アイナの覚悟

アイナの覚悟


 「これは……何の匂いでしょうか。とても美味しそうな匂いですが」


 買い物を終えて早速鍋の準備。といっても俺がやるのは皿を並べるだけで鍋料理のほとんどはアスモデウスに一任している。


 料理なんて生まれてから今までまともに作ったことがない。だから厨房での俺は戦力外通告、代わりにアイナの様子を見てくるように言われたのだ。


 「アスモデウスが料理を作ってるんだ。鳥鍋らしいが……鍋は嫌いだったりするか?」


 「いえ……その、そもそも鍋自体、食べたことがありませんので……良く分かりません。ですが鶏肉は好きです……なので多分大丈夫かと」


 「一応野菜とかも鍋に入ってるぞ」


 「野菜もちょっぴり苦手ですが食べられます。それに今の私は怪我をしている身ですので栄養価の高い物は摂取しようかと」


 「なるほどな。しっかり野菜を食えるなんて偉いじゃねぇか……嫌だったら残していいんだぜ?」


 「好き嫌いはダメだと思います」


 俺の言葉に一切誘惑されることなくキッパリと断るアイナ。その正論に好き嫌い容認派の俺は罪悪感を抱く。


 「あの……どうかされましたか?」


 「いや、何でもねぇ。それより今後の方針に着いてだが……近々俺たち魔族はブルスタン奪還に向けて行動することとなった」


 「早い……ですね」


 驚くのも無理はない。アスモデウスに保護されてからまだ一日すら経ってない。


 なのにもう戦争の準備を始めるなど急すぎるにも程があるというもの。


 しかしそれはあくまで俺たちから見た場合のこと。アスモデウスからすれば二年もの年月の間、再戦の機会を伺っている。


 今までブルスタンを奪還しなかったのは転生者二人に対して魔族はアスモデウス一人だったからに他ならない。


 彼女は知識が他の悪魔より優れている分、身体能力は他の悪魔よりも低い。


 そんな彼女が転生者二人を相手にするのは無謀な行為だ。アスモデウスもそれを分かっていたからこそ、ここまでの戦力を抱えながら攻めようとはしなかった。


 しかし今は違う。今は俺がいる。魔王が二人から転生者相手にも勝てる可能性がある。


 だから俺たちが来た時点で彼女にとって戦う準備が出来たのだ。


 「急な話ですまねぇ。それでこれからが本題なんだが……お前は戦闘に参加するか?」


 「聞くまでもないことです。私は魔王様と最後まで共に戦うと決めていますから……でもどうしてそんなことを?」


 「お前は一度転生者と戦った。それで怖くなっちまったんじゃないかと思ってな。俺としちゃ……お前みたいな子供をなるべく戦わせたくはねぇしな」


 出来ればそこで怖いと言って欲しかった。それは何も彼女が実力不足とかそういう意味ではなく、この戦場を彼女のような子供が背負うには辛すぎると思ったからだ。


 しかしアイナは首を横に振るう。


 「……確かに私は転生者と戦いました。その時、恐いと感じたのも事実です。でもそれ以上に何も出来ない事の方が私は怖いです。魔王様さえ良ければこれからも一緒に戦わせて下さい。その迷惑じゃなければですが」


 「いや、迷惑だとは思ってねぇ。剣技もなかなかのもんだしな、だが無理だけはするなよ」


 「はい!」


 アイナの覚悟が分かればそれで十分。後は今度の戦いに向けて休息を取るだけだ。


 「作戦開始時刻は今から5日後だそうだ。それまでに怪我は治しておけよ」


 アイナの怪我はアスモデウスによれば三日で治るらしい。5日あれば彼女が前線に復帰するには十分だと思った。

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