第40話 今福 木村・後藤対佐竹の戦い
大坂城の東北、大和川の北に沿う形で相連なる二村があった。東側に今福村、西側に蒲生村である。地形がら堤防に囲まれ、今福堤と蒲生堤なるものがあった。南方大和川を隔てて鴫里村があった。距離は二丁ほどの隔たりにすぎず、此の堤防も
家康は東方方面の攻撃路を開かんとして、鳥飼付近の堤を切って水を西方に落とし、その下流を堰き止めて天満川を乾そうと考えたが、大和川が天満川に流れこんでいるので、これも堰き止めて中津川へ落とそうとし、そのために鴫野今福の敵を排除して工事の妨害されるのを防ぐ計画をたて、佐竹義宣に今福攻めを上杉景勝に鴫野攻めを命じた。
大坂方も今福の柵には、大野治長の武将矢野和泉守
遡ること、十月初旬、佐竹右京大夫義宣は家老の渋江内膳政光を従え江戸に赴く途中の奥州矢吹宿を過ぎた辺りで、江戸幕府よりの書状が届いて大坂討伐の命を受けた。渋江政光は元々本姓荒川筑後守秀景の子にして小山氏に属していたが、小田原征伐後、その才を見込んだ佐竹家臣人見藤道が義宣に推挙し、近侍として仕え、その後渋江氏を嗣がしめたのである。
早速義宣は秋田に使者を送り11日秋田に書が達し、兵備を促した。老臣の向右近宣政は梅津政景を召して兵備を整え出立するよう命じた。政景は迅速に兵を集め、糧食荷駄を準備させたので、宣政は政景の敏捷さを称賛した。16、17、18日と三日に亘り秋田を出発した。梅津半右衛門憲忠を大将とし、その子長三郎廉忠を従えていた。政景は兄憲忠の為に唐犬と名付けられた名馬を贈っていた。
24日義宣は梅津らが到着するのを待って、千五百の兵を率いて江戸を立った。伊達政宗、上杉景勝と共に先鋒を命ぜられてのことだった。11月17日大坂に到着し、玉造口に陣を布いたが、家康の命により25日進撃を開始し、片原町から今福へと駒を進めた。
大坂方は23日より矢野正倫ら50人ほどで今福堤を堀切り、壕の内には柵を造り、終夜篝火を焚いて普請を昼夜に亘り急がせ、2、3町先に哨兵を置いて警戒し、26日の明け方なんとか完成した。しかし、柵前に架けていた仮橋を徹していない中、佐竹の先鋒隊戸村十太夫義国をはじめ5、60名が堤の陰より薄明かりに紛れて忍びより、哨兵に襲いかかったのである。
その前日、佐竹義宣の陣中に将軍秀忠より検視役として屋代越中守忠照、安藤治右衛門正次、伊藤右馬允が派遣され告げた。
「明旦、景勝と共に今福の敵を討ちたまえ。両軍予め刻を約し、一斉にこれを撃つべし」
そして、明日再び来てその出陣の時を告げるとしたのである。
それを受けて26日我が佐竹軍の部署を定め、隊列整えて、三使の来るのを待った。渋江政光を前軍とし、銃隊の将、信太伊豆勝正、沼井正右衛門某、川井権兵衛堅忠、槍隊の将、大塚九郎兵衛
義宣は三使が到着しないので、梅津憲忠を派遣し、鬨を告げるよう請うた。しかし、返ってきた言葉は意外だった。
「景勝既に兵は出しておる。何ぞ刻を告げる要ありや」
その言葉に憲忠は憤慨した。
「我ら、昨日約するに来たり告ぐるをもって出陣の所存。故に待ちて今に至る!敢えて申す。義宣の後れにはあらず!直ちに返りて敵に一撃を加えん」
三使は平然として憲忠に言った。
「云うは易く、行うは難し。汝果たして言に背かざるを得るか」
と問うたが、憲忠はその時には馬に鞭打ち踵を返して義宣の本陣に向かった。
先鋒の渋江政光は進軍を命じたが、道はぬかるみ隊伍を整えていくことができない。憲忠は政光に追いつき命を伝えた。
「今福の敵を追い払えとの沙汰でござる」
泥濘の進路は部隊の足並みを狂わせ、憲忠自身も大井小吉と云う18歳になる者だけであった。憲忠は馬を捨て、徒歩にて堤上に達した。此のころより大坂勢の放つ銃声が激しくなっていた。柵前に辿りついた時には憲忠の周りには八人しかいなかった。小吉も刀を抜いて敵にあたった。憲忠は黒沢甚兵衛道家と共に刀を抜き敵に対し、憲忠自身も敵六人と渡りあい三創の傷を受けた。小吉も傷を負うていた。憲忠政光の力を得て柵に迫るも大坂方は鉄砲を撃ち防ぐので、これ以上を一歩も進めない。
ならばと、憲忠はこちらも銃士片岡又左衛門常光、加藤多右衛門忠景らに銃での反撃を命じた。大坂勢は柵内に退避した。ここで政光は突撃を命じ、憲忠も之に続いた。これをみて大坂の大内豊前が立ち塞がったが、政光槍にて突き立てて殪した。両軍激戦に及んで、飯田家貞および正倫の子も戦死を遂げた。
義宣は激戦を聞き及び、岡本蔵人宣綱に本営を守るよう命じ、自らは前軍を指揮することとした。憲忠が周りを見ると、手に
「誰かあやつめを獲えよ」
と大声にて叫んだ。笈川彦市はその方を見ると確かに疾走する騎馬が見えた。彦市は刀を抜き馬を走らせた。馬を寄せ刀を振りかざしたが、槍でこれを払った。彦一の刀は折れてしまつた。彦一はそのまま相手に組みかかり二人して馬上より水中に落ちた。彦一は副刀にて殪し、首を兜のまま取り上げ、これを義宣に献じた。その武者こそは敵の大将矢野和泉正倫であった。政光の臣近藤奥右衛門、荒井勘兵衛、憲忠の臣弥右衛門が首級を携えて本営に来った。憲忠自身も激闘により数創を蒙り出血夥しく、政光はこの様子をみて、
「汝傷を被れり、速やかに帰り休息すべし」
と命じた。憲忠はようやく本営に帰り一息ついた。
大坂勢は敗軍の様相となり、柵を捨てて後方に下がっていった。政光は第2柵を制覇するとその勢いのまま第3柵まで制圧していた。政光は此の先は敵の要地なればと、兵を一旦まとめることにした。兵を三分し、伊達三河盛重を先鋒とし、石塚大膳義辰、戸村十大夫義国、小野大和吉継らを殿軍とし、自らは中央隊として銃隊を以て大坂勢に鉄砲を放ち続けた。
一方、大坂城では今福に関東方襲撃中との報せが入り、それも形勢悪しの報せである。
木村長門守重成は、この報せを耳にするや、
「大変な事態なり!」
と叫び、甲冑を身に纏い、単騎にて駆け乍ら、
「この内組衆、早々に今福口へ出でられよ」
と兵を収めつつ京橋目指した。
物見の報せが届いた。
「申し上げます。矢野和泉殿討死!佐竹の兵破竹の勢いにて進めり」
大井何右衛門、平塚左馬介、同五郎兵衛らが之に遅れてなるものかと続く。
兵らが続々と詰めかける。河崎和泉、上村金右衛門、根来知徳院ら銃手50を真っ先に立て、激しく佐竹勢に向かい撃ちかけた。佐竹勢は大坂に増援部隊が現れたことをみて第2柵まで後退した。さらに大井、平塚らは銃手を引き連れ烈しく攻め立てたので、佐竹は此の柵から第3の柵まで退いた。
基次は秀頼に扈従して京橋口の菱櫓から今福の戦況を伺っていた。見るからに大坂に不利な状況と見て取れた。
「このままではお味方敗れまする」
秀頼は又兵衛に言った。
「又兵衛!早速馳せ向かい、あの敵を蹴散らせて参れ」
「かしこまってござる」
と言い放つや、道々した山本外記に、出陣の用意を命令し、自らも宿所に戻るや、甲冑を従者に持たせ、馬に跨るや京橋口に至り、甲冑を身につけ部下が到着するのを待った。人数が揃うや、人数を三隊にわけ、山田外記、長澤七右衛門、片山助兵衛にそれぞれ託し、自らは旗本衆を率いて戦場に乗り出していった。
前方に木村重成の隊が頑張っていたが、佐竹の銃砲火烈しく、堤の陰に避難していた。又兵衛は惣白の旗と茜の母衣張の馬標押立て、黒き大半月の挿物さして下知していた。
そして率いてきた鉄砲隊に対し、一斉に射撃をするよう命じた。一瞬佐竹の銃声が止んだ。効果覿面である。これに勢いを得た重成隊は堤を駆け上り、佐竹に対し銃弾を浴びせた。
又兵衛この隙に重成の下に近づき、
「長門殿、右府公直々の御諚により、某この手を御引受け申した。いざ交代仕らん」
と一旦退がるよう促したが、重成は
「又兵衛殿、今日が初陣でござれば、曲げてもここはこの長門に御譲り下されたし」
と懇願した。又兵衛はその志に打たれ
「さらば拙者は御加勢あるのみ。あれを御覧じよ。敵は新たに兵を加え返し申す。貴殿は堤上の敵を御押し詰めなされ。某はこちらの輩を狩り立て申さん」
と、重成の隊は堤上を進む。又兵衛は一部の銃隊を小舟に乗せ、両岸の敵を射撃しつつ進んだ。
遠く鴫野堤を進む上杉勢に、この見事な武者ぶりを発揮する又兵衛の姿が映った。
「あれなるは良き大将とこそ見ゆる」
景勝の奉行杉原常陸は、謙信以来の古兵で幾多の戦場を往来しており、他とは違う武者の姿が目についたのである。よくよく見ると合点した。
「
と腕に覚えある輩に狙撃を命じた。しかし、距離があるために確かに何発かは命中して甲冑に当たる音はすれど貫通せず、せいぜい指物の柄を挫いた程度で、平然と指揮をとっていた。
佐竹勢は二の柵より半町ほど隔てて踏みとどまり銃弾を避ける為に用意した竹束を列ね、戸村十太夫、秋田兵庫らが銃列を敷いて応戦していた。木村隊は銃弾を浴びて再び堤下に伏した。十太夫は此の隙に疲労濃い兵を新手の兵と交代しようと図ったが、堤上は狭く入れ替わりに混乱した。水田に小舟を利用して応戦していた大坂勢はこの時とばかり銃を放つと同時に、
「敵は引き取り候!」
と叫んだのである。木村重成はこの瞬間を逃さなかった。
「者共今ぞっ!突き進めぇ!」
と叫び、自らも槍を揮って突進していった。佐竹の戸村、秋田らは槍衾を構えこれを迎えうった。
重成の士佐久間蔵人先陣をきって進み、十太夫と戦ったが、逆に返り討ちにあった。しかし、十太夫も重傷を負い、従兵に負われ退いた。木村隊はついに一の柵を奪い返した。午後三時ころのこととされる。
又兵衛は上杉の狙撃を受け続け、ついに左の腕に一弾を受けた。出血激しかったが又兵衛は平然として指揮を続行したので、周りの皆は安心した。
「傷は浅そうござる。幸いなるかな、右府公の運命は強し!」
木村重成は陣頭に立って烈しく敵を追い立てていたが、又兵衛は百戦練磨の老臣として重成が深追いをして逆に敗れることがあってはと思い、
「お手柄はこれまでにて然るべきと存ずる。疾く引き揚げられ勝ちを全うせられよ」
と伝えたが、重成は
「死生命ある事に候」
と答えて尚も攻めを続けた。
佐竹勢敗走すると雖もまだ勇士多く、渋江内膳はまだ二百余名の兵を収容して柵の後方につかしめて、自らも槍を揮って防戦に及んでいた。戦いは両軍とも激戦続きで疲労濃く、しばし睨み合いを続けるのみと云う場面もあった。
「あれに見ゆる鳥毛の羽織着て、鹿毛の馬に乗りたるは、佐竹内にてよき大将と見えたり。あれを撃ち落とせ!」
と命じ、井上忠兵衛は応じて狙いを定めて銃を放った。轟然たる音と共に渋江の胸板を見事撃ち抜き、渋江たまらず馬より真っ逆さまに落ちた。これには後方に控える佐竹の兵はうろたえた。重成はここぞとばかり突撃を命じた。佐竹の兵戦う気力なく敗走を始めた。それでも横井右近が麾下の二百の兵をもって防ごうとしたが、敗兵に誘われ総崩れとなった。右近は逃げる味方の兵に目もくれず、槍を提げて敵中に飛び込み討死を遂げた。戸祭十兵衛なる者は一首級を挙げたが、見せるべき大将がおらず落胆してその首を水田に投じ、敵陣に身を投じて討死を遂げた。小野崎源左衛門、高垣兵右衛門、町田小左衛門、白土嘉右衛門、小田部五郎左衛門、塙治部左衛門、宇佐美三十郎、浜野平左衛門、駒野目六兵衛、来栖修理、鈴木荘左衛門、黒川伝左衛門ら主人と共に討死して果てた。渋江政光の遺骸は、従士大森土佐が担いで本陣に辿りつき、義宣その死を悼み、京都本覚寺に葬ったという。
戸村義国は忠景の言葉に従い堤上にあって従兵と共に攻め寄せる大坂方と対した。敵は高松内匠、山中三右衛門、小川甚左衛門、草加五郎左衛門、大野半治、若松市郎兵衛、大塚勘左衛門、斎藤嘉右衛門ら多数であった。義国は高松内匠と刃を交えたが、敵の矢が腕に二本射抜き、さらに右腕を射抜いた矢は刀鐔に及んだ。従臣中山七左衛門が大声にて言った。
「創浅し!郎君
義国は憤然として進み、敵兵を一人斃した。側では宇佐美三十郎忠祐が敵の鉄砲の餌食となって斃れた。忠景の創は深く又疲労のためその場に疼くまった。七左衛門は義国に声をかけた。
「郎君の功、既にこと足れり!退けたもう」
七左衛門は義国を介助して本陣に戻っていった。
義宣は六十騎ばかりの旗本衆と本陣にあったが、相次ぐ敗報に憤りを覚えた。前線より帰着した高垣兵右衛門重久は、
「無念」
と言い放ち、その場に斃れた。
義宣は憤慨して立ち上がり言った。
「口惜しき事ぞ。今度の戦は仕度急にして江戸より直ちに馳せ参ずれば、秋田の人数まだ来ず。小勢なる故利を失えた事無念なり。義宣先手へ乗り回し、たち直す所存なれば、合図あり次第駆けつけるべし。さりとて下知無くして一人もかかる可からず」
と言い放ち、義宣は薙刀を提げ、ただ一騎にて前線に乗り込み、采配を打ち振り、
「義宣ここにあり!卑怯者ども返し候」
佐竹の大将ここにありと思ったのか、敵兵が数騎義宣目指してせまってきた。加藤主鈴久利が疾駆して、先頭の一騎と渡りあった。刀の峯折れ久利が危険に及ぶと、義宣は
「誰が行って主鈴を救え!」
高屋五左衛門盛吉が十文字槍を提げて突進し、敵を斃した。それと、他の武将も飛びかかり、敵を斃したため、敵の姿は眼前より消えていた。
しかし、崩れたものを止める手段なく、返す兵などいない。義宣前線を見れば、大坂は新手も加わっている様で、もはや押し返す力尽きたことを察した。ならば、景勝殿に援兵を依頼するしかない。
「上杉中納言に援を請う」
使者が上杉の陣営に向かった。
「佐竹右京大夫殿が援を求めて参りました」
景勝は直江山城守と相談し、
「杉原常陸に命ぜよ。今福に馳せ向かい佐竹を援けよ」
杉原常陸は七百余の兵を率いて大和川を渡り、大坂勢の側面をつくべく向かった。中洲より大坂方に向かい射撃を加え、よって大坂勢は釘付けとなった。
一方、徳川方は榊原遠江守泰勝が伊藤忠兵衛ら三百の兵を率いて軍監として戦場の様子を眺めていた。しかし、徐々に佐竹不利となり敗走濃い状況となったが、戦闘に介入支度とも下知無くして手を下す可からずと厳重に戦闘に入ることを禁じられていた。それでも一部の兵はいたたまれなくなった。河合三弥は飛び出して河へ飛び込み今福目指して突き進む。これをみて貴志半之助もこれに続いた。すると軍令を破って次々と河を渡り、総勢二十四人が大坂勢に向かった。大坂は側面より新手が現れたと動揺した。これをみて義宣は叱咤した。
「それ援軍が参ったぞ!うち戻せぃ!」
重成は陽もだいぶ西に傾いており、又兵衛の言う通りここが潮時と引き揚げを命じた。木村隊、後藤隊の死傷者も多かったのである。それ以上に佐竹の損害多く、渋江内膳、浅田一学、横井右近ら大将八人、物頭六人、騎馬十九の士が討たれ、足軽雑兵の死傷者は数えきれない程であった。
佐竹は玉生八兵衛武宗に得た首級15を持たせ、平野の秀忠陣営に送り届けた。石川三左衛門がこれを検視した。
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