陽花里Side
ショーケースウィンドウのガラスが反射して自分の姿が映る。ひざ丈の小花が散ったワンピースに編み込みで作られたハーフアップ。そして⋯何より高梨君が描いてくれたこの顔。
今の自分は控えめに見てもかわいいほう⋯の部類に入ると思う。自分が自分でないようだ。⋯これならいけるかもしれない。私が長年望んできた「復讐」を。
◆
あれは私が小学六年生の時に起こったことだ。私はクラスの中でいわゆるいじめられっ子だった。といっても、卑怯なことに直接的なけがを負わせることはなく、そのいじめは精神的なものばかりだった。
「わー、佐藤菌だ!」
「やだ、こっちに手近づけないでよ!移るじゃない」
いじめられたり、避けられたり悪口を言われる狭い空間の中で私は、言い返すということすら忘れて、ただただ自分を覆いつくすほどの悪意に脅えて口を閉ざすばかりだった。その私の反応は悪意をぶつけていく奴らをただ楽しませただけで、ますますいじめは悪化していった。
でも、そんな悪意が大きな教室でたった一人だけ私をかばってくれる人がいた。
「お前ら、そんな子供っぽいことするなよ」
「わ、私はしてないわよ!こいつがしてるのよ!」
「は?なに言ってんの?お前も乗り気だったじゃん」
「はぁ!?ねぇ、博人私は本当にしてないから!ね?そうよね?佐藤さん」
私は女の子の目が怖くてただ頷いた。
「ほら!だから博人⋯」
「わかった、分かったから」
そう言って博人君は二人の背中を押し、私から離す。私は言葉の暴力から離れることができ、息を吐いた。
⋯あの当時は本当に私の世界の中で博人君だけが救いだった。だから⋯
「ねぇ、佐藤さん付き合ってよ」
体育館裏に呼び出されてそういわれた時もあっさり頷いてしまったのだ。その次の日、私は博人君とデートをすることになった。映画に行くという単純なものだったけど、私はとてもワクワクしていた。
けれど⋯待ち合わせ時間から30分経っても博人君は来なかった。帰ろうとしたその時⋯。
「陽花里ちゃん」
「⋯博人君?後ろの⋯」
博人君の後ろには私のクラスメイトが⋯しかも全員そろっていた。
「あぁ、これ⋯せーの!」
「「「「「「「「ドッキリ大成功!!!」」」」」」」」
「ていうことです。驚いた?」
「⋯」
「みんなで話し合った結果、ドッキリをした後クラスで遊びに行こうって言うことになって⋯。ほら、普通に誘っても佐藤さん来てくれなさそうだから」
あくまで親切な顔をとる博人君。でも、後ろの人の顔は⋯。博人君もわかっていたはずだ。これはみんなが親切心で提案したことではなく面白いから提案したことだと。
なのに、こうしたわけは⋯。
「ほら、行こう陽花里ちゃん。陽花里ちゃんのためにいろいろと企画したんだよ」
博人君が私の手を引く。
「本当、博人は優しいな」
「そんなことないよ」
「優しい人ほど、自分のやさしさには気がつかないものなのね」
女子が感心したように言う。クラスの中で博人君はなんていい人なんだという認識が生まれ始めている。
⋯そうか。これが目的だったのか。クラスの中でいじめられっ子というレッテルを張られた私に対し親切な行動を見せれば⋯大体、本当にいじめをやめさせたいと思うのならいじめをなくすことだって出来たはずだ。なんせ、博人君はクラスでも一目置かれている存在なのだから。それをしなかったのは私という存在が自分を引き立てるのにうってつけの材料だったからだろう。
そう思うと悲しみよりも怒りが込み上げてきて笑えて来た。
「ハハハハハハ」
「ひ、陽花里ちゃん。どうしたの?」
博人君が心配そうな顔を作って聞いてくる。
「ん?なんでもないよ。ごめん、用事があって。誘ってくれてありがとう」
この言葉は私が博人君に送る最後の恩返しだ。
ーー最期に道化を見事に⋯貴方の望むままに演じて見せるわ。⋯だから
「皆も折角誘ってくれたのに不意にしちゃってごめんね。じゃあ、さようなら」
あの後、私は必死に勉強をした。普通の学校の勉強以外にも様々な知識をどん欲に蓄えていった。その結果、私は不登校になったけどそんなの関係のないことだ。中学は私立を受け、私はそこで私が人心掌握ができるか⋯の実験を行った。
一年目は委員長になってみたが失敗に終わった。でも、問題はない。皆の意識に私はクラスの中心的な存在だと刻み付けることこそが目的だったのだから。悲しくなかったわけではないけど⋯。二年目はわざと地味な図書委員に立候補した。私の見た目にもあっていたし、なにより一年目は疲れたため、私のやりやすいように行動すべきだと感じたからだ。
それから、対外的な自分の性格を徐々に本当の私の性格に近づけつつ、皆からの人望が集まるように操作した。そして、三年目。私はまた委員長となった。人望を集め、それなりにクラス運営もスムーズにできたけど⋯まだだ。これでは足りない。親睦会などをクラスでするとき、全員が集まるぐらいじゃないと⋯。
四年目⋯。都合のいい人物がやってきた。高梨慎也くん。その時話題になっていた「誰も幸せになれない事件」の学校に通っていた人物。⋯これは使えると思った。幸いこの学校には外部生が少ない。だから、私の培ってきた影響力もあまり下がりはしないはずだ。つまり⋯。
私はまず、少しクラスのみんなにこぼした。
「あの事件が起こった時に同じ学校にいたのなら、少なからず精神が疲れてるかもしれないわ。優しくしてあげないと⋯」
そういうと、クラスの何人かは彼に話しかけに行った。でも、彼と話すときに話題として入るのは事件についてのことが多かったようで、いつの間にか高梨君はクラスになじもうとしなくなった。
⋯これはまずい。失敗した。高梨君に対する同情心から団結力を作り出そうと思ったけど、それは結果として高梨君に不利益をもたらすことになってしまった。私は博人君のように人を不幸にしてまで、自分に人望を集めるつもりはない。
⋯どうしよう。彼は今、クラスになじむことを諦めている。私が目指すところ皆が楽しいクラス作りだ。これは私の責任。どうにかしなければ⋯。
私は男子受けのいい女子を徹底的に調べた。調査方法としては兄の部屋のラノベだを読んだ。結果⋯ツンデレというものが受けることが分かった。これはギャップ効果を有効的に使っているのか⋯。人間心理から見てもこの方法は実に有用だ。よし⋯
私は後日、高梨君がお昼ごはんを食べているらしい屋上前の階段に向かった。高梨君は空中をみてぼーっとしている。⋯あ、あそこに何かあるのかしら?まさか幽霊が見えるとか!?⋯そんなこと考えている場合じゃなかったわ。高梨君をクラスになじめるようにしなきゃ。私の責任でもあるのだし⋯。
私は高梨君を階段の下から見上げると、一気に駆け上がった。⋯高梨君に逃げられそうになったのは想定外だったわ。あと、私のことを認識していなかったのも。恰好こそ地味だけどかなり目立っていたと思ったのだけど⋯
それからは⋯
◆
ガラスのウィンドウに笑っている自分が映っていた。こういう風に私が笑えるようになったのは一重に彼のおかげだろう。だからこそ⋯私はここで決着をつけなければならない。正直今すぐにでも逃げたいけれど⋯ここで決着をつけなければ本当の意味で私は彼の目が見れない。
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