暗躍する魔法使い達と異変を感じる王子
通常業務を終えたディエルは、そのままリーシャの家へ向かう。
そう、家だ。
彼女は幼い家族もいるので、優先して一戸建てを建てたのだ。客室付きの広い一軒家で、一人ずつ部屋がある。
すでに帰宅していたリーシャは、突然の訪問にも快く応じてくれた。
「殿下! いったいどうしたんでしょう?」
「ここに傭兵が来てるだろう? 彼と話をしたいんだが」
「ああ、いらっしゃいますよ。グールクさーん、王子が来ましたー」
「はァ!?」
奥から目を丸くした獣人が顔を出す。頭と両脇に、リーシャの弟と妹を持っていた。意外と面倒見がいいらしい。
あんた王族なの!? という顔をしたグールクに、ディエルは手を振って答えた。
「ああ、田舎者だからかしこまらなくていい。で、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「そうか? ……まぁいいけどよ。お前等ちょっとあっち行ってろ」
「ちぇー」
「ちぇぇー!」
といいながらも素直に奥へ引っ込んでいく子供達。
客間に入った二人は、向かい合うように座った。
「単刀直入に聞くが、誰に依頼されて魔法使い達の元上司がフォカレに来ることを伝えに来た?」
一言で察したのだろう。見た目よりずっと頭の回るグールクは嘆息して答える。
「マルギリス・アーレイだ」
「シンガーリ国の要の魔法使いか。前からメティの事を監視していたな」
「監視か……まぁ、あんたにとっちゃそうだろうな。だが悪意はねぇよ」
「守っているとでも?」
「本人はそのつもりだ」
「メティは話したことさえ忘れていたんだがな。……最近リマスといい、メティと急につながりを持ち始めたのはなぜだ?」
「あんたのおかげだよ。王子様」
獣人の表情はわかりにくいが、グールグの目は優しい色に変わった。傭兵なのに、どこか擦れていない。言い方は悪いが、性格の方は傭兵らしくない男だ。
ディエルはどういうことか聞く。
「アルランド王国からフォカレに移住したおかげで、マルギリスは直接メティに関わる事ができるようになったんだよ」
「マルギリスとメティは学友以上の関係なのか?」
「ん? おお、ありゃただのストーカーだ」
「………」
無言になったディエルにどう思ったか知らないが、グールクは「嘘だよ」と言う。
「あいつが危ない目にあったってのは知ってるか?」
「魔法を開発した件か?」
「一部はマルギリス家の魔法使いが手柄を横取りした」
「……つまり、メティはシンガーリ国の魔法使いにも目を付けられている?」
「おう」
事の発端は、マルギリス家で出来損ないと言われていた当人が、メティと出会い魔法が使えるようになった事から始まったという。
当時、マルギリス・アーレイは今のリマスと同様、魔法が上手く使えなかった。
跡取り息子がまともに魔法も使えない。
これは家にとって忌ま忌ましいことだった。
頭を悩ませた当主はアルランド王国の魔法学校へ留学させることにし、彼はメティと出会う。
魔法が使えるようになれば、英才教育を受けたマルギリス・アーレイはすぐに頭角を現した。そして学校といえど、派閥争いはある。後ろ盾のないメティはアルランド王国の魔法学校で、本人も気付かないうちに巻き込まれた。
それはマルギリス・アーレイがメティと距離を取ることである程度防げたが、当時から魔法理論においてメティと同等に話せる学生は無く、もっぱら教授と議論を交わしていたという。
当然、そこに目を付けられて、彼女はこれまた知らないまま、今度は教授陣の派閥争いに巻き込まれ、そうと知らずに多くの論文を盗まれた。
「自分の物じゃないものを偽っても、わかりそうなものだがな……」
「そういうのは旨く隠すんだよ。魔法使いってのは阿呆集団だって思ってればわかる。権力欲のある魔法使いは腕が悪いが、権力欲の無い魔法使いは多い。下から上に吸い上げりゃ、権力なんて簡単に手に入る。お前のとこの魔法使い思い出してみろよ」
言われれば納得するしかない。
移住してくれた魔法使いは搾取される側の人間だ。
「フォカレで議会場作ってるんだ。論文発表やりたいって言ってるから、そこら辺に気をつけるよう言っておく」
「お前も大変だな、がんばれよ」
なんとなく通じ合った二人はお互いの気苦労を何となくねぎらった。酒場に行けば話も弾むだろう。
ではなく、今大切なのは、攻めてくる上司とメティの状況確認だ。
「アルランド王国でのメティの立ち位置はどうだったんだ? 他に目を付けられている魔法使いはいるのか? できれば知りたいんだ」
「俺に何のメリットがある? ――嘘だよ。
さてどう話した物か、とグールクは悩む。
簡単に話せばいいのだが、少し複雑なのだという。
「メティに目を付けているのは十人。多いだろ? 俺もそう思う」
渋い顔のディエルを見て、グールグも苦笑いだ。
「魔法学校に三人、魔法省に二人。この五人はアルランド王国の人間だから、国を出たときに殆ど無害になったはずだった」
「魔法省の二人が、今回の襲撃者か?」
いや、とグールクは首を振る。
「一人は今回上手く逃げたから、まだ魔法省にいる。残りの一人がこっちに来てる奴だ」
あとはシンガーリ国に一人。素性がわからないのが一人に、残りは無害だが、位の高い貴族。貴族達は、相手も気を遣ってやり取りしてるおかげでメティとの繋がりは知られていない。今回は気にしなくて良さそうだ。
「昔メティを襲ったのはどっちだ?」
「魔法省にいる方だ。見張りは付けてるぜ」
残念な事にな、と続けるグールクは本気でそう思ってるようだ。
彼にしたら、襲撃者に入っててくれた方が手間がなくて楽なのだという。
「なんだか、以外と伝手が多いんだな、メティは」
「あいつはなぁ……なんだかんだ言ってああだから」
困ったような顔をするグールクの言いたいことはわかる。
メティは抜けているのだが、いつも一生懸命なのだ。
「あいつに直接危害を加えた奴は、マルギリスが牽制してるんだが、外国だったからな。メティは自分のことよくわかってねぇんだ。魔法は他の奴と比べりゃ中の下。だが、理論構築においては群を抜いているらしい。あんたが事情を知って、気を配ってくれてるとありがたいんだ」
「王族としての勤めを返上してまでは守れないぞ」
「それでいいんだよ。そこまで行ったら、誰にもどうにもできない。本人が決断するしかねぇんだ」
「グールクはメティの友人なのか?」
「最初は違ぇ。でも、今はそうだ」
マルギリスからの依頼で知り合ったが、今はそれを抜いても大事な友人だと思っている。
そうグールクは言ってディエルの肩を叩く。
「ちゃんと見といてくれよ。頼むぜ」
話は終わりだと言うように退出したグールクを見送って、ディエルもまた帰宅することにした。
「……よく見といてくれ、か」
思い悩みながらディエルは城へ帰り、すれ違った内勤の者に「城の図書館に幽霊が出るので確認してほしい」と頼まれ、半目になってしまった。
*
その幽霊は夜な夜な図書室に出現し、すすり泣いているという。
過去、城に幽霊が出た事なんて一度も無い。
この時点で犯人がわかったディエルは、罠を仕掛けて夜を待った。そして寝る準備をしてから図書館に向かう。
半目になったディエルの前には、逆さ釣りになったメティが泣きながらもがいていた。
「うっうっ。ディエルざんっ。下ろしてぐだざいいいい」
「お前なにやってるんだ。魔法で降りられるだろ」
「あっ」
冷静な突っ込みに、正気に戻ったメティは魔法でささっと降りた。その肩をすかさずつかんで椅子に座らせたディエルは「で?」と聞く。
「夜な夜な霊のすすり泣く声が聞こえる、と苦情が入ったんだ。なにやってるんだ」
「うっ、すみませんでした……」
「それで?」
「え?」
え、じゃなくって、とディエルはメティの顔をのぞき込む。
「なんで泣いてたんだ? 悲しいことでもあったのか?」
「……いえ、とくには」
ディエルはメティが話し出すまで黙って待った。もじもじしてたメティは、うつむいて、ぽつりと言う。
「頭の中の本を出す度に、なんだから自分が空っぽになって行くみたいなんです。今までずっとあった物がなくなるのが、こんなに怖いなんて知らなかった……」
「どうして怖い?」
「ですから、あった物がなくなっていくから怖いんです……」
「違うだろう? 普通はそんなの無くたって怖くない」
「ディエルさんは強いから、そうなんです。普通の人じゃないです。普通の人はきっと怖いです」
「違う。怖くない。怖いのは別のだろ」
びっくりした顔でメティは顔を上げる。目尻から滑り落ちた涙をぬぐってやり、そのまま頬を摘まむ。
「何が怖い? 本当は、何が怖い」
「……わからない、です」
「……そうか」
手を離したディエルはメティを立たせると、エイリーの部屋へ向かう。半分寝ぼけてたエイリーはメティの顔を見てびっくりする。けれど大きく扉を開き、何も聞かずにメティの手を取った。
「エイリー、今日はメティと一緒に居てやってくれ」
「はい、兄上。お迎えはいつですか?」
「明日リマスを迎えによこすよ。それまで頼めるか」
「もちろんです。メティさん、さ、もう寝ましょう。夜遅いですし」
「あの、いったいなにが……」
「良いからこちらに! 今日はお布団を干しました。是非この極上のほかほかを堪能してください! 一度味わったら明日もお布団を干したくなること請け合いです!」
「え、ええと……あの~」
「それじゃ、メティ。お休みなさい」
「あ、はい。お休みなさい」
「兄上、おやすみなさいー」
ディエルは二人が部屋に入ったのを見届けてから自室に戻る。
今日は法相も財相も家に帰っているので、ディエル一人だった。
「わからない」と言っていたメティの目は、明らかに嘘をついていた。怯えきった顔は強ばっていて、それはディエルが初めて見る表情だった。
「……他に、何かあったのか?」
ディエルは寝転がりながら、目を瞑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます