落ちこぼれ支援魔道士はそれで強化をあきらめない〜オレがワタシで禁呪書物を操る者!〜

松原 瑞

第一章 竜一と水瀬

第1話 プロローグ

「今日で俺は転校してしまう。だから、この思いをキミに伝えたい! 茜さん、好きです! 付き合ってください!」

「ごめんなさい水瀬くん。私、イケメンが好きなの」


 たった今見事にフラれたこの男の名前は水瀬みなせ 葵あおい、高校二年生。

 一年間通っていた、ここ松宮高校魔法科を訳合って去らねばならず、後悔を残さんと自らの想いを吐露し、そして散ったところである。


「やはりイケメン……。この世はイケメンなのか……」


 水瀬はイケメンが大の嫌いだった。

 イケメンなら何をやっても許され、どんな発言でも受け入れられる。

 例えば、イケメンが女子の頭を撫でればそれだけでその女子は恋に落ち、水瀬が同じことをやればその瞬間セクハラ変態野郎のレッテルを貼られる。

 例えば、イケメンがオタク話を始めれば多趣味で面白い人とさらに人気が上がり、水瀬がオタク話をすればゴミを見るような目つきで気持ち悪がられる。

いや、傍から見れば水瀬自身の見た目はさほど悪くない。というより普通だ。それなのにこの評価の変わりようである。つまり、イケメンというのは特権階級であり、最強の免罪符なのだ。

 そんな単純な世界の理から目を背けたこの男は、無謀にも純粋な想いをぶつけてしまい――。


 ――意気消沈の男は、夕焼けに染まる帰り道を一人トボトボと歩いていた。


「今日が俺の最終登校日だってのに、誰も一緒に帰ろうとしないってひどくない? 唯一友達と思ってたオタ仲間たちも、ゲームの発売日だからってさっさと帰っちゃうしさ。……何のゲームの発売日だったっけかな。確かギャルゲーだったと思うんだが。まだ売ってるかな?」


 傷心を癒すためにギャルゲーへ手を伸ばそうとする自分の情けなさに涙が出てくる彼だが、それはそれ、これはこれ。イケメンじゃない男子は結局こういうことで傷を癒すのだと自己正当化を促し、いざゆかんとする足の速度を早める。

 彼のオタク友達が言っていた店は大通りに面するビルの一角。このまま住宅街を歩いて道なりに進んでも大通りには出れるのだが、


「確かこっちから行くと大通りまで近道だったよな」


 一度買うと決めたら心が躍る。大手通販サイトで予約した新作のゲームが、発売日になってようやく出荷し始める現象に耐えられないのと同じく、一刻も早く手に入れたい衝動を抑えられなかったのだ。

 歩いていた住宅街からビルとビルの隙間の裏路地に入る。裏路地には室外機やゴミ箱などが置かれており、予想通りあまり心地の良い道ではなかった。が、今や彼の頭の中は新作のゲームについていっぱいだ。次第に歩くスポードも上がる。

 水瀬が鼻歌交じりに狭いT時路の突き当たりを曲がると、突如目の前にツンツン頭の学生と思わしき男が現れ、


「うわ!」

「あっ!?」


 ドンッ! と勢いよくぶつかった。水瀬が足早に歩いていたのもあるが、ツンツン頭の学生は全力で走ってきてたのだろう。ぶつかった際の衝撃で、お互いカバンを投げ出すほどに派手な転び方をしてしまった。


「大丈夫か!? すまない、ちょっと今急いでて。ごめんね!」


 ツンツン頭の学生は忙しなく立ち上がると、目の前のカバンを乱暴に拾い上げ、水瀬の歩いて来た道を駆けて行った。


「イテテ……。なんだったんだアイツは?」


 水瀬が尻餅をついた尻を撫でながら立ち上がると、ツンツン頭の学生が来た方から、また3人ほどが走ってきた。


「おい坊主、ここに頭がツンツンした学生服の男は通らなかったか?」


 ドスの効いた、低い声音の黒服を身にまとったオールバックヘアの男は、いかにも堅気とは遠そうなやつらだった。あのツンツン頭の学生がなぜこの様なおっかない連中に追われているのかは謎だが、水瀬は素直に答える義理もなく、


「このまま真っ直ぐ、路地裏のさらに奥の方へ入って行きましたよ」

「よし、お前ら、あっちにいくぞ!」


 ツンツン頭の走って行った方とは違う道を教えた。

 話しかけてきた黒服の男の後ろにいた二人が路地裏の奥の方へ走っていく。

 オールバック風な黒服の男が水瀬をじっと睨みつけ、


「このことは忘れろ。良いな」

「アッハイ」


 忠告だと言わんばかりの声音で男が命令した。男のひどく低い声音は威嚇も込めているのだろう。

 顔は覚えたぞ、とでも言っているかのような熱い視線から葵は目を逸らすと、手に一万円を握らされた。

 去り際に男が再度水瀬を見てから他2人の黒服の後を追う。


「これは、口止め料ってことですかね」


 予期せぬ臨時収入を手に、彼はゲームを買いに再度歩を進める。


 ◇◇◇


 ――帰宅後、水瀬葵はまたしても意気消沈していた。


「やっちまったよ……」


 そう、自分のだと思っていたこのカバンが、別の誰かのカバンだったのだ。


「財布と定期はズボンのポケットに入れてたから、帰って来るまで気づかなった……」


 いったい何時からこのカバンにすり替わっていたのだろうか。

 学校を出るまでは確実に自分のカバンだったと水瀬自身記憶していたのだが、


「やっぱりあの時のツンツン頭のだろうなぁ」


 放課後の路地裏、あの時にツンツン頭の学生とぶつかった際にカバンから手を放してたのを思い出す。


「にしても、あいつもまさか俺と同じ、《フェアリー少女 マジカルまみか》の作中で使っているオリジナル限定カバンを使っていたなんてなぁ。あいつとは話が合いそうだ」


 まさかの同族と分かり、なんだか嬉し恥ずかしい複雑な気分を味わいつつ、カバンの中に持ち主の名前や住所のわかるものがないか探してみる。

 が、カバンの中にはこれといった目ぼしいものが見つからない。それどころか、あるのは古めかしいハードカバーの本が一冊のみ。


「持ち主の情報はなし……か。俺のカバンも個人情報載っているのはなにも入っていないし、相手も困ってるだろうなぁ」


 打つ手なし。どうしたものか。

 考えるも、相手の持ち物はこの本一冊のみ。水瀬もカバンには大したもの入れてないことを再度頭の中で確認し、一つの結論に導く。


「まっ、いっか。とりあえずゲームしよ。この真ん中の子がヒロインかな? かわいいなぁ、やっぱり現実の女はいらないやな!」


 考えるのが面倒くさくなった水瀬は、その古めかしい本を無造作に投げ捨て、先ほど買ってきたギャルゲーを袋から取り出す。

 フラレたことがまるで正解であるかのように自分の中で正当化へ導くも、ゲームのディスクを取り出すと同時にとても重要なことに気づいてしまった。


「俺明日そのまま違う学校に行くんだから、もう荷物全部向こうの寮に送っちゃったんだった……。俺はアホなのか! 今日はフラレたり人とぶつかったりヤクザみたいな人に絡まれたりと散々な一日だったのに、最後にこの失敗……。なんてツイてないんだ」


 新作のゲームで高まった気持ちの吐きどころを探すも、今の彼の部屋にはなにもない。あるとすれば、先ほど放り投げたあのツンツン頭の本のみだ。

 何の気なしに、水瀬はその本を手に取り、パラパラと中身を覗く。


「んー、これは相当昔の魔術書かな? 攻撃魔術に状態異常魔術、色々な魔術の詠唱や説明が載ってるけど、なんだろうこれ。ここに載ってるのはどれも見たことない魔術ばかりだな……――んん!?」


 学校で習う魔術や図書館で見る魔術書とは異なるその古めかしい本に、水瀬はある一つの魔術から目が離せなくなった。

 その魔法の名は、


「永続……変異魔術……だと!? バカな、そんな魔術が本当に存在するのか?」


 その本によると、永続変異魔術とは、通常の変身魔法とは異なり、どちらかと言うと呪術に近いものらしい。

 というのも、変身魔法とは想像したものを自らの魔力を体の表面に具現化させ、一時的に変化をさせるもの。つまり、自分の魔力が尽きたらそこで変身は強制的に解除されてしまう。これは小学生でも習う常識だ。

 しかしここに書いてある永続変異魔術とは、自らの魔力を体内に練り、骨格から器官まで、全て作り替えてしまうものらしい。つまり、魔力が尽きても効果が続く。というより、そのものになってしまうというもの。


「こんな素敵な魔法が、なぜ世に出回っていないんだろう。これさえあれば俺も……イケメンになれちゃう?」


(……マジで? いやいやいや、あれだけ嫌っていたイケメンになってどうするんだよ俺。常日頃からイケメンたちとの扱いの差に不平不満を募らせ、俺は顔なんかで勝負せず中身で勝負するもんねと影で豪語してたじゃないか)


「想像せよ、我が肉体よ。創造せよ、我が欲望よ。汝の求める存在を顕現せし者よ」


(それにイケメンになったって、どうせ女の子と何の気なしに話せたり、ボディータッチしても寧ろ喜ばれたり、あまつさえ飛び切りかわいい彼女ができるくらいだろ?)


「我が魂の玉座にて、今一度その盟約を解き放たん。その姿は……――」


(そんなものに俺は、俺は……)


「イケメンに、なりたああああああはぁぁああぁぁあい!」


 知らず知らずのうちに詠唱を唱えていた水瀬は、刹那、身体が紫色に輝きだす。それと同時に、身体中の骨が軋み脳が焼けきりそうなほどの激痛が走る。通常の人生に置いて、絶対に体験しないものであろう痛みが彼を襲った。


「アアアアァアァァァアッ! ぐっ、ンアアアッ!」


 身体中から鳴ってはいけない音が聞こえ出す。まるで骨という骨が一度バラバラに分離され、それをパズルのように再構築しているかの如く。まるで身体の肉をドロドロに溶かし、型に流し込むかのように。

 徐々に痛みがなくなっていく。いや、感じなくなってきていると言ったほうが正しいか。

 次第に意識が朦朧とし、まるで真っ暗な闇の中を漂うような浮遊感を味わいながら、彼は希望を胸に落ちていく。

 起きたら誰もが羨むイケメンでありますように。

 起きたら……世界が変わりますように。

 起きたら……――


「あのゲームの女の子の様な彼女が……できますように」


 水瀬葵の運命を変えた、そんな日の出来事だった。

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