動点PのMaria

威剣朔也

1.僕と永久的な理想像

1-⓪



 宵闇の迫る、とある集落の片隅。燃え盛る家々の間を一人の少女が歩いていた。否、少女と言うによりかは未だ「幼女」と言った方がピタリとあてはまる子供が、春の庭で散歩をしているかのように火の海の中で鼻歌を歌い、笑い、歩いていた。

 熱風と共に襲い来る爆ぜた火の粉をものともせず、平然と歩を進める彼女の服装は、その場に似つかわしくないほど愛らしい薄桃色を基調としたロリータドレス。炎が燃え盛るその場にさえ居なければ、どこかの令嬢ではないかと思わせる足取りと気品さも携えた異質な幼女。彼女の名は、メィリア・オールミニー。

 彼女は魔法の力が息づく世界、そして大陸を統べる連合王国を守る、聖者としての「聖女」とは真逆である、「魔女」の一柱。

 幼いその身に想像を絶するほどの魔力を閉じ込めた、残虐非道な「Pの魔女」。ただその姿を見た者は誰一人として生き残ってはおらず、その容姿を元にした噂だけが独り歩きしていると言っても過言ではなかった。

 そんな「P魔女」の異名を持つ彼女の傍には黒い山羊が一頭おり、好き勝手歩く彼女にただ従順について歩いている。

 轟々と燃え盛る火を気にも留めず、歩き続ける一人と一頭のその足元には、白い装束を身に纏う老若男女が血を流し、絶命していた。

 最早モノと化した彼らをPの魔女は自身の足で踏みつける。薄桃色の可愛らしい靴で、褒美を与えるかの如く。踏み、躙り、跳ねた。

 小さな歩幅で、けれどもしっかりと足を着けて歩くメィリアの傍で突如「がらり」と瓦礫が音を立てて崩れ落ちる。

「なぁに? 生き残りがいるの?」

 ぴょんぴょんぴょんと軽やかな足取りで崩れた瓦礫の元へ行き、その中を覗き込むメィリア。そこには酷い有様としか言いようのない、一人の少年と思しきモノが横たわっていた。

 彼の腫れ上がった顔には青い痣や傷がいくつもある。その上、身体から伸びる四肢もあらぬ方向へ曲がっていた。

「ねぇ、貴方。生きてるの?」

 それとも、死んでいるの?

 つんつんと、虫にちょっかいを出す子供のように、その少年を小さな人差し指で小突くメィリア。そんな彼女の問いが聞こえたのか、少年はうっすらと目を開く。けれど言葉を発するほどの力は残っていないのか、虚ろな瞳でメィリアを見つめているだけで言葉を返しはしなかった。

 そんな彼の眼、宝石のアメジストを埋め込んだかのような美しい紫色の瞳をまじまじと見つめたメィリアは、「ふぅん。まるで貴方、あの人たちの子供みたいな、風貌ね」と一人呟き、再び彼に言葉を投げた。

「あたしが貴方を産んであげるわ!」

 一切の澱みもなくそう宣言したメィリアはにっこりと、少女が特に多く有するであろう無垢な笑みを浮かべて、無造作に彼の頭を撫で上げる。

けれど、その少年が内に抱える心臓は空しくもそこで停止してしまう。

光沢を失うアメジストの煌めきに気付きながらも、彼女は変わらず笑い、言うのだ。「あたし、やっとママになれるのね」と。

 一度も貫かれたこともなければ、受胎を告げる美しい天使を見た覚えもないのだけれど。あたしはやっと、貴方(ペチュニア)を産める――。そう続けたメィリアは屍になってしまった少年を瓦礫の下から引きずり出し、自身の小さく細い腕に抱きこむ。その姿は慈愛に満ちた母のよう。

そんな二人の傍らで、メィリアに付き添う黒山羊は「やれやれ」と言いたげな溜息を、小さく吐いた。


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