第2章 千夜祭夜④

 「私のタイプは希依ー」という爆弾発言が投下された。頭の中は真っ白だ、でも今はこの凍った空気を打破するため口を開く。


「も、もう。凪沙は冗談がうまいな~。そんなに私のこと大好きですか、アハハ」

「あ、じょ、冗談だよね。びっくりしちゃった」

「二人は仲良しだねー」


 でも、凪沙は止まらなかった。


「じょ、冗談じゃないにょ。凪沙はかっこいいし、可愛いし、面白いし」

「やめやめー」


 慌てて凪沙の口を抑える。

 何言っている!?おかしい、凪沙がバグっている。自らばらしていくことなんて望んでないはずだ。破天荒な帽子女ではあったが、良識のある子なのだ。

 何が、何が彼女を可笑しくさせた。おい、抑える私の手を舐めるな!

 普通の凪沙では考えられない。普通ではない凪沙。

 おそらく酔っている。

 お酒は飲んでいなかったはず。それなのに何故、あっ。

 私は彼女の飲んでいたウーロン茶を手に取り、少しだけ味見する。

 一口で違いがわかる。


「うげ、アルコール入っているじゃん」


 私たちのやり取りを静観して見ていた皆さんも我に返り、慌てる。


「もしかしてウーロン茶じゃなくてウーロンハイ?」

「まじ?もうほとんど飲み切っているじゃん。気づかないかな?」

「お酒飲んだことなかったら、こういう味のウーロン茶かと気づかなかったのかもしれない」


 男性陣が話す一方で、増川さんが真っ青な顔をしている。


「増川さん?」

「ごめん、私のせいだ。私がちゃんと注文しなかったから」

「ち、違うよ。増川さんのせいじゃないって。間違えた店員さんのせいだって」

「違う、私がてきとうに注文したから、店員さんが勘違いしちゃったんだ」


 確かに彼女は、「ウーロン茶」と正確に言わず、「ウーロン」といった。

 ウーロンと言われたら、居酒屋だったら「ウーロンハイ」を出してきそうなものだ。それでもこれは飲んだ凪沙の不注意で、この場に呼んだ私の責任だった。


「大丈夫、凪沙?」

「だいじょうぶれす」


 大丈夫そうじゃなかった。ただ吐き気を催したり、体調が悪くなったりしていないのが幸いだ。急性アルコール中毒になったら洒落じゃすまない。

 ともかく、もう飲み会どころではない。


「ごめん、私たちは先に帰らせてもらうね」

「わかった。俺もついていこうか」


 壮太が了承し、助け船を出す。


「凪沙、立てる?」

「たてるー」


 こくんと頷き、立ち上がる。ふらふらになってはいなく、まともに歩けそうだ。思考が怪しくなっているだけで。


「私だけで大丈夫。ごめんね、楽しい会を乱しちゃって。この後も皆で楽しんでね」


 そう言い、凪沙の腕を掴み、その場から退散する。

 増川さんの悲壮な顔を見るにこの後の飲み会はお通夜になっちゃうだろうなと申し訳なさを感じる。このままお開きになってしまうかもしれない。それでも今私がここで出来ることは無い。酔って幼児退行気味の凪沙に注意しながら、店を出た。



 着いた頃は夕方だったが、もう外は真っ暗だった。


「どこいくのー?」

「何処も行きません」

「えー、もう帰るの?わたひ、もっと希依といたい」


 酔っていると言葉がストレートで飛んできて、私の心が持ちそうにない。酔うとこんな風になるんだと新鮮な気持ちはあるものの、今は感心している場合ではない。私が冷静にならなければ、大変なことになる。でも舌足らずな感じが可愛くてやばい。

 自販機でお水を買い、ほぼ無理やりだがお水を飲ませたし、体調は悪くなさそうなので、実のところそんなに心配はしてない。

 が、外に出てから、私にべったりで、歩きづらいのが問題だった。

 私の腕にしがみつき、離そうとしてもなかなか離れない。


「凪沙さん、歩きづらいですよー」

「希依あったかーい」


 聞く耳を持たない。夏なのでそんなに密着されると暑いのだが。

 こんな引っ付き虫の状態で駅まで行き、家まで送っていく自信がない。何処かで休み、アルコールが抜けて、安全な状況になってから帰るべきだろうか。

 それともタクシーか。家までタクシーだといったい何円かかるのか検討もつかない。もし足りなくなっても酔った凪沙にお金を借りるわけにはいかないしな……。


「どこかで休む?」

「ボーリングいくー」


 ボーリング場のピンのオブジェを指さす。普段ならその積極性は嬉しいのだが、今は求めていない。まともな答えは期待できない。


「休むところ、休むところね」


 ファミレス、ファーストフード。飲食店ではこのテンションが続きそうで、周りからの生暖かい目が怖い。もし誰かに遭遇したらどう説明すればいい。かといって、ずっとこのまま街を歩き続けるわけにはいかない。

 凪沙が腕を強く引っ張り、動きを止められる。


「どうした凪沙?」

「おしろー」

「へ?」

「わたし、ここのお城にいきたい」


 そこには西洋風のお城がありました。

 ピンク色のネオンに照らされた、いかがわしい建物。


「え」

「早く行こう、希依。お城に入ろー」

「まてまてい!」


 いやいや不味い。ここはさすがに不味い。大人なホテルは宜しくない。

 いや、いいのか?私たちは付き合っている。別に入るのだって、あくまで休憩するだけで、そのいかがわしいことをするわけではなくて、ですね。ベッドもあるだろうし、シャワーも浴びれて、スッキリして酔いも覚めるかもしれない。あり、ありなのか?いいの、いいの私?

 ちょっと待て、付き合っているとは言っても仮初だ。ここには正式に付き合ってからくるっ、いやカップルになったら来たいというわけではなくて、ああもう!そもそも女子同士で入っていいの?ホテルで女子会という話を聞いたこともある、そうこれは女子会、女子会なんだ!これもひと夏の思い出だよね。ひと夏の思い出って言葉はどこか危ない感じがしてよくない。ねえ、どうすればいいの私?

 ホテル前で必死に自問自答する私。

 私が無理やり連れ込もうとしているわけではない。むしろ凪沙からの提案だ。仕方なく、仕方なくなんだからね。

 恐る恐る看板に目をやる。

 休憩6000円、宿泊9000円。

 違いはよくわからないが、時間の差だろう。6000円、6000円あればいいんだな、と震える手で財布を開く。

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