超絶社畜魔法使いは枯れたド田舎国でスローライフの夢をみられるか
夏白
本編
一章
魔法使いメティとフォカレという王国
荷馬車が一台、土埃に埋もれるように渇いた大地を走っていた。
目指すのは中央大陸の僻地――フォカレ王国。
開拓民が起こした古い国だと言われていたそこは、観光地もないことから道も整備されていない。
メティは揺れる荷台から転がり落ちないよう、必死でしがみついていた。
そうしてると、ただでさえ陰気な黒ローブの女が、ますます幽霊めいてくる。もともと室内に籠もっていたせいで血管が透けて見えそうなくらい、メティの顔は青白い。髪は足首に届くほどで、闇のように暗い紫色。目は深い色の緑をしていて全体的に影が薄い。夜道で出くわしたら悲鳴を上げられそうな、幽霊めいた容姿だった。
そんな容姿のメティが唯一自慢に思っているのは
「ディエルさん、そろそろ付く頃でしょうか?」
「あそこに砂丘が見えるだろう? それを越えたらフォカレだ。皆、魔法使いが来たって知ったら喜ぶだろうな!」
御者をしていた青年が陽気というよりも、完全に浮かれきった声色で答えた。
彼は短い金髪の髪に洗いざらした灰色のワイシャツとズボン、膝まであるブーツを履いていた。肌は日に焼けていて、そばかすが散っている。純朴そうな青年と言う印象だ。
メティは彼に誘われて、フォカレ王国を訪ねる途中なのだ。
田舎は閉鎖的と聞いていたので、ディエルだけでも歓迎してくれてると思うと、気持ちが少し楽になるような気がした。
老いた馬がヒヒンと嘶く。
「若輩の身で、たいそうな魔法が使えるわけでもなくて、逆に申し訳ないです」
「いや、うちの国には一人も魔法使いいないから、畑の実りが少しでもよくなれば、それだけで大助かりだ」
「ディエルさんの故郷って、そんなに悪いんですか?」
「食べていけないってほどじゃないが、よくもない。もし飢饉が起こったらと思うと……ぞっとするな」
そう言った横顔はどこまでも真剣だった。
困ったようにメティは頬を掻く。
新しい移住先の一つとして軽く下見をと考えていたが、そんなこと言えない雰囲気だ。
「人は自然に勝てませんよ。でも、備えることのお手伝いは出来ると思います」
するとディエルは「だよな」と笑う。
「わかってるさ。だって森と戦うなんて出来ないだろう? そんなことより金の稼ぎ方が知りたいな。今のところ傭兵で雇われるくらいしか手がないんだ」
顔に似合わずディエルの腰に佩いた剣が飾りではないようだ。
「あ、あれがうちの国だ!」
遠目でもわかる距離に家がぽつぽつと見え始めた。
乾いた土地が広がり、相変わらず緑は少ない。話通り、実りは少なそうだ。
一つだけ大きな建物が見えた。とても古い塔のように見える。
さらに近づくと崩れた城壁が見えた。ずいぶんほったらかしにされていたようで、風化しかかっている。
「おーい!」
ディエルが手を振りながら声を張り上げると、ぽつぽつと民家から人が出てくる。
「ご親戚の方ですか?」
「民達だ。あ、父上もいる。おぉーい! 父上ー! 腰大丈夫ですかぁああ」
「微妙じゃてぇぇぇ――」
と、ぞろぞろと集まっていた集団の中、杖をついた老人が呼びかけに答えた。
ぎぎぎ、と音がしそうなほどゆっくりと首を回したメティは、手を振ってるディエルを見た。
「父上って……ええと、もしかしなくても貴族だったりします?」
一瞬きょとんとしたディエルは、そういえば言っていなかったと続ける。
「こう見えても、この国の王太子なんだ」
にかっと笑ったディエルを、メティは失神しそうになりながら見上げた。
信じられないというように目を見開いて口をぱかっと開ける。
「す、すみません持病の癪が。ちょっと帰って主治医に相談しますっ」
「逃がすと思うか!」
素早くマントを掴んだディエルは筋肉に物を言わせて、もやしのように細いメティの脇腹を掴んだ。ついでに飛びそうになっていた羽をむんずと掴む。
逃げようとしたメティは叫んだ。
「騙したんですかっ。もう宮勤めはこりごりだと言ったじゃないですかぁ!」
まるで締め上げられる直前の鳥みたいにばたつくが、ディエルはしっかり掴んで放さない。そうこうしているうちに、賢い馬は手綱がなくとも目的地に近づいてしまう。
「もちろん王宮に勤めてほしいわけじゃないし、条件は変わらないぞ。国の中なら好きな土地に住んでいい。――父上、見てください! 手紙で知らせた魔法使いを持ってきました!」
「や、やめてくださいっ。離してくださいいいい」
荷馬車が停まり得物のように差し出されたメティを受け取ったのは、ディエルと似ているが、少し幼い感じの女の子だった。髪はディエルよりも長いが肩に掛からないくらいで、ちんまりとしている。
「兄上、お久しぶりです!」
「エイリー! おっきくなったなぁ。元気だったか?」
「はい! 兄上も壮健そうでなによりです! 既に収容所の準備は完璧です」
「収容所!?」
「あ、いや待て。家の話だから逃げるな! 暴れるなって!」
「いやああああもう社畜に戻りたくないです! わあああああん!」
「違う違うっ! エイリーはちょっと言葉の選び方がおかしいだけでだな」
「びゃあああああああああああ!!」
子供ならわかるが、いい年した大人がするような泣き方ではなかったので、ディエルは引きつった顔をしておろおろした。
*
メティとディエルが出会ったのは、アルランド王国の図書室だった。
魔法を学ぶならばアルランド王国へ行け、といわしめる魔法大国がメティの出身地である。
隣の建物が王立魔法大学院で、その別塔として建てられたものだ。図書館は広く開放されており、観覧には身分証明と入館料を払えば入れる仕組みになっている。
メティは王立魔法大学生だったときから通い始め、宮廷魔法使いの下っ端として就職した後も足を運んでいた。
そしてディエルはというと、アルランド王国へ留学へ来ていた。世界中から魔法を学びに来る学生は珍しくないし、ディエルもそうだった。図書館で出会った二人は魔法を通じて仲良くなった。
王宮勤めに疲れ果てていたメティは、留学期間を終えるというディエルに誘われて、二つ返事でフォカレ王国に来ることになったのである。
「そ、その、兄様がとても、その……ごめんなさい」
「ディエルの話じゃ、てっきり王宮に仕えるもんじゃと思っとったわ。すまなかったのぅ」
何とかメティを泣き止ませたディエルが、隣でぐったりとしながら背もたれに背中を預けている。エイリーと陛下は向かいの席で、同じくぐったりとしていた。
「いえ、きちんと確かめなかった私も悪いんです。昔から警戒心が足りないって言われてましたし、うまい話には裏がありますもんね……。まさか、王族だったなんて。グスッ」
住める土地を貸してくれると言うし、ディエルの人柄もあって、深く考えずにほいほいついて行ってしまったのである。まるで拐かされた女の子みたいだ。立派な成人女性のメティは落ち込んだ。ぶわわわっと涙が目じりに盛り上がった。
「まぁ、家も建ててしまったし、しばらく仮住まいとして様子を見ればよい。もちろん、王宮に勤めなくてかまわないからの」
「……いいのでしょうか」
「好きな土地があったら移動してかまわんぞ。のう、ディエル。家の建設費はお前の小遣いから引いとくからの」
「うぐ。わ、わかりました父上……」
家の請求書を回すつもりはないと聞いてめてぃはほっとした。いきなり借金をふっかけられることはなさそうだ。
ひとまず荷物は家に運んでもらうことにして、王宮の中を見せてもらう。
勤めていた魔法省と違って小さいが、造りは丈夫で古い。石の床に踵を打つ音が響く。どうやら、城内に人は少ないようだ。
「この国、どれくらいいるんですか?」
「国民か? だいたい六万人くらいだな。土地は広いが、殆どは人の住めない砂漠だな。年々広がっている。――あそこに山が見えるだろう?」
城の窓は曇って見えにくい。目をこらすと、木の一本も生えてない、なだらかな傾斜が見える。
「あそこから乾いた風が来る。それが土地の水を奪い雨もあまり降らない。昔は豊かな土地だったが、鉱石の採掘のために開発が続いて、今じゃ掘り尽くしてあのざまだ」
「森を作ろうとは思わないんですか?」
「何十年かかることやら。それに、育てるための水もない」
城は三階建てで客間と大広間、王族の私室と小さな畑がある。庭はあったが、荒れ果てたまま放置されていた。手が足りないが、雇う予定もないのだという。
食堂と井戸に案内され、幾人かの使用人と顔を合わせればすることもなくなり、家へ向かうこととなった。
「ディエルさん……ディエル様は来るとき、相談に乗ってくれればとおっしゃっていましたが、何を聞きたかったんです?」
「呼び方は前のままでいいよ。なぁに、道中話したのと一緒だ。この国が作物が生い茂るような豊かになればとは思ってるが、メティがいてくれるだけでもいいんだ。国に一人も魔法使いがいないのは、外交でも舐められると父上がぼやいてたから」
本当にそれだけを望んでいるふうに見えて驚いた。王族はもっとがつがつして支配的だと思っていた。
小国の王族はまた違うのかもしれない。
行く場所もないし、ひとまず様子見で、しばらく腰を落ち着けてみようか。
不思議とメティはそんな気分になった。
*
メティのために建てられたという家は、素朴だが造りが頑丈で、市民が持つにしては少し大きかった。
木造の二階建てで柱がしっかりしているし、玄関口は広い。女の一人暮らしを思ってか玄関の鍵が二つあり、部屋数も多い。台所とリビングと部屋が二つ一階にあり、二階は三部屋あった。
一つは持ってきた本を置くのに十分なスペースがあるので、書斎にしよう。もう一つは魔法の研究をする場所。残りは寝室と決めた。
一階の空いている部屋は食料庫に改造して、最後の一部屋は何かあったときのために空けておこう。
そうと決まればすぐに家具をそろえないと、と思っていると、ディエルが使わなくなった家具をいくつかくれた。
ベッドに木製のテーブルと椅子が二脚。寝具は持ってきた物を入れれば終わりだし、もともと僻地での生活を考えていたので、いろいろ持ってきている。
王子様に引っ越しの片付けをお願いするのは恐縮したが、本人は楽しそうに動いていた。体を動かすのが好きだと言っていた。
その日は片付けて終了。
次の日は城下をぐるっと回って店を探した。八百屋に家具屋に大工、鍛冶屋は一つだけ見つけた。あとは酒場に食堂。小物店などもあったが、品薄で別の仕事で凌いでいるところもある。残念ながら書店は無く、月に数回来る行商に頼るしかないと言う。
「てことは、写本はおいおいで、先にインクと紙を大量にお願いしないと……。お金かかるなぁ。貸本屋でもやろうかな」
注文した本棚は十日後に届く予定だ。寸法を教えて発注したのが三つだから、結構な出費になる。
宮廷魔法使いだったが、下っ端の薄給で蓄えられるのもせいぜいだし、どこかに畑を作ろうにも家の周りに使える土地は無い。庭は魔法の材料や薬草を植える予定だ。敷地が足りないし、木材もただでは手に入れられない。
豊かな森だったら無料で手に入れられる物は多いが、これは困ったことになった。
「まずは家の中を整えて……。うーん、ポーションを売ってしのぐしか……。あ、でも法律とかどうなってるんでしょう」
王宮に行って確かめてからの方がよさそうだ。
スローライフは遠いとメティは嘆いた。
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