魔法使いと番探し
「えーと、占いですか。誰っすか?」
「お、お願いします」
緊張しながら出てきたのは二十代頃の男性だった。顔に鱗が出ているので竜族で間違いないだろう。
対応するのは完全引きこもりインドア派の丸眼鏡ダッチ・マトフという男性だ。年齢は三十代を超えているが、二十代でも通用するような軽い礼儀知らずである。
ダッチは白衣をはためかせながら地面に手を掲げる。すると浮き出るように魔方陣が出現した。
「一瞬で書いたのか?」
「いえ、面倒なんで地面に見えないインクで書いたんですよ。ほら、敵の出現予測とかいろいろあるでしょ? あ、インクが欲しいなら一個四万で差し上げるっす」
「あばばばば駄目ですよ! お兄様に知られたら怒られちゃいます」
エイリーに諭されて舌打ちしたダッチは、小遣い稼ぎをやめて竜族の男性を魔法心の中に入れた。
「そんじゃ、行きますよー」
魔方陣は回転し、もの凄い早さで情景を映し出す。
「あー、ストップ」
と、ダッチが静止をかけると、魔方陣が止まる。
「なんかずれましたね……。体調に変化ありました?」
「い、いえ……」
首をかしげたダッチは緊張する竜族の喉に触る。
「嘘だ。反応してる」
糸のように目を細めたダッチは怖い表情で睨む。
占いを途中で止めるほどの影響が出ているので、続きは無理だそうだ。
彼はがっかりしながらヘスティの隣へ戻った。
「俺じゃ力不足みたいだから、メティさんのとこへ行ってサーチかけてもらってください。たぶん、それでわかるんじゃないっすか?」
「え、なにがです?」
「お嫁さんの居場所」
さらさらとメモに何か書いたダッチは、エイリーに渡すと研究に戻ってしまった。
眉を「八」の字にしたエイリーはしかたなくメティを訪ねることにする。風邪が治っていると良いのだが。
日はもう傾いていた。
メティの家を訪ねると、リマスが顔を出す。
エイリーとヘスティ、そして竜族の男性を見て首をかしげると、大きく扉を開ける。
「こんばんは。どうしたんですか、こんな夜更けに」
「メティさんの調子はどうですか? 占いをしてほしいのですが」
「お師匠様はもう休まれるところです。明日では駄目でしょうか? まだ体調がよくないんです」
「そうですか……」
「リマスー、どなたでしょうか」
呼ばれているのがわかったのか、厚着をしたメティが顔を出した。ほっぺたがリンゴのように赤くなっているので、熱はまだあるのだろう。
メティは見知らぬ二人を見て首をかしげる。
「あの……」
「失礼。スリッド王国マレー子爵の第二子、ヘスティー・マレーと申します。こちらは私の友人で、アイドと申します。彼は竜族なのですが、占いをしていただけないかと思いまして」
「ああ、竜族の。大変ですね」
「体調がお悪いと聞きました。また日を改めて出直してきます」
「いえ、さぞお困りでしょう。中へどうぞ」
メティは訳知り顔で頷くと、止めるリマスを宥めて三人を家に入れた。
「あの、メティさん。ダッチさんからこれを預かってきました」
メティはメモ書きを受け取ると、眉根を上げた。
「……。そうですか。わかりました。リマス、棚の一番右にある宝石箱を持ってきてください」
「はい、お師匠様」
メティは箱を受け取ると、中から青い宝石を取りだした。
「これを握ってください」
手渡された宝石をアイドが握ると同時に、メティは別の宝石を持たせる。
「次はこれ。……これも違いますね。これを。ああ、これでしたか」
赤い宝石がほのかに赤く光った。
「何をしているんだ?」
「相性を見ているんです。これは精霊の涙と呼ばれるものですよ。宝石を握って光ったことは?」
「いや、ないが……」
「先週友達から論文が届いたのですが、宝石が持つ媒介と似た波長を竜族が持っていることがわかりました。その波長と相性がいい人を探せば、その人が番かもしれません。ダッチさんは、どうやらあなたに宝石をあげるのが嫌だったみたいですね」
メティは「はは……」と笑う。
今まで竜族は占いによって番がいそうな場所を探してきた。なんとなくという範囲なので気休めな事が多い。しかし藁にも縋る思いでいる竜族は多い。番相手じゃないと子供ができないとは、難しい種族だ。
「今までなかったと言うことは、適応する宝石は成人しないと見つからないのかもしれないですね。少し血をいただいても?」
「あ、ああ……」
指先に針を刺し、一滴絞った血を宝石に塗りつける。
メティはそれを持って、白紙の紙から用紙を一枚ちぎると、ペンで魔方陣を書き出す。
「何をしているんですか?」
「血と宝石の相性を見て、探査魔法を発動するものを書いてます。そうですね、あまり大規模だと国際魔法連盟が出張ってくるので、ばれないように……」
できあがった魔方陣は簡易の世界地図を模したような形になった。
「よし」
メティはペンを置いて、宝石を魔方陣に置いた。頭の中の本が少なくなったおかげで、具合は悪いがはっきりと物を考えられる。久しぶりに魔法を作ったメティは気分良く唱えた。
「彼の者の波長と宝石の力と合う、
宝石が浮き上がりくるくると回ると西に向かって光の線を走らせる。
「これは……!」
「え、え、この方向にアイドさんの番がいるんですか?」
「お師匠様凄いです!」
「ダッチさんがヒントを書いたメモをくれたので。あとは理論が正しければ、この先にアイドさんのお相手がいますよ」
「そう言えば、アイドの喉を触っていたな」
ヘスティが言うと、メティは答える。
「ええ。占ったら途中でそこが反応したそうです。おかげで魔法に影響が出て、正確に占えなかったそうですよ。おそらく、竜族が番を一目見てわかるのは、喉に何かあるんじゃないでしょうか? もしよかったら一度調べてみると良いかもしれませんね」
メティは次に発動している宝石に向かって縮小と転写の魔法をかけた。すると、紙に書いてあった魔方陣が縮小され、宝石の中心に刻まれる。さらに固定の魔法をかければ完成だ。
「二度目からは
「これは、他の者が使っても同じようになるのか」
「いいえ。反応する宝石――媒介でなければ駄目ですね」
「アイド」
「すまないヘスティ、探しに行く!」
「わかってる。後のことは任せろ」
アイドは飛び出すと、あっという間に飛んで行ってしまった。背中にしまっていた羽が大きく開いている。
「しかし驚いたな。魔法とはこんなに簡単に開発できるのか?」
「ちょっとした想像力があれば応用が利くんですよ。リマスもこの間新しい魔法を作りましたしね」
「えへへへ」
褒められて舞い上がってるリマスはエイリーを見た。
「ご用件は終わりですか? でしたら、そろそろ師匠はお休みに成られないといけないので……」
「あ、はい! ありがとうございました!」
「夜分遅くに失礼した。この礼は後日改めて」
二人はぺこりと頭を下げると、メティの家を出た。
「彼女はいったい何者なんだ?」
「はへ? メティさんはフォカレの相談役ですよ! 彼女が来てからとっても国が豊かになりました。あ、もちろん他の魔法使いさん達もいてくださったおかげです!」
身銭を切って滅びかけたかいもあろうというものだ。
ふんすと鼻息荒いエイリーを見ながら、ヘスティは内心「絶対おかしいな」と結論を出す。
頭の中に大量の本があるなど、彼は知らなかった。
「帰って寝るか」
「歩いて疲れましたねー」
すっかり元の落ち着きを取り戻したエイリーは、部屋まで送ってもらった後に「もしかしてお金はメティさんの物に……」と気付いてがっかりした。
*
「どうでしたか? 念願叶ってお会いしたお姫様は」
「腹がよじれるほど面白かったぞ」
思い出してにやけているヘスティに、護衛騎士のアズールが苦笑する。
「わざと手紙を紛れさせて関係を結んだことが役に立ちましたね」
「おい、誰が聞いてるかわからないんだぞ」
「確かめましたので」
魔法による盗聴も、周囲も調べ気配はない。
ヘスティは浮かべた笑みを引っ込めた。
「精霊との古の契約は蘇っている。王族の異能も健在だった」
「公爵閣下もお喜びになりますよ」
「……世事に疎い町娘みたいだ。期待には添えない」
「確かに何もできそうにない芋娘さんですが、ぼっちゃんにはぴったりでしょう? 裏表はないし、かわいいじゃないですか。竜族の番探しにかこつけて、ちゃっかり会えてよかったですね」
誰がどう見ても主人にまとわりつく犬のように喜んでいたのを思い出して、アズールはにやにや笑いが止まらない。
「うるさい、ぼっちゃん言うな! 言っておくが、別に何とも思ってないぞ」
「またまたー。隠すのは見苦しいですよ」
ほっぺたをピンク色に染めたヘスティは、アズールを睨む。が、迫力は無い。笑ったままのアズールは続ける。
「青春ですねぇ」
「だ、だまれ!」
今度こそ怒ったヘスティは怒鳴ってアズールを追いかけ回した。
*
「ははぁ、あのお坊ちゃんはお姫様が大好きなんですねぇ」
「悪意を感じるにやけ面、マジではんぱねぇわ」
開発部所属、ハンニとダッチは、マレー子爵一行が滞在する部屋の数キロ先。開発本部の部屋でまったりと紅茶を飲んでいた。
ハンニはにやにやと部屋に設置されたモニターをガン見している。
「それにしてもメティさんの魔法えぐいっすねぇ。亜空間に構築した魔法式投入して完全隠蔽っすよ」
「社畜時代に養った技術だと思うと恐ろしいですねぇ。まだアルランド王国に残ってるって言うんだから……おぉ怖っ」
「全然怖そうに見えねぇっすな」
壁に敷き詰められるようにしてあるモニターの半分がアルランド王国の各所に繋がった盗聴魔法から吸い取った情報だ。リアルタイムで魔法省を中心に流れ込んだ情報がフォカレまで流れ込み、自動的に記録が取られている。それは画像から音声情報まで様々だ。
ところで、部下が上司に報告するのは常識として定着しているが、上司が部下に報告しなければいけない、というのを意識している者がどれくらいいるだろうか。
受動的で何もしないどころか、搾取系トンデモ人間を上司に持ったメティに、上から降りる情報がまともに伝わることはない。
というわけで、メティはこっそり各所に盗聴魔法を仕込んでいた。勤めてから数年、見つかっていないのはメティが死力を尽くして開発したからである。もちろん見つかったら最後、魔監獄行きは免れない。
メティが初めて犯した罪であり、人生で一番凄い隠蔽魔法を構築した事件でもあった。
けれど仕事の四割がスムーズに進むようになり、連勤八十九日地獄から抜け出したという。
転職魔法使い達はメティの罪を全て許し、墓場まで持って行くことにした。
当然、全力で犯罪だ。論文も存在自体もなく、メティは頭の中にだけ情報を残した。それがこの間のディエルの一言によって流れ出た。他にも裏帳簿や金額の合わない請求書が大量に出てきたのだが、本人は熱で気付いていなかった。
どうするか聞かれたディエルが、良い笑顔で父王の所へ持って行ったのは最近の話である。これからも頭の中に放置されていたお仕事関連の情報が出てくるだろう。すでに本人ですらもくじを見ないと何があるのかわからないのだから、とてつもない量なのは確かだ。
「やぁ、スパイ活動もさっさと済んで手間が省けます。外遊舞台に頼んでそこかしこの国に仕込んでもらってますし、防衛が楽ですねぇ」
「ばれたらガチでやばいっすね」
「いいんですよぉ、ばれなきゃ」
「へいへい。黄金のカブトムシつくろっと」
あくどい顔をしたハンニを見ながら、ダッチは欠伸を噛み殺す。彼にとっては国防なんぞどうでもよかったが、定時で帰してくれるこの環境だけは絶対死守しようと思っていた。
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