し出されているのは、格子に囲われた数字の行列。その格子の中に、一つ一つ丁寧に数字を入れていく。


 そんな作業に精を出していると、微かに香る煙草の匂いが私の鼻腔をくすぐった。煙たいだけのはずの煙草の匂いが、この人の時に限っては、哀愁という名の香水に感じられる。


「関さん。こっちのデータ入力もお願いしていいかな」


 そう言い放った言葉の一つ一つからは、珈琲の匂いが漂う。私にはとうてい飲むことが出来ないであろう、大人の苦味がその人の言葉には添加されている。


「大丈夫です。任せてください」


 モニターを見つめ、キーボードを叩きながら、平静を取り繕いそう呟いた。


 私の心に映し出されている格子に嵌められた欲望は、今日もその中で暴れだそうとしていた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る