ギブミーチョコレート部
めぞうなぎ
ギブミーチョコレート部
「それでは本日のギブミーチョコレート部、略してギ部の活動を始めたいと思う」
「部長、その略称ダサいから変えませんか」
「少なくとも俺が部長として在籍している間は変更するつもりはない」
「この間の学内部会でも、うちの活動報告してる間だけ列席してる人たちみんなが俯いてたんですよ」
「頭を垂れて説教に耳を傾ける、敬虔な学生たちじゃないか」
「吹き出すのを我慢していただけですよ。生徒会主任の先生なんかずっと学級簿で顔隠してくつくつ言ってましたからね」
「なぜどいつもこいつも我らがギ部の良さを理解できないのだろう」
「部の名称、略称、どちらをとっても何一つ得心行く点がありませんよ」
「文字通りチョコレートを恵んでもらう部活動に決まっているだろう。もしかしてこの高校は英語の偏差値が日本で一番低いんじゃないのか」
「よりによって校内でチョコレート乞食をする理由が分からないんですよ。活動内容が、毎日放課後に校門の横で待機ってなんですか」
「若者の自発性を育成しようと、良かれと思ってやっているんだがな」
「しかも、どうして年中無休で活動しているのにバレンタインデーだけは休むんですか」
「俺は別に女からチョコレートを貰いたいわけじゃない。何でもない日常に何気なく浮かび上がる思いやりの授受を通して人の温かみに触れることを目標としているからだ」
「学内で部長がなんて呼ばれているかご存知ですか?」
「マッカーサーだろ」
「『鼻血ブー』です」
「俺は断じて高木ブーではない。むしろ、赤い奴は追放する、マッカーサーだから」
「部長、今日世界史で現代史の授業あったでしょう」
「会得した知識を使わずに忘れるより、直ちにひけらかして定着させるほうが余程賢いだろうが」
「それもそうですが」
「加えてだ、チョコを食ったエネルギーを何か生産的な事柄に使わないと勿体ないだろう。呼吸と消極的に必要とされている生命活動に費やすのは気が引ける」
「それ、それですよ庇部長。どうして毎日部長だけ一欠けのチョコを獲得しているんですか。僕は毎日こうして部長の横で数時間浪費しているだけなんですけど」
「理由は分からんが、同級の女子が昼休みに『マッカーサーにあげる』と言って寄越すから有り難く貰っている」
「部長、クラスでマッカーサーって呼ばれてるんですか」
「いや、そう呼ぶのはそいつだけだ。鈴桐とか言ったかな」
「とびきりの恩人なのに名前覚えてないんですか」
「クラスの奴とは話さんからな」
「遠巻きに見守っておきたい級友諸兄の胸中は察するに余りありますけどね」
「これほど有徳の行為もあるまいに。今に国から紫綬褒章ならぬチョコレート綬褒章を頂戴してくれよう」
「鼻血が出るくらい語呂が悪いですね」
「正直なところ、貰ったところで手の熱で溶けるし家での保管が面倒だから要らんがな」
「メダルなら歯を立てる場面がハイライトなんでしょうけれどね――どうして、その、鈴桐さんでしたか、何が楽しくて部長に糖分を供給しているんでしょう」
「慈愛の心、美しきかな」
「物好きにも程度があると思うんですよね」
「あいつをギ部に勧誘したら来るかな?」
「今は何部なんですか?」
「えーと――あ、おい、あれだ」
「何がですか?」
「件の、恐らく鈴桐」
本日の部活動が終了したのだろう、学生の塊が連れ立ってこちらに向かってくる。
その先頭。一人できびきびと歩いている、見た目麗しい姿勢の女生徒。
「は――めちゃくちゃ美人じゃないですか」
「そうか?」
「部長、チョコレートの食べ過ぎで脳味噌をアリに食べられちゃったんじゃないですか?」
「俺は活字の美醜しか分からんからな」
二人して口舌で揉み合っている間に、
「おやおやあ、そこにいるのはマッカーサーかな?」
上方から涼しく心地よい声がした。
「すまん、お前の名前を正確に覚えていないんだが、鈴桐で合っているか?」
「正解です。マッカーサー、クラス皆の名前は頑として覚えないくせに」
「覚えないんじゃない、覚えられないんだ。――ところで、俺は2年間校門でチョコレートを募る活動をしてきたわけだが、お前の姿を放課に正門で見るのは初めてだな」
「ああ、それはね、華道部が活動してる和館は裏門の方が近いんだよ。だからいつも裏門から帰ってるんだけど、今日に限って教室に忘れ物をしちゃってね。本校舎の方に取りに戻ったから、例外的に正門を通過して帰宅の途に就くわけだよ」
「そうか。こちらから話しかけておいてなんだが、俺の方からは話すことはないから、お前も暇じゃなければ早く帰ったほうがいいぞ。俺たちギ部もそろそろ生活指導の面々に校門脇を追い出される時間だ」
「私も、マッカーサーが活動してるところを初めて目の当たりにしたんだけれど――実の入りはどう?」
「梨味のチョコの礫だ」
「何それマズそう」
「要するに、チョコレートコーティングのなげわだな」
なぜ部長がチョコレートに拘っているのかはさっぱり分からないけれど、つまるところゼロだと言いたいのだろう。
「そうかー、面白い活動だと思うんだけどねー」
「ホワイトチョコに見えるかもしれんが、黒字にはならなんだ」
さっきから部長はなんなんだろう。わざとドリフトをかけて会話を進行しているような気がする。それとも、ギブミーチョコレート部の矜持にかけて、チョコ絡みのワードチョイスをしているのだろうか。そこで食いしばる歯なんて要らない、溶けてしまえ。
「じゃあ、私があげるよ。お昼にも渡したような気がするけど、忘れちゃったから別にいいよね。駆け込み需要? 供給? があってよかったねー」
はい。脇に抱えていた鞄の中に手を入れて、鈴桐さんは個包装のチョコレート一握りを部長に手渡す。
「かたじけないな。汝に幸あらんことを」
「ねえねえ、さっきから身の振り方が分からなくて目を白黒させている横に座っている子は、もしかして、噂に聞く後輩君?」
「俺が卒業した後、ギ部の血を伝える唯一の後継だ」
「へー、こんな突飛な部に入り浸ってるっていうからどんな色物かと思ってたけど、案外普通だねえ。どうも、庇のクラスメイトの鈴桐です」
「あ、はい、どうも」
「君がマッカーサーに付き合ってくれるから、こいつ毎日楽しそうだよー。これからもよろしくやってあげてよー」
「俺は傍目にはそう見えるのか」
「銀紙くらい目に付くよ」
鈴桐さんも部長と同類の恐れがある。
「楽しいに越したことはないじゃない。じゃ、私はお先に失礼するよー。また明日ねー」
かかおー。
謎の挨拶を残したかと思うと、ひらひらと手を振って、通学路の角を消えていった。
「はー……」
「どうした吉巻、食わんのか」
部長は早々に包装を解いてもっちゃもっちゃと戦利品を頬張っていた。
「いや、部長、本当に何も思わないんですか?」
「欲を言えばミルクチョコレートじゃなくてブラックがよかったな」
「そういうことじゃないんですけど――」
あれほどの麗人を相手取って特に調子が狂わないとは――もともと狂っているような気もするけれど――毛むくじゃらの五臓六腑が重々しく鎮座しているにも程がある。
「いつも昼休みにチョコを貰う時、どんな話をしてるんですか?」
「ん? そうだな、よく考えたことはなかったが――」
「『チョコと私どっちが好き?』などと一呼吸置いて素直に渡さんから、逐一チョコの方が好きだと回答して恩恵に浴している」
どうやら、誰にも届かないギブミーを発している人のそばに、同じく届かないギブミーを発している人がいるようだった。
あまっ。
ミルクチョコレートを押し付けられた僕はそう思った。
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