第25話 小悪魔は悪戯顔を浮かべて
三木のもとを訪ねてから三日が過ぎた。
あの日以来、水瀬は思いつめた顔をして常に一人で行動している。
昼休みという学生において楽園とも呼べるその時間、先週までは竜一、水瀬、真琴の三人で一緒に昼食を取っていたのだが、現在は……。
「はぁ~~~~~~~~~……」
「リューくん、溜め息が重いよ。せっかく作ってきたお弁当が不味くなっちゃう」
今日も今日とて水瀬は昼休み開始のチャイムが鳴り次第どこかへと消えた。
竜一と真琴はいつものように屋上で、不意に水瀬が帰ってきてもいいようにここで待機しているのだが、
「同室なのにもう三日も話していないんだっけ?」
「あぁ……。話しかけても何も反応しないし、返事が欲しい用事に対しては頷くだけとか無言のまま行動するとかだよ」
肩を落とす竜一の顔は今にも魂が抜け出てしまいそうだった。
「私が話しかけたら一応喋ってはくれるけど、やっぱりぎこちないのよねぇ」
「やっぱり俺が一番避けられてるんじゃねーか。傷口を抉った挙句塗りたくるようなことするなよ……」
真琴の作ったサンドウィッチをモシャモシャと食べる竜一はやはり元気がない。
「でも、リューくんたちの選抜戦、もう明日まで来てるんでしょう? このままで大丈夫なの?」
そう、あのアウトレットパークで長原、上地に絡まれた際に宣言した第一試合がもう翌日まで迫っていたのだ。
それは校内全体で行われる魔導舞踏宴の代表メンバーを決める選抜戦だ。つまり竜一と水瀬だけではなく、真琴や岩太郎、そのほかの学生にとっても重要なイベントではあるのだが。
「大丈夫なわけないだろ~……。こんな状態じゃあ俺の
「ハァ……。自分から試合吹っ掛けておいて全くリューくんは」
竜一の行き当たりばったりっぷりに、幼馴染といえど溜め息の出る真琴。
昔から変わらず、真琴自身もよく竜一に振り回されたものだと感慨深げに見つめると、
「ねぇリューくん。リューくんは、葵ちゃんにどっちでいてほしいの? 男の子? それとも、女の子?」
「どっちって、そりゃあ……」
竜一が何かに思い悩むと、昔から真琴はこうやって竜一に問いかける。
こうした方が良い、あれなんかどうだろうなど、アドバイスを送ることは簡単だ。
でも、真琴はそれをしない。
「そりゃあ、俺が水瀬に持ち掛けた契約は、男に戻れなかったら俺と付き合うだ。だから俺は……」
竜一が本当のところは何を考えているのか。意地っ張りな仮面の下には何を望んでいるのか、それを導き出せるのは昔から一緒にいる真琴だけ。
そんな立ち位置が真琴は心地良く、これからもそうでありたいと願う真琴の顔はきっと竜一以外見た者はいないだろう。愛しむ様なその表情は、竜一にとってはすでに日常で……。
「リューくんは、男に戻りたかったのにそれが叶わずずっと悲しい顔をする葵ちゃんと付き合えて、それで幸せ?」
「…………」
真琴の問いかけに竜一が思わず黙り込む。そんなことは考えていなかった。――いや、考えようとしていなかったのだ。
「リューくんは、葵ちゃんが何を願って、そして今どんな状況にあるか、真剣に考えた?」
竜一は相変わらず黙り込む。その答えは既に自身の中にあるのか。はたまた、やはり考えようとしていなかったのか。
真琴は、竜一が何を考え、どう自身を導くのかわかるのだろう。それほど長く一緒にいたのだ。
だからこそ、こんな問いを下し、そして真琴はこう告げる。
「――ふふ。やっぱりリューくんはアホだなぁ」
「……はっ?」
楽しそうに、満足そうに、朗らかな笑みを浮かべる真琴は、竜一の間の抜けた返事を無視し、立ち上がりながら大きな伸びをして。
「さてと。じゃあ、あとはリューくん一人で悩みなさい。お姉さんはちょっと用事があるから、午後の授業欠席だと先生に伝えておいてねぇ」
「えっ? はっ!? ちょおまっ」
ヒラリと踵を返す真琴のスカートは軽やかにはためき、その下にある艶めかしい
「お、おま真琴パパパパンツが!」
焦る竜一に満足したのか、真琴は小悪魔チックな表情を浮かべ、
「昔は一緒にお風呂も入ってた仲でしょ〜。……まぁ、これくらいの仕返しはしないとね。じゃねぇ~」
竜一を置いて、真琴はその場を後にした。
◇◇◇
校内噴水前のベンチ、水瀬はここ三日はこの場所で一人昼食を取っていた。
「ハァ……。オレ、何やってるんだろう……」
噴水前のこの場所は人気なのだろうか。
水瀬以外にもまばらに生徒がちらほらと散見される。
確かに、今日のように晴れた日のこの季節には打って付けの場所だろう。密かにお気に入りの場所として自身に登録する水瀬は、購買で買った味気のないコッペパンに齧りつく。
「別に竜一や皆が悪いということじゃない。これはオレ自身の問題なのに、なんで当たり散らすようなことをしてるんだろう。オレは」
鬱屈とした感情が水瀬を蝕む。
それがいったい何から生まれ、どこへ向かうのかは水瀬自身にもわからないでいた。
ただ、なぜか皆を一緒にいたくない、特に竜一とは顔も合わせたくないという感情に覆われているのだった。
「心が二つ……か。身体が女になっただけでもいざ知らず、内面にまで変化があるとはな。ホント、竜一の言う通りビックリ人間だぜ全く」
自嘲気味に笑う水瀬は傍から見たら気持ち悪いだろう。しかし、今はそんなことを気にする余裕などその内情には存在せず。
「オレは男だし、男に戻りたいと思っている。それは絶対だし、これからもそう。だからこそ、竜一とあんな契約までして男に戻る方法を探しているのに……」
まるでそう信じ、そう思い込もうとしている。水瀬は自分自身で何を考えているのか把握できていないのだろう。言い聞かせるようなその独り言は、春先の陽気な空へ溶け込むように消えては生まれ、消えては生まれる。
「――また竜一って言っちゃった。何なんだろうなあいつは。何でオレは、あいつのことばかり気にして……。あっ、そろそろ昼休み終わりそう、早く食べないと」
噴水横にある時計を見やると、もう昼休みが終わる五分前。昼休み終了のチャイムから授業開始まではもう五分ほどあるが、この場所から教室に戻るまでの時間を考えると、この昼休みの時間内で昼食を食べきる必要があるだろう。
堂々巡りの悩みは置いておき、パンを食べることに集中しようと齧りつくと、突然視界が暗闇に覆われる。
同時に、明るく元気な、それでいて自身が男であれば超絶に好みであった人であろう女生徒の声がする。
「だーれだっ!」
「……何やってるの真琴ちゃん」
「あちゃー、ばれちゃったか」
水瀬が振り向くと、まるで無邪気な子供のような笑みを浮かべる真琴が立っていた。
「真琴ちゃん、なんでオレがここにいるってわかって……。というか、ごめん真琴ちゃん、オレちょっと一人になりたくて」
後ろに手を組む真琴が水瀬の前まで陽気に躍り出る。背筋を張ったその姿勢は真琴の極上ボディをより強調するかのように艶めかしく、周りの散見される男子生徒たちは釘付けだった。
「そんなことは知ってますよぉ。場所に関しても、葵ちゃんが何に悩んでるかも。私の
「――あっ」
今頃気付いたのか、水瀬が呆ける様に返事をすると、真琴はより小悪魔チックに、より
「葵ちゃん、これから私とデートしましょ!」
「えっ?」
コッペパンは半分を残し、無情にも昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
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