第64話 大坂城落城と秀頼母子
さて、幸村に呼応して迂回作戦をとって家康の本陣を狙う計画だった明石全登の戦いはどうだったのか。戦闘開始が思ったよりも早く、全登の迂回作戦は不発に終わった。兵力も三百という過少であったから、なおのこと部隊はあまり動くことはなかった。秀頼公がご出馬すればそれに応じてと思ったが、その出馬も結局叶わず、時間と共に優勢かに見えた大坂勢の勢いは弱まり、幸村は討死し勝永も敗退、治房も敗退と情勢は悪化をたどっていた。それに伴い、全登が屯していた船場にも敵が寄せ始めてきた。全登としてもこのまま静観に終わるわけには行かぬ。最後の戦いとなればひと暴れするのが筋であった。
「者共!押し出せ!」
と僅かに三百の兵と共に押し出した。
毛利勝永の殿軍を追いかける藤堂勢の姿が目前に迫っていた。
「藤堂和泉守が兵、蹴散らせぃ!」
と全登が命じ、全軍が藤堂勢に向け突入した。明石隊は戦闘に加入したばかりで意気軒昂であり、藤堂隊は連日の戦闘で疲労困憊である。過少兵力といえどもその勢いは猛烈で瞬く間に藤堂隊は打ち破られ、後方の水野日向守勝成の隊へとなだれ込んだ。
勝成自らも槍を揮い全登の兵と戦った。勝成の隊士である廣田図書、尾関佐次右衛門は我が主人を討たせてはならじと勝成の前に立ち塞がる。図書は逆に槍に突き伏せられ、首を取られんとするを勝成が助け出す一幕も見られた。勝成隊危うしというところで、菅沼織部正が率いる部隊到着し、そして本多忠政の本隊も救援に駆けつけた為、勝成は壊滅を免れ、逆に全登は少数の兵なるがゆえにこれ以上の戦いは無駄と判断し、全登は血路を開いて城内には戻らず、城の東側へと向かった。
長宗我部盛親は、城外の戦闘には加わらず京橋口にて本丸を守るべく大将として屯していた。幸村、勝永、治房の軍勢を蹴散らした東軍は、その勢いに乗って大坂城へと踏み込んできた。東軍は京橋口には殺到せず、逆に本丸に突入した東軍は勢い余って背後から京橋口に達しようとしていた。前方と後方に敵である。こうなると戦術の立てようがなく、乱戦である。盛親の残っていた旗本の勇士達も死傷相次ぎ、もはやこれ以上は支え戦うこと叶わずと、盛親は一団となって京橋口から京へと脱出を図った。
秀頼に届けられる報告は悲惨な報告だけであった。日の高いうちは真田、毛利、大野らの活躍素晴らしく、家康、秀忠の本陣突入もありうると思われたが、それも束の間、幸村討死、毛利豊前、大野主馬の敗走の報せが入ると一気に形勢は逆転し、それも敵は本丸近くまで攻め寄せていた。
一時は
家康は大坂城を包囲した後も、秀頼に対し和睦をすることを使者を度々派遣して説いていた。秀頼はまだ残っている七隊長を招集して、どうするか協議した。
速水時之は言った。
「和睦の事真実でござろうや。天王寺の寄せ手は力緩める事なく攻めて参ります。考えまするに、これはわが城兵の必死の志を奪わんとする大御所のはかり事かもしれませぬ。ゆめゆめ話に乗ってはなりませぬ」
「某もその様に存ずる」
と皆この頃になっての和睦の話は辻褄が合わぬと賛同しない。秀頼もその言葉に従うことにした。となると、残された道は自害しかないではないかと心に刻んでいた。
集まった七隊長の気持ちはもはや戦う意志も薄れ、元の場所に帰るというよりも、いかに城中から逃れるかを思案していた。大野道犬、山川賢信、北川宣勝、仙石宗也らは逃亡せんと行動を移していた。京橋口だけは家康は東軍の諸将に逃げ道として囲みを解いていた。籠城戦の最終局面は守る側は必死だったものから、生きていることを幸いとして逃亡を図るのが常というもので、戦国武将たちは籠城戦の場合には、包囲の一部を解き放って逃亡の道筋を作っておくのが、当時としては常道の策であった。でなければ、逃げるのに必死の者を相手にせば、手痛い損害を受けることは百も承知であり、わざと空道を作って自軍の損害を押さえていたのである。
大坂城内にはやはり不穏な出来事が出来した。内応に城内に火を放ったのである。親徳川派は秀頼の七隊長の中にもいた。だが、警戒もされており即座に行動に移ることができないでいたのだが、逆に誰にも疑われていない者が火付けになったのだ。台所頭の大隅与左衛門である。誰も徳川に通じているとは思ってもいなかったので、全くの死角となった。役目柄火の出やすい場所台所から出火させたのである。風にも煽られ火は瞬く間に燃え広がり、その炎は城外からもよく見えた。当然、東軍は寝返りありと判断し、さらに勢いを増して城内本丸へと侵入した。忠直の軍勢は大野治長の邸も炎に包まれ、夕暮れには二の丸も落ちていた。
大坂老臣の一人である郡良列は千畳敷に至り、秀頼の旗幟を床上にて捧げ仰ぎ見て言った。
「某、城外にあって死すべきでござり申したが、主君の預け置き給える旗幟を汚さんことを恐れ、謹んでご返上仕る」
と良列は太閤殿下よりの黄母衣を脱いで床に置き、
「謹んで先君に御返上奉る」
と言い、鎧を脱いだのち、
「聊か多年の御厚恩に報じん」
と言い放ったのち、割腹を遂げた。従っていた子の兵蔵も父を見習い自刃して果てた。
渡辺糺も手負いの身であり、千畳敷に母正永尼と二人の子とたどり着き、ともにここで相果てようと決めていた。
「母上、万策尽きてございます。先に三途の川にてお待ち申しております」
「うむ」
正永尼は二人の子と糺の姿を見て、涙が溢れ出していた。子を道連れにするには辛いが残しても東軍により処刑されることは明白であり、であれば一緒に死ぬことの方が良いとも感じていた。
長女は8歳、長男は6歳にて権之助と言った。糺は二人の子を傍に招き抱きしめて、根性の別れを惜しんだ。その姿を見て正永尼の眼は涙に溢れ霞んで三人の姿は写っていた。
その時、秀頼が千畳敷に現れた。秀頼は黒い単物を着し、白衣を羽織て脇差のみを帯していた。そして糺の傷の跡から戦いの凄さを感じていた。秀頼は心に苦労をかけてすまぬと思いながら、糺の姿を見てついつい声をかけた。
「内蔵助、手負いとなれば、十分に手当をせよ」
「ははっ、ありがたき御言葉。ただ蚊に吸われた程度のもの、大してござりませぬ」
「うむ」
秀頼は足早に千畳敷から出て行った。それを見て糺は娘を引き寄せ、小刀をもって刺し殺した。それを見ていた二人の乳母は嫡男権之助を抱えて素早く隠れるように千畳敷から逃げ出した。
「何をする?」
追いかけようにも、手負いにて体のいうことは利かないから追いかけることはできない。なるようになるであろう。あとは乳母に権之助を託す他はない。無事でいてくれ、と祈るしかなかった。
「母上、先に参ります」
「内蔵助の最期を見届けたのち、わたくしめも参ります」
糺は娘を刺した刀をもって自らの腹を掻き切った。うーんと苦しむ姿を見て、正永尼は糺の大刀を抜き打ち下ろして糺の首を落とした。そして、自らもその刀をもって首筋にあてた。豪勇で名を馳せた渡辺内蔵助糺と正永尼の最期であった。
秀頼は母淀殿と共に天守閣にて自害せんと天守閣に向かっていたが、速水時之が行く手に立ち塞がり自害を押しとどめた。
「大将たるもの御自害は至極の詰まる所にてなさるるもの。まだその時ではござりませぬ。火の回らぬうちに東の御櫓まで御退き遊ばれませ。某ご案内仕ります」
と時之は先導にたち、天守より月見の櫓下より蘆田曲輪の土蔵に入り火を避けた。従うもの、千姫、大野治長、毛利勝永、真田幸綱(大助)、氏家内膳ら三十数名。
治長はいかに秀頼の命を救うか考えた。もはや最後の手段しかあるまいと思った。それは千姫に委ねることだった。
治長は千姫の侍女刑部卿に向かって言った。
「もはやかくなる上は御台所様に御城外へ御逃れさせ大御所様へお願い仰せあげられ、秀頼公御母子の御助命を取り計らうしかなかろう。そなた千姫と共に参り大御所様にお願い仰せあげられよ」
「かしこまりました」
「主水、主水はどこぞ」
「はっ、ここに」
「主水、千姫らを護衛し城外まで無事案内し、東軍の名ある将に託すが良い」
「はっ」
その間に千姫は秀頼に別れを告げていた。
「必ずや御助命の儀果たして参ります」
「うむ。気をつけて参れ。そなたが最後の望みじゃ」
「はい」
堀内主水は千姫、侍女らを連れ、うろたえる城兵と火災で燃えている中を避けながら、城外へと進んだ。誰が追いかけてくる者がいたので、主水は身構えたが、それは治長が遣わした米村権右衛門だった。権右衛門は遣者として東軍の陣営に頻繁に往復していたから、任務には最適だと治長が判断して千姫に追従せよと命じ、追いついてきた者だった。城外の消失していない民家に千姫を入れ、東軍に武将を探した。丁度坂崎直盛が屯しており、権右衛門は千姫と共に本多正信の陣所まで警護を依頼した。堀内主水と米村権右衛門は直盛に千姫を大御所の元に届けるよう依頼した。
この坂崎直盛はもともと宇喜多忠家の長男であり、直家の甥にあたる。関ヶ原後、家康から宇喜多姓を改めるよう言い渡され、坂崎と改めた。
この千姫救出についてのちに坂崎は千姫を室として迎えられる説とか、巷説が囁かれたが、のちには他の騒動もあり断絶する。
秀頼は大坂城が火焔に包まれ、焼失していく様を眺め見て悲嘆にくれた。
「甲斐、豊前」
秀頼は近くに侍る速水時之と毛利勝永に向かって言った。
「太閤の嫡子と生まれ天下を保つ身にありながら、今や命尽き果てようとしておる。今朝ほどまで十万の兵をもつ大将であったが、ここに及んで僅か28人となった。これも仕合せというものであろう」
これに応えて時之が言った。
「敵が来たならば、我ら華々しく最後の合戦に及び果てん」
「甲斐よ、皆の勇気はさることながら、戦はすでに敗れたり。不覚の死を遂げんより自害して死骸を隠すべし」
「はっ、大将がその覚悟ならば、潔う支度を整えましょう」
問題は誰が誰を介錯するかであったが、あっさりとそれは決まった。淀殿は氏家内膳、其の侍女は毛利勝永、そして秀頼公は大野治長と決まった。
淀殿に仕えていた饗場局、宮内卿、右京太夫は、淀殿に最期の別れを告げていた。
「時至りなば騒々しいままでございますが、只今をもち御暇申し上げます。三位局は昨日の暮にて自害せられし事、今となっては羨ましく存じます」
「よう仕えてくれた。これで自由となろう」
「いいえ、あちらに参りましても、再びお側に仕えとう存じます」
淀殿の両眼からは涙が溢れていた。
三人は其場を立ち去り、櫓の隅に侍りて自害を遂げた。淀殿は自分も其の時が近いことを悟り、我輩もしばらくしてから冥土に参ると心の中で囁いていた。
まだ、治長は望みを捨ててはいなかった。千姫らが大御所の元に参り秀頼母子の命が助かるかどうかであった。
本多正信の陣所に辿りついた千姫らを正信は喜び迎え入れ、直ちに大御所と家忠に千姫が無事だったことを伝えると共に、秀頼母子の命乞いを伝えた。家康は心の中の片隅には秀頼母子の命までは取らぬと思っていたからそれを諾しが、秀忠はそうではなく、あくまで死骸を見ることが是であった。正信は千姫には命は助かるであろうから安心するよう諭し、同道して来た権右衛門らには酒食を振舞い慰労した。権右衛門らは空腹であったから、食してから其の旨を治長に伝えるべくと思っていたが、疲労か睡眠薬かわからないが、睡魔に襲われ熟睡してしまった。目が覚めた時は、もう陽が昇り本丸も灰燼に期しており、慌てて戻ろうとしたが、秀頼母子共々治長はじめ一同が自害し炎に包まれたことを知った。権右衛門は使命を果たせなかったことを悔やみ途方に暮れていた。
片桐且元は病魔に苦しんでいた。が、秀頼一行が潜む櫓がわからず(外堀がなくてもそれほで大坂城内は広い)、且元に其の居場所を特定させるべく呼び出した。且元は病身ゆえ籠にのり炎にくすぶる城内に入り、その様子を伺いみた。
「おそらく秀頼公らは蘆田曲輪の土蔵に潜み居ると思われます」
と家康、秀忠に報せた。どこまでも且元は果たせるかな、である。
秀忠は安藤重信に対し、この居場所の見張りをさせ、しばらくして井伊直孝の兵も到着して警護に当たらせた。その間に且元は曲輪に使者をたて、淀殿との交渉を始めた。秀頼助命の件は認められた形となり、二位局が家康と引見し、家康は秀頼の服装やら残っている者の姓名を尋ね、二位局にはそのままここに屯すよう命じた
八日の朝のことである。家康は井伊直孝を通じて秀頼に伝えた。
「太閤殿下の御継なればこそ今更にいたわしく存じる。もはや戦も止み終わったゆえに、御出でなされるがよいであろう」
時之はこれに応じて接し、家康の厚意に感謝する言葉を述べた。そして秀頼母子はその厚意に応じて櫓より出ることを告げると共に、直孝に対し御乗物を二挺用意されたしと依頼した。しかし、応対した直孝の臣近藤石見は、
「この情況にて乗物の手配は叶わず。馬を遣わすゆえにそれにて出でたし」
と申し述べたが、時之は納得がいかず、
「いかにこのような仕儀になり申しても、秀頼母子共に御姿を曝すこと憚りたい」
と怒りをぶつけ、交渉は打ち切りとなった。この所業に井伊直孝、安藤重信は困惑し、そして激怒した。
「大御所の慈悲に及びお助け下さるべきものを、許しがたし。早く言う通りに致すのじゃ」
と鉄砲を撃ち放った。あくまで威嚇のつもりである。
しかし、秀頼母子にとっては豊臣の威厳たるものが存在した。治長ももはや豊臣の世は照らされることはあるまいと理解した。
「やはり最期を遂げる時が参ったようです。力及ばず申し訳ござりませぬ」
治長は万策尽きたことを秀頼に伝えた。
「もう良い。冥土に行けば母上と共にゆるりと過ごせるであろう」
治長は命じた。
「火をつけよ。悉く灰燼に期せよ」
「はっ」
「修理、介錯せよ」
「御意」
治長は、秀頼が腹に小刀を突き立てるが早いか、見事其の首を落とした。時に23歳、淀殿は少し離れたところで、秀頼の最期を見てのち、氏家内膳が刀を突き刺していた。淀殿は47、8歳であった。
そして、同じ蔵の中にいた、治長以下、子の治徳、速水時之、その子出来丸、毛利勝永、弟勘解由、真田幸綱、津川親行、堀対馬守、竹田永翁、氏家内膳、中高将監、同半三郎、成田佐吉、高橋半三郎、高橋十三郎、植原八蔵、同三十郎、寺尾庄左衛門、小室茂兵衛、土肥勝五郎、森島長意、加藤弥平太、片岡十右衛門、大蔵卿局、和期御方、阿玉局らが共に殉じた。
結局豊臣の家はこの世から抹消されたのであった。尊い命も共にである。
秀頼も直孝の言う通りにしていれば本当に助命され生き残ったのであろうか。生きたとしてもさらなる苦悩の道を歩まざるを得なかったのは確かなことであろうし、また、反して死罪となれば、世上に晒されることも確かであろう。
生きること、死ぬことへの苦悩を感じさせる。
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