リーダーの条件

海 潤航

リーダーの条件

2050年。


ついに人間のクローン実験が成功した。


主体は日本の政府と企業サニー工業。実験責任者は帝都大学中村博士だ。


クローン細胞のオリジナルの選定は困難を極めたが、優秀な頭脳と素晴らしい体力、血縁者の犯罪履歴や問題行動などを徹底的に調べ尽くし、ついに、一人の男性の細胞が認定された。


その細胞も徹底的に遺伝子操作をして、完璧と思われる遺伝子を完成させたのだった。


なるべく早く社会に奉仕できるように、成長促進剤で成長を早め、3年で17才程度の成長を目指した。



更に誕生したクローンには、最良と思える過去を与えた。人工的に作られたクローンの最大の難点は、成長時の記憶がないことだった。それを回避するため、成長時に睡眠学習や記憶伝達剤で、幼少期の記憶を与えた。家族と暮らした記憶がないと、一般社会ではコミュニケーションがとれない恐れがあるからだ。



人間のクローンは道徳的な問題を常に内包している。


それ故に、クローンには、クローンである事を秘密にしている。


現在、完璧に成長したクローンは1名しかいない。


名前を田中一郎と名付ける。みんなの印象に残らない命名である。



日本政府は、まず自衛隊の災害援助活動員として働かせることにした。


なにせ、人類初のクローン人間である。人の中で暮らさせて、その経過を見守る必要があるのだ。



過酷な自衛隊の訓練では常にトップの成績を出し、命令にも忠実だった。


災害現場で、冷静沈着でめざましい働きをする。テストの結果は最良と思われていた。



ある時、開発責任者の中村博士は日本政府の首脳室に呼ばれた。


そこには、自衛隊幹部と総理大臣がいた。


「中村博士、クローン1号は目覚ましい活躍をしています」


自衛隊幹部が話す。


「それは良かった」


中村博士はその報告を聞いて安堵する。


「ただ、一つだけ問題があるような気がします。


現場の指揮官からの報告なのですが、クローン1号つまり田中一郎隊員の働きが素晴らしいため、一個小隊の隊長として活動させました」


「なるほど」


「隊長になっても活躍は最初素晴らしかったのですが、隊員からこんな話を聞いたのです」


「何かトラブルがあったのですか」


「いえ、何もトラブルはありません。的確な判断と隊員の能力を掌握して、素晴らしい指揮ぶりでした。ただ・・」


「何でしょう」


「ただ、人望が全くないのです」


「人望?」


「そうです。能力は素晴らしいのですが、隊長として魅力に欠けるのです」



中村博士は考えた。


「たぶん、能力的に完璧で、精神的にも安定していますのでそんな風に思えるのではないかと思うのですが・・」


「そうかも知れません。しかし、小隊自体の成績はだんだん落ちていきました。隊員の覇気が上がらないのです。

 隊長自身は素晴らしいのですが、人望がないため隊員の働きが落ちていっているようなのです」


「人望ですか・・」

中村博士は黙り込んでしまった。




総理大臣が口を開く。


「第一次のテストはこのような結果になった。人間的資質が出てくるとは意外だった。普通の人間にも人望がある人物は滅多にいないからだ。しかし、この研究は莫大な経費と人類の未来がかかっている。引き続き研究をお願いしたい」



中村博士は研究室で頭を抱え込んでいた。


確かにクローンは人間としては完璧なのだが、リーダーとして存在させるには何か魅力に欠けるのだろう。



そこへ助手の佐々木君は現れた。


「博士、難問ですね」


佐々木君は有能だったが鼻にもかけず、その能力を博士のために誠心誠意尽くしてくれている。


「佐々木君、有り難う。今度は人望という超難問を抱え込んでしまった」


「大変ですが、博士ならきっと解決出来ます。研究所のみんなも博士の努力は知っていますし、博士を信頼しています。みんな喜んでついて行きますよ」


「有り難う、佐々木君。こんな私のために有り難う」


博士は涙が出た。




博士は両親と早くから死別して、お金がなく苦労して学者になっていた。あの時の苦労が甦ってきた。


お金がなくて、人のいやがる仕事ばかりして勉強のためのお金を稼ぎ、1日3時間しか寝ないで、やっと大学に入った事。


クローンの研究を始めたが、みんなから馬鹿にされ続けて、こつこつと一人で研究し続けて、やっとその成果が認められ事。


そんな苦労の末に完成させた実験だったが、人望というとても解決できない問題を突きつけられ、また窮地に追い込まれたのだ。研究所のみんなが帰った後、一人机に座ってぼんやりしていた。


「みんな有り難いスタッフだ。みんな私を助けてくれる・・」


その時、博士は、はっとアイディアが浮かんだのだ。



博士はクローン1号を呼び戻し、再び実験室にこもった。


そして、2週間後クローン1号を自衛隊に戻した。


その結果、クローン1号こと田中一郎は、地震の災害活動で大成果を上げたと報告を受けた。自衛隊幹部から中村博士へ電話がかかってきた。



「中村博士、凄い変り様です。戻ってきた田中一郎隊員はなんだか一回りも大きくなった感じです。隊員も、彼を大変信頼していてその働きぶりは大変なものです。どんな処置をしたのですか」


「それは良かった。その処置は秘密事項です」


「そうでしょう。素晴らしい処置でした」


自衛隊幹部は、大絶賛を繰り返していた。




中村博士は満足していた。


クローン1号に与えたのは、記憶だった。


それも、中村博士のつらい過去の記憶と成功した時の記憶のエッセンスだけを海馬という原始的な記憶に関わる脳の器官に注入したのだ。



中村博士は一人頷いている。


「苦労した記憶は、人を大きくする。苦労は買ってでもしろと、昔の人は言っているではないか」



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