僕は妻を怒らせたい
森 彩
第1話
人間という生き物のことを考えてほしい。ふつう、人間の感情には、喜怒哀楽があるはずだ。でも、僕の妻、柴田 真由美は「怒」という感情が見当たらない。
結婚してもう10年経つが僕は1度も妻の怒ったところを見たことが無い。だから僕は妻を怒らせたい。それがどんなに最低なことだとしても・・・。
「京介さん。朝です。起きてください。」
いつものように真由美は僕を起こしに来る。その手はいつも優しくて、僕はああ、好きだ。と思うのだ。
寝ぼけ眼で、僕は真由美がいつも作ってくている朝ご飯の前に座る。それは、どれも作るのに時間がかかりそうなものばかりで、一体真由美はいつ起きているのだろうと毎日思う。
「いただきます。」
僕が食べている間も、真由美は食器を洗う。
そんな真由美にはひどいが、僕は今から真由美を怒らせるのだ。
「真由美、ご飯マズイ、こんなの出さないでよ。」
「えっ?」
さて怒る。怒るのか?
「ご、ごめんなさい。今すぐ何か買ってきます。まずいもの出してしまって、ごめんなさい。」
そう言って、僕の目の前にある料理を片付けようとする。
僕は慌てて、それをやめさせた。
だって本当は、真由美の料理は本当は、どこにも負けないくらい美味しいのだ。ただ、真由美を怒らせようと思って言っただけなのに、真由美は怒らなかった。怒ることよりも謝った。まずい料理を出してごめんなさいと。
なぜ、真由美は怒らないのだろう?せっかく作った料理をまずいと言われたのに。
「ごめんなさい。次からは美味しいものを作ります。」
これ以上美味しいものってなんだろう?
うなだれた真由美に見送られながら僕は家を出た。
電車に乗りながら、どうすれば真由美は怒るのだろうと考えた。大抵のことでは真由美は怒らない。
会社についてからも、仕事に集中しなければと分かっているのだが、考えてしまう。
「おいっ!!柴田ーー!!ちょっとこっちに来い。」
怒った上司の声にやっと、現実に引き戻される。慌てて、課長のもとに向かった。
僕、なにかしただろうか。
「何でしょうか?課長。」
「何でしょうかじゃねーよ。なんでこんな所でミスするんだ。」
そう言って差し出されたのは、たしか、僕が作った書類だ。でもちゃんと確認もして課長に渡したはずなんだけど。
「どこにミスがあるんですか?」
「おまえの目は飾りなのか。ここの数字が違っているだろっ!!ちゃんと確認してから持ってこい。」
僕の言葉にもっと怒った課長が、語尾を荒げた。
そこからグチグチ、かなり前のミスまで持ち出して、課長はみんなの前で僕のことを怒った。
やっぱり、人間には怒りという感情はあるはずなのだ。なのになんで真由美はは、怒らないんだろう。
「聞いてんのか。柴田ー!!」
真由美のことを考えていて、課長の説教を聞き流していたのがバレた。でも、同じようなことを言い続ける話を聞く必要があるのだろうか?
「たく、そんなんだから36になっても平なんだよ。お前より、入社3年の小堀の方がよっぽどいい仕事をしているぞ。」
課長は僕の一番触れて欲しくないところを突っ込んだ。周りの人全員が僕のことを笑っているような気がした。
僕だって頑張っているのに、なんでこんなことを言われなければいけないんだろう。
「もう座れ」という社長の言葉で、僕はとぼとぼと席に戻った。
僕の隣の席の小堀が、「流石ですね。柴田さん、」と馬鹿にした言い方で笑った。
小堀は仕事が出来る。おまけにイケメンで身長も高い。僕に勝てるところなんてひとつもないのだ。だからなのか、小堀は僕のことを先輩とは呼ばない。柴田さんと馴れ馴れしく呼んでくるのだ。
僕はなんでこんなに情けないんだろう。なんでこんな僕と真由美は結婚したんだろう。
その答えは、いくら考えても出てくることは無かった。
僕は妻を怒らせたい 森 彩 @majigire
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