第2章 千夜祭夜

第2章 千夜祭夜①

「どもー、経済学部2年坂口浩介です」


 爽やかな風貌の、茶髪の男が自己紹介を始める。


「1年の法学部、森野政人っす」


 続いて、黒髪の眼鏡で見た目は真面目そうな学生。


「はいはい、どうも、お馴染みの林壮太です」


 それに、腐れ縁のチャラい同級生。


「わー、かっこいい人ばかりですね。増川美枝、大学1年生でーす。今日は宜しくお願いしますー」


 女子からの誉め言葉に男性一同は盛り上がる。

 何かふわふわした感じの子だ。髪も巻いてあり、見た目もふわふわ。


「…榎田希依です。宜しくです」


 そんな盛り上がりの後に、私の覇気のない挨拶。即座に突っ込みが入る。


「もう希依―、元気ないじゃん。いつもの元気は何処行った?」


 うるせーと内心で壮太に突っ込みを入れる。

 そして、私の隣で縮こまる人物が一人。


「み、みみすみ、ななぎさ、です」


 私にしか聞こえない声と動揺しっぷりで、男性陣は「え?」という顔になる。そこをすかさず壮太がフォローする。


「こちら三澄凪沙さん。俺と希依と同じ学部の1年生」

「よろしくー」

「よろー」


 困った凪沙が隣の私を見上げる。可愛いのだけれど、見られても困るし、助けられない。


「まあまあ早く乾杯しようぜー」


 壮太が音頭を取る。

 男子3人に、女子3人。場所は居酒屋で、これは飲み会。

 いわゆる合コンというものだった。

 どうしてこうなった…。



 話は遡ること数日。

 夏休みに色々と出かけ、凪沙と思い出を作りたい。

 と思ったのはいいが、私にはある問題があった。

 『金』

 お金の問題であった。

 親からの仕送りがあるので、家賃、日々の食事など必要な経費はあるものの、娯楽費には余裕がないのである。

 高いお金を払って大学に通わせてもらい、さらに仕送りも十分に貰っているので、遊びたいから仕送り増額して!と口が裂けても言えない。親が今まで貯めてくれた貯金もあるのだが、それは遊ぶために貯めてくれていたのではなく、切り崩すとなると良心が痛む。

 となると、娯楽費は自分で稼がないといけない。


「そうだ、バイトしよう」


 そう思い立ったのである。

 しかし、残念なことに私にはバイト経験がなかった。もちろん仕事した経験もなく、お金を稼ぐということは未知の体験であった。せいぜい親の手伝いをしてワンコインお小遣い貰った程度。

 バイトしていそうな人で最初に思い浮かんだのが、仲谷さんである。

 アグレッシブな人間だ、きっと何かバイトもしているはず!という安直な考え。ただ連絡してもなかなか返信が来なかったので、相談は後回しになった。

 あと、あと…凪沙?

 絶対バイトしたことないよね…、でもそういう決めつけはよくない。もしかしてファーストフード店でバリバリ接客しているかもしれない。ごめん、それはないわ。


「凪沙は働いたことある?」

『私は学生』


 電話したら、そんな答えが返ってきた。それは知っている。そうじゃなくて、


「ごめんごめん、バイトしたことある?」

『ない』


 即答だった。


「そうだよねー。私もないんだ。困った、困った」

『困った、困った』


 真似せんでいい。


『どうして困ったの?』

「いやー金銭的余裕がなくてバイトしようかなーってね」

『そう、なんだ』


 しばし沈黙が生まれる。

 どうバイトしたらいいか、わからない。いや、わからなくはない。Webやチラシ、店頭情報なんかで募集しているのを見て、応募すればいいのである。

 でもわざわざ面接とかしたくないんだよな、本当どうしようか。


『私も』

「うん?」

『希依と一緒なら、バイト、したいかも』

「お、おお」


 確かにそれなら二人でいる時間は増え、バイト後にご飯行くなどでき、いいかもしれない。うん、楽しそう。楽しそうである。

 ただ、


「どんなバイトしたい?」

『わからない』


 振り出しに戻る。凪沙が大丈夫そうなバイト。接客はあまりなく、夏休み限定のバイト。一体何があるのか、むしろ最初よりハードル上がった。


「わかった。何か探しとくね」


 根拠のない言葉で電話を締めくくる。

 他に頼りになりそうな人はあいつだった。


『バイト?いいよ、いいよ。教えてあげるよ』


 中学の同級生の壮太に相談するとすぐに良い返事がきた。すでに4月から様々なバイトを経験し、夏もいくつか短期のバイトをしているらしい。サークルを何個も掛け持ちし、さらにバイトなんていったいどこに時間があるというのだろうか。

 何にせよ、心強い。


『じゃあ文で説明するのもめんどくさいから、ご飯食べながら話そうぜ』

「わかった。学校でいい?」

『おいおい、夏休みに学校はないだろう。町田で宜しく』

「了解。あの、凪沙も一緒に連れていっていい?彼女もバイトしてみたいんだって」

『オッケー、大歓迎だよ。じゃあ宜しくな』


 こうしてバイトを教えてもらう約束をして、私と凪沙はのこのこ出向いたのである。



 騙されたと気づいたのは、お店に入ってテーブルに案内されてからだった。そう、後戻りはできず、合コンに私たちは放り込まれたのである。

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