そして、夏が始まる―。①

 付き合うって何だろう。

 いくら考えても。ネットで検索しても答えは出てこない。

 それもそのはずだ。

 私たちの付き合うは「普通」じゃない。

 「彼女」と「彼女」。

 女の子同士。

 そういうケースは無くはないだろう。映画やドラマでも扱われるし、アニメでも昨今は可愛い女の子ばかり登場させ、ほのかに百合をにおわせるらしい。男女同士の当たり前の恋愛よりもかわいい子同士の戯れを楽しむ視聴者が増加しているとのことだ。

 ただそれは「現実」の話ではなく、「創作」物の話だ。私の身近で見たことも聞いたこともなかった。いざ現実で直面すると、どうしていいかわからない。

 それが友人の話だったら愛想笑いして、「大変だねー」と受け流せばいい。しかし、そんなことはできなかった。これは紛れもなく、疑いようもなく私の話だった。


 私と彼女、三澄凪沙の問題だった。


 そして、悩んでいながら私は彼女の告白を受け入れた。たとえそれが仮初の、お試しだとしても受け入れた事実は確かで、否定のしようがない。

 女の子が好き―。

 今までそんな感情はなかった、存在しなかった。

 可愛い女の子は好きだし、このアイドル綺麗だなーと思うことはある。けど、付き合いたいと思ったことはないし、彼女が欲しいと思ったこともない。まぁ彼氏が欲しい!と思ったこともないのだけど。

 高校2年生の時に、男の先輩から呼び出されて告白されたこともある。ドキドキもしたけど、知りもしない相手と付き合いたいとは思わず、断った。イメージが湧かなかった。人と付き合うことが。私には早いと思った。

 でもいつかは彼氏ができて、いつの日か結婚して、母親になって…とぼんやりは想像することはあった。平凡な人生を歩んで、平凡な幸せを手に入れるんだろうなと思っていた。

 私は「普通」だった。

 レールを外れる要素なんてなかったはずだ。

 でも三澄さん、凪沙と出会って「普通」でなくなった。今までの私は過去のものとなったのだ。

 私は彼女に関わり、彼女を知るにつれ、彼女に夢中になり、どんどん惹かれていった。ただそれは友達の範囲だと思った。可愛いなーと思うのも、彼女を守りたいと思うのも、彼女の笑顔が見たいと思うのも、友情を育んでいるだけだと、自分をはぐらかしてきた。

 違った。

 ベクトルは同じようで、意味が全く異なっていた。

 その思いは友情を超えた何かだった。彼女の笑顔に私の心はときめき、鼓動を加速させる。付き合いたい、彼女にしたいと思ったわけではない。でももっと彼女を知りたい、彼女といたいと思ったから、形的にはそう落ち着くのがベターな気がして、選択した。

 いや、お試しにしたのは、誠意に欠けるし、私の踏み込めなさを示すものなのだけれども。

 それでも、もう戻れない。一度関係を変えてしまったら後戻りはできない。ただの友達ではいられない。

 いつまで「お試し」でいられるのか。いつまで「お試し」でいることを彼女は許してくれるのだろうか。

 悩みは尽きない。皆、こんなこと考えながら、悩みながら恋愛しているんだろうか、もっと単純なものだと思ったんだけど。皆、よくうまく生活できているな…。

 悩んでばかりではいられない。でもどこか身が入らない。

 それに何より「付き合う」ことに悩みながら、どこか心が躍っている私がいる。

 そう、この悩みは、贅沢な悩みなんだ。

 普通じゃないかもしれないけど、いいんだ。恋愛がこんなに楽しいなんて、いつもの風景が彼女と一緒なら違って見えるなんて知らなかったんだ。

 


「最終課題…発表だって」


 対面に座る彼女が弱弱しい声で私に話しかける。

 文字通りの彼女が。

 ガールフレンド(仮)、だけれども。

 

「発表か、むむむ」


 前期も終わりに近づき、そろそろテスト週間へと突入する。

 しかし、全ての授業がテストで成績を決めるのではなく、最終課題・発表で評価する授業も存在する。私と凪沙が二人組になった「デザイン実践」の授業がまさにそれに該当する授業だった。

 授業を通じて行ってきたグループワークの成果を発表する場。

 雑誌作りは凪沙の頑張りもあり、つくり終えている。あとは、提出するだけだと思っていたが、ここでまさかの課題発表となった。

 多くの生徒のまで、前に出て発表。


「私が喋るよ。それでいい?」


 彼女は首を縦に大きく振り、肯定する。

 授業中帽子を被ることはなくなったけど、それだけで恥ずかしがり屋が治るわけではない。人の前で、大きな声で発表するのは無理難題だった。

 彼女が申し訳なさそうな顔で私のことを見つめる。落ち込む姿もちょっと可愛らしい。

 

「ごめん、ね」

「いいよ、いいよ大丈夫だって。雑誌作りのほとんどは凪沙が作ってくれたんだからさ」


 役割分担、適材適所。

 人には得意なことがあるし、苦手なことがある。一人ではできないことがたくさんある。でも二人ならそれをカバーしていけばいいし、フォローしていけばいい。

 それに、


「ありがとう、希依」


 彼女の声に胸がときめく。

 それにね、彼女に頼られるのは嬉しいことなんだからさ。

 これも初めての共同作業ってことでね、頑張りますか。

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