誅罰


 最初に気がついたのは後方の男だった。何かが近づくような音が耳に入ったのだろう不審に思ってその方向に振り向くが既に遅い。


 「がぁーー」


 屈強な男の首は悲鳴をあげる間もなく刀によって討ち取られていた。いくら屈強な肉体を持とうとも首が持てる筋力には限界がある。


 ゆえに戦場では相手の首を狙うのが魔界にとっての最高率の方法だった。


 「な、なんだ貴様は!」


 仲間がやられた事を瞬時に理解したのか、慌てて俺とアイナから距離を取る冒険者たち。


 さすがに数が不利な分。一人ぐらいは不意討ちで仕留めたかったので作戦は成功といったところか。


 本当はその後の混乱に乗じて二人、三人と斬りたかったのだがさすがに勇者をしているだけあってそう簡単にはいかせて貰えないようだ。


 「アンタらが倒してきた魔物の親玉みたいなもんだ。まあ、一々覚えなくてもいい。どうせ貴様らはここで死ぬんだからな」


 刀を横に構えると残り三人の勇者に向かって斬りかかる。相手が転生者者でもない限り身体スペックはこちらの方が上だ。


 例え数ではこちらの方が少なくともその劣勢を覆せるほどには俺たちの身体能力は上だ。


 「アイナ! 一体はお前に任せる……出来るな?」


 「承知しました!」


 アイナは剣を構えて一体の勇者と戦闘を繰り広げる。獣人族のスペックは魔族の中ではあまり高くはない。


 しかしアイナはこの数年間、ひたすらに剣の修行をしてきた。低い身体能力を考慮してなお勝機は十分にあるだろう。


 「何て言う強さだっ……まだ敵にこんな奴が残ってたのか……まさか貴様……悪魔族なのか」


 悪魔族は魔族の中では上位種の存在だ。その姿こそ人間に近いものではあるが身体能力などは人間とは比べ物にならないほど高い。


 その存在は勇者も知っている。何せ魔王城を治めていた種族は皆、悪魔だったのだから。


 「だとしたら……どうする?」


 「そ、そんな脅し通用するもんか! すべての魔王城は陥落したんだ! いまさら悪魔などと!」


 「で、でも……隣町で最近変な魔力の反応があるって……もしかしてコイツのことなんじゃ」


 「そんなわけないだろ。あの隣町からここまでは距離がある。関係ないに決まってる……」


 仲間一人がやられた事で怖じ気付いたのか、二人の勇者の言葉が震える。


 この様子からして勇者は勇者でもまだ新米なのだろう。図体こそ大きいが完全に気力が足りていない。


 今だって人数では相手側が勝ってるっていうのに完全に怯え腰だ。しかし相手が新米勇者だったのは好都合。


 おかげで気になる情報を耳にすることが出来た。


 「隣町? 隣町に何かあるのか?」


 「な、何も無いに決まっている! そもそも敵である貴様に教える道理などなーー」


 「ま、それもそうだわな」


 これ以上は話しても時間の無駄。吠える人間の首を落とすと刀を一度大振りに振って血を払う。


 もう一人はアイナが相手してるから問題ないとして残りは一人だけか……。


 「で? お前は教えてくれんの?」


 「ひ、ひぃぃ!」


 もはや目の前に勇者の姿はない。そもそも勇者とは勇ましく戦う者のことをさす。


 だというのにコイツは怯え、剣すら手放し地面に這いつくばりながら後退る始末だ。


 これのどこが勇者なのだろうか。所詮は弱いものしか戦わない性根の腐った奴等だ。ならば罰が下るのは当然のこと。


 「た、助けてくれ! 情報も教えるから! 頼ーー」


 そこで耳に触る鳴き声は止む。もはやそこにいるのは人間の形をした骸のみ。


 戦いも一頻ひとしきり終えたところでアイナの方を見やる。まだ勝負は続いているようだが、とりあえずは彼女の方が優勢のようだ。


 体格だけで見れば勇者とアイナの差は歴然でまともにやりあえば彼女が勝てるわけがない。


 しかしアイナは今まで身に付けてきた剣の技術を使ってうまいこと相手を錯乱している。


 それは勿論、相手の勇者が新米で実戦経験がないということもある。


 しかしそれを差し引いても彼女の剣技はとても綺麗で師匠として少し鼻が高かったりする。


 「これで終わりです!」


 「ぐっ……!」


 アイナの渾身の一撃が敵の急所に打ち込まれ倒れる。正直、俺が他の二体を倒すまでの時間稼ぎぐらいが限界だと思っていたがまさか倒してしまうとは。


 「お疲れさん」


 「ハァ……ハァ……。なかなかの強敵でした。恐らくは勇者の中でも精鋭の部類に入るかと」


 「んなわけないからな? 只の素人だよ。勇者にしては反応も鈍いし攻撃だって浅い。こんなのより強いのなんていくらでもいるぞ」


 「ええっ!? そんなぁ……」


 疲れがどっと出たのかその場でへたれ込むアイナ。そんな彼女を見ると自然と笑いが込み上げてくる。


 ったく緊張感があるんだか無いんだか……。


 「そう落ち込むなっての初戦闘にしちゃ十分頑張ったよ」


 「ほ、本当ですか?」


 「お前俺の性格知ってるだろ。嘘で褒めたりなんかしねぇよ」


 「た、確かに! 言われてみれば今まで褒めてもらったことあんまりないかもしれません。でも、今回は褒めてくれたってことはちゃんと魔王様の役に立てたってことですよね。だったら良かったです」


 「言っとくけどあんまり浮かれるなよ。油断して倒されるのが一番サマにならないからな。それじゃ、とっとと行くぞ」


 「あ、待ってください。その前に」


 森を探索してるのがこの勇者だけとは限らない。他の勇者に見つかって面倒事になる前に立ち去ろうと思ったのだが、それをアイナが引き止める。


 「なんだよ……」


 「その……この子たちに供養を上げてもいいですか?」


 そう呟くアイナの視線の先には荷台に積まれた魔物たちの死体があった。


 アイナも戦争で自分の村が滅ぼされ数多くの死体を見てきた。だから動かなくなった彼らに対して思うところがあるのだろう。


 「供養って言っても上げる線香も花束もないんだぜ?」


 「土に埋めるだけでもいいんです。このまま死体を晒されるのはきっと嫌なはずですから」


 「……分かったよ。言っておくがのんびりはしてやれないからな。やるなら手短にするぞ」


 「はい!」


 荷台に積まれた彼らの死体に土を被せる。土に埋まっていく死体を見るたびに彼らの悔しさ、怒り、無念が伝わってくるような気がした。


 やがて土で死体の姿が隠れたのを確認して俺たちは手を合わせ供養を済ませる。


 「魔王様……ありがとうございます。やっぱり魔王様は優しいです。こうして私のワガママに付き合って下さるんですから」


 「ワガママだって自覚があるならさっさと行くぞ。これ以上の長居はリスクが大きくなるだけだ」


 アイナの言葉に俺はぶっきらぼうに答えると目的地に向かって歩みを進める。


 彼女は俺のことを優しいと言っていたが恐らくそれは間違いだ。


 だって俺はアイナに言われるまで彼らに供養を上げようなどと思い付きもしなかったのだから。

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