彼女はヴァンパイアガール

山賀 秀明

血の契約

 不思議な夢を見た。


 暗闇の中に一滴の赤い雫。

 黒い地面に落ちると綺麗なミルククラウンを形作る。

 夢の中の俺は無意識に、その雫を人差し指ですくい舌先で味わう。

 とても甘い。

 蜂蜜のような甘さ。

 いや、蜂蜜以上の脳がとろけるような。

 体がとろけるような甘さ。

 自分が溶けていく。

 自分が自分でなくなっていく。

 でも、恐怖心はない。

 心地いい。

 とても心地いい。



「……日向くん」

「んっ、んん……」


 肩を揺らされて起きると、目の前には黒縁メガネをかけたセーラー服姿の女の子が立っていた。


「あれ? ここ何処だっけ?」

「……寝ぼけてるの? ここは教室。授業はとっくに終わってるわよ」


 ぼんやりしている頭を振り周りを見渡す。

 そうだ、ここは神保高校の1年1組の教室だ。

 彼女は心配そうに俺を見ながら姿勢を正すと、丁寧に編まれた長めの三つ編みが肩から背中に落ちる。


「ぼーっとしちゃって大丈夫? 9月とは言え風邪ひいちゃうわよ」


 頭を振ってもまだぼんやりとしている。大きなあくびをして、目をこすり伸びをする。


「ああ、ありがとう。綾瀬さんこそ、こんな時間までどうしたの?」


 綾瀬と話すなんて久しぶりだ。

 同じクラスだけど大人しくて一人でいることが多いからあまり喋る機会がないんだよな。


「私は……先生の手伝いよ」

「あ、指先が切れてる」


 ふと見ると、彼女の右手の人差指から血が出ていた。


「あっ本当だ!  紙で切っちゃったのかな? ほら綺麗に切れてるよ」


 そう言うと、嬉しそうに血の付いた指先を俺の目の前に持ってくる。

 そこには、夢に見た光景と同じ。魅力的で甘そうな赤い雫があった。

 ぼーっとした頭で夢と現実が交差する。

 綾瀬の血はなんて甘そうなんだろう……。


「ちょっと、日向くん! 何してるの!?」


 気がつくと俺は綾瀬の指を咥えて血を舐めていた。

 彼女はびっくりして指を引き抜く。


 自分でも何をやったのか理解できない。

 え!?

 綾瀬の指を舐めちゃったのか?

 ヤバイ!!


「え!? あっ! ごめん!!」


 机に頭を打ち付ける勢いで頭を下げる。


「日向くん。こんなこと二度としちゃダメだからね」


 のんびりとした普段の彼女からは考えられないほど、冷たく切れるような声が教室に響く。

 びっくりして頭をあげると、オドオドと困った顔で、指をハンカチで拭いていた。

 いつもの彼女だ。


「もう遅いから早く帰ったほうが良いわよ」 


 彼女は、そう言い残すと早足で教室から出て行く。


「綾瀬さん! ごめん」


 彼女の後ろ姿に声をかけたが振り向いてはくれなかった。


 やっべー。

 怒ったかな?

 いや、普通指なんか舐めたら怒るに決まってるよな。

 って言うかキモすぎだろ。

 綾瀬の事だから周りに言いふらすってことはないと思うけど……。

 とにかく、明日きちんと謝ろう。


 それにしても、どうしてあんな事しちゃったんだろう?

 変な夢を見たせい?

 夢と同じで綾瀬の血はすごく甘かったな……。


……


……



 その日の夜も変な夢を見た。

 暗闇の中に巨大な綾瀬の手だけが浮かび上がり、指先から血が滴り落ちる。

 その大量の血は俺を飲み込むと、大きな川になって流れる。

 溺れるかと思って必死にもがいた。しかし、その川の中にいることが心地よい事に気づく。

 血の川に沈みながら、綾瀬の血に飲み込まれていく事にフワフワとした気持ちよさを覚えていた。

 どんどんと、血の川の底に沈んでいく。

 沈む、沈む。

 少しも苦しくはない。

 少しも怖くはない。

 心地いい。

 とても心地いい。


……


……



「聡おはよう! どうしたんだ? 朝からぼーっとしちゃって。急がないと遅刻するよ」


 だるさに抗いながら見ると幼馴染の、大野優香がいつも通りの元気さで俺の肩を叩く。

 元気が有り余ってるせいか、家が古武術の道場のせいか、力加減の知らない一撃は俺の肩にヒリヒリと痛みを与える。


「なんだ、優香か」


 ヒリヒリする肩をさすりながら眠気の冷めない頭で優香を見る。


「何だとは失礼だな。カワイイあたしが声をかけて上げているのに」


 あれ?

 今日はどうしたんだろう?

 小さい頃から見慣れた優香が不思議なほど魅力的に見える。


「何よ? あたしの首に何かついてる?」

「え!?」

「え! じゃないわよ。じっと首を見ちゃって。ヤラシイこと考えてるんじゃないわよね? いくら幼馴染であたしがカワイイからって変なことしたら怒るからね」

「しっ! しねーよ!! お前を見てやらしい考えなんて浮かぶわけ無いだろ。俺は綾瀬さんみたいなおとなしい子の方が好みなんだ」


 ほんとに俺どうしちゃったんだろう? 不思議と彼女の首筋が魅力的に映る。胸やお尻ならともかく、首筋が気になるなんて、変な性癖に目覚めっちゃったか?


「あっ! 綾瀬さんおはよう」

「げ!」


 優香が声をかけた先には綾瀬が歩いていた。

 今の会話聞こえて無いだろうな。

 優香が綾瀬に向かって大きく手を振る。彼女はいつものように目線だけ軽く向けると小さな声で挨拶を返す。


「……おはよう」

「綾瀬……」


 俺が声をかけようとするが、俺には目線を向けずにそのまま行ってしまった。


 怒ってるのかな? いつも通りのような気もする。元々そっけないからよくわからない。とにかく、あとできちんと謝ろう。


……


……


「お昼に屋上に呼び出したりしてどうしたの?」


 少し強い風に髪を押さえる綾瀬。髪がなびくことによって見える首筋がやけに艶かしく見える。いや、そんな所を見ている場合じゃない! 俺は勢い良く頭を下げた。


「綾瀬さん昨日はゴメン! 指舐められて気持ち悪かったよな。本当にゴメン」

「そんなことは良いのよ」


 いつもどおりの素っ気ない態度だ。

 本当に怒ってないのかもしれない。


「それより……体に異常とかないわよね?」

「え? 異常? 特に何もないけど……むしろ体調は良いぐらいだ」


 元気さをアピールするために腕をぐるぐると回す。


「それなら良かったわ。何かあったらすぐに言ってね」


 綾瀬の首筋綺麗だな……。


「ねえ! 聞いてるの!?」

「え? ああ、ゴメン。聞いてるよ。でも、血を舐めたからって体調が悪くなったりしないだろ? 何を気にしてるんだ?」

「別に……。何もないなら良いのよ。私、用事があるから行くわ」


 そう言い残すと、さっさと屋上から出ていってしまった。


……


……


「やっと、授業終わった」


 それにしても、今日は本当におかしい。妙に女子達の首筋が気になって仕方ない。気がつくと目線が行ってる。胸やお尻に目線が行くなら分からなくもないけど、なんで首筋なんだろう?


「うーん。考えてもしょうがない。こういう日は早く帰って寝てしまおう!」

「日向くん。これからちょっと良いかしら?」

「うぇ!?」


 決意を込めた瞬間に綾瀬に声をかられて変な声が漏れてしまう。


「ああ、なんだ?」

「ちょっとついてきて」


 言われた通りついていくと、そこは屋上だった。


「ねえ、日向くん。今日は、女の子の首ばっかり見てたわよね」

「え? いや……そんな事ないよ……ハハハ」


 ヤバイ、見られてたのか? って言うか、ひょっとしたら他の女子達にもバレてたのか? もしそうだったら最悪だ。変態呼ばわりされてしまう。


「正直に答えて」


 俺の両肩を掴むと壁に押し付けて、真剣な眼差しで見つめてくる。


「ああ、見てたよ。なんか、今日は妙に気になちゃうんだ。キモかったらゴメン」


 すっげー恥ずかしい。なんでこんな事言わないといけないんだろう? でも、彼女の真剣な目を見てると到底、誤魔化せるとは思えなかった。

 綾瀬は急に俺の口に指を突っ込むと、無理やりこじ開けてきた。


「いひなりなにふるんは」


 俺の言葉を無視して、指を引き抜きハンカチで指を拭うと、大きくため息を付く。


「牙が生えてる……最悪だわ。本当に覚醒しちゃうなんて……」

「覚醒って何がだよ?」

「アナタ、ヴァンパイアになっちゃてるわよ」

「ゔぁんぱいあ?」

「知ってるでしょ? 吸血鬼、ドラキュラ、ダンピール。呼び方はなんでもいいわ。とにかくアナタはそうなったの」

「ドラキュラって言うと、陽の光とか十字架に弱いやつだろ? 俺はなんともないぞ」

「日に弱いとかは迷信よ。それよりも女の子の首筋から血を吸いたくて仕方ないんじゃない?」


 そう言うと、彼女は自分の服の襟を掴んで首から肩までを露出させる。彼女の言うとおりだった。俺は首が魅力的なのではなく噛みつきたくて仕方なかったんだ。

 夢遊病にでもかかったかのように彼女の首に噛み付くと血をすする。ヴァンパイアになったせいか、不思議なほど自然に血を吸うことがで出来た。

 彼女の血は甘かった。昨日夢に見て、指から舐め取った甘さだ。美味しくて夢中ですする。彼女は抵抗はしなかった。


 抵抗はしない?

 あれ?

 俺って何してるんだ!?


 慌てて彼女の首から口を離す。


「ごめん、いきなり噛み付いたりして」

「いいのよ。ヴァンパイアになっちゃったんだから仕方ないわ」


 安心させるように微笑んだ彼女の頬は少し赤みを帯びていた。


「いい、自分がヴァンパイアであることは他に人に知られてはだめよ? もし血を吸いたくても我慢して。お昼時間には私の血を吸わせてあげる。その代わり……アナタのも吸わせてもらうわよ」


 彼女はそう言うと俺の首に噛み付いた。チクッとした痛みを感じたが、別に嫌な感じしなかった。むしろ彼女の顔が近くにあることでドキドキする。


「ぷはっ! すごく美味しかったわ」


 しばらく俺の血をすすると満足げに口を離す。


「いい? これは二人だけの秘密よ。絶対に人にはバレないようにしてね」


 それから、彼女との奇妙な関係が始まった。学校では今まで通り距離を置き、お昼時間には見つからないように別々に屋上に行く。そして、お互いの血をすすり合うのだ。


 今日もいつものように彼女は俺の首に噛み付いている。


「なあ、ヴァンパイアって何者なんだ?」

「せっかくいい気持ちで血を吸ってるのに邪魔しないでよ……」


 俺の首から口を離すと、あからさまに不機嫌な態度を取る。


「何度も言ってるでしょ? ヴァンパイアについてアナタが知る必要はないわ」


 今まで何度もヴァンパイアはどれくらいいるのかとか、両親もヴァンパイアなのかとかどんな能力があるのかとか、色々聞いてみたがすべてはぐらかされていた。


「なんでだよ? 教えてくれてもいいだろ」

「面倒だし、アナタが口を滑らすとも限らないわ。知らないほうが都合がいいのよ。それより、家族に話したりしてないわよね?」

「話すわけ無いだろ」


 俺は慌てて否定する。別にやましい事があるわけではないけど、彼女の鋭い視線で見られるとドキッとしてしまう。


「友達にも?」

「話してない」

「大野さんにも?」

「話してない。って言うか何で、優香の名前が出てくるんだよ」

「だって、アナタの彼女でしょ?」

「ばっ、バカ! あいつは幼馴染ってだけだ」

「ふうん……。まあ、話してなければどっちでもいいけどね」


 綾瀬はジト目で俺を見ると顔を反らす。

 大野優香とは家が近いから小さい時から遊んでるだけで、特別な関係ってわけではない。親しい友達ってだけで女として見たことも無かった。


 それにしても、綾瀬は普段は大人しいのに、俺の前だとどうしてこうもキツイのだろう。

 いや、学校での彼女が演技していて、俺の前が本性なのかもしれない。

 そう考えると、ヴァンパイアの件といい、彼女の態度といい、みんなが知らないことを知っていると言うのはある種の優越感を覚える。

 血を吸い合うときには密着してるし、綾瀬っていい匂いがするからすごくドキドキする。


「なに顔を赤くしてるのよ? やっぱり大野さんとはなんか関係があるんじゃないの?」

「ちっ違うよ! 俺は彼女とか居ない完全にフリーだよ」

「そっ、なら遠慮はいらないわよね?」

「何が?」

「今週の土曜日開けといてね。確認したいことがあるから付き合ってほしいの」

「え?」


 マジか!

 綾瀬と二人で休みの日に出かけるのか?

 これは、デートってやつか?

 優香を除けば、女の子と休日に出かけるなんて初めてだ。


……


……


「綾瀬さんまだいないな」


 駅前の公園で待ち合わせ場所に10分前に到着する。

 あまり、栄えている駅じゃないから公園にも親子連れと可愛らしい女の子しかいない。

 と、その女の子がコッチに近づいてきた。


「ちょっと、来たなら何で話しかけてこないのよ?」

「え!? ひょっとして、綾瀬さん」


 いつもの地味な綾瀬さんとは見違える格好だった。

 野暮ったい眼鏡はかけてないし三つ編みもしていない、服装は白いシャツにデニム生地の膝丈のスカートだ。


「何よ? 私以外に誰に見えるのよ」

「だって、メガネかけてないし。あっコンタクトなの?」

「あれは、ダテメガネよ。目立たないためにわざとかけてるの。本当は目はいいんだから」

「そうなのか、なんかもったいないな。せっかく可愛いのに」

「日向くんって、そういう軽いこと事、平気で言える人だったの? ちょっとゲンメツだわ」


 きつい口調で睨んでくる。

 確かに、ちょっと軽い発言だったかもしれないけどそんなに怒らなくてもいいと思うんだが。


「いや、軽いつもりで言ったわけじゃないよ。ただ、今の姿ならクラスの男子にモテそうだなって思っただけだよ」

「言ったでしょ? 私は目立ちたくないの!」


 腕を組み足を苛立たしげにゆすりながら鋭い目線を送ってくる。

 まあ、実際は他の男子に目をつけられたらちょっと気分悪いけど。

 って、俺って綾瀬のこと気になってるのか?


「とにかく行くわよ。時間がもったい無いわ」


 そう言うと、さっと身をひるがえして歩き出してしてしまった。


「ちょっと待てよ」


 彼女は俺のことなど目もくれずどんどん歩いて行く。


「すいぶん、寂しい所に来たな」


 街の商店街から離れ、閑散とした郊外を歩き、林の中を進んでいく。


「こんなとこ入っていいのか?」

「大丈夫よ。多分」

「多分って」

「さ、ついたわよ」


 彼女の指差した先には古くて蔦が巻き付きぼろぼろになった3階建てのビルが立っていた。


「……ここ?」

「入るわよ」


 彼女は気にもとめずビルに入り階段を上がっていく。

 仕方なく俺も彼女に続き階段を上がる。

 そこは、捨てられて朽ちたテーブルや椅子が煩雑に置いてある十帖ほどの空間だった。


「ここなら誰にも見られないでしょ? 早速ジャンプしてみて」

「じゃんぷ?」

「飛ぶのよ。ぴょーんって」


 わけがわからないが、言われたとおりにしないと怒られそうだから素直にぴょんとジャンプする。


「これに何の意味があるんだ?」

「軽く飛ぶんじゃないの。本気でジャンプしてみて」


 くっそ、よくわからんが、俺の全力の垂直跳びを見て驚け。

 スポーツは不得意だけど垂直飛びには少し自信がある。

 俺は、軽いスクワットをするように勢いを付けると全力でジャンプする。


 どうだ、かなり高く飛べたぞ!


 って言うか、今までで一番高く飛べた様な気がする。

 しかし、彼女は残念そうに大きくため息をつく。


「ハ~、それが本気なの?」

「どういう言う意味だよ。本気だぞ! 今まででも一番飛べた」

「ふーん? ってことは、少しは影響は出てるってことね」

「どういう意味だよ?」

「ヴァンパイアになると身体能力が格段に上がるのよ」

「は?」

「見ててね」


 彼女は腰を沈めると軽くジャンプする。

 いや、軽くジャンプしたように見えた。

 が、3メートルはあるビルの天井に頭がつきそうなほど高く飛んでいた。

 すげえ飛んでる!

 けど、俺が本当に驚いたのは別のこと、短いスカートで高く飛んだせいで、ピンクの花柄パンツが丸見えになっていた事だ。


「どう? これくらい簡単に出来るようになるわよ。って顔赤くしてどうしたのよ?」

「いや、ええと……」


 これは、はっきり言ったほうがいいのか?

 それともごまかした方がいいのか?


「何よ? 気になるから、はっきり言いなさいよ」

「その、お前今短いスカートはいてるよな……」


 彼女はその言葉で気づいたのか、顔を真赤にするとスカートを両手でおさえる。


「キャッ! パンツ……見たわね」

「いや、お前が見てろって言ったんだろ。それにしても、カワイイ反応するんだな。みんなの前では大人しいし。俺の前だとクールな感じだから女の子らしい態度が新鮮だな。キャッとか言って……ハハハハ…………ってイテテテテ」


 えっ!

 肩が痛い。

 腕ひねられてる!?


 驚いていると、後ろから声が聞こえた。


「日向くん、あまりアタシをバカにしないでね」


 綾瀬の声だ。

 え!?

 いつの間にか前には居ない。


「いつ後ろに移動したんだ」

「ヴァンパイアならこれくらい簡単よ。もう一度言うわ。アタシをからかったりしないでね」

「わかった! わかったから離してくれ」

「ん~~、折角だから今日の分の血を吸っちゃおうか」


 俺の首にチクリとした痛みが走る。

 血を吸われる時にはドキドキするけど、今日は一段とドキドキする。心臓の音が聞こえないかと心配になってしまうほどだ。


「ぷはっ、日向くんの血はやっぱり美味しいわね。さっ、私のも吸っていいわよ」


 口元から血を流しながら八重歯を見せてニコリと笑い、服の襟を引っ張ると肩を出す。

 俺は言われるまま夢遊病の様に彼女の首筋に噛み付く。

 綾瀬は俺の血を吸った後だけは笑顔を見せる。

 今日は地味なメガネをかけてないカワイイ素顔の笑顔だから破壊力は抜群だ。


「なあ、綾瀬さん……」

「なに? もういいの?」

「俺達付き合わないか?」

「どういう意味?」


 俺の渾身の告白。

 いや、実際には勢いで言っちゃっただけだけど……。

 彼女はその言葉に訝しげな表情を向ける。


「だから、俺は綾瀬さんの事が好きになっちゃったみたいなんだ。だから付き合って欲しい」


 今度こそ本気の告白だ。

 勢いで言ったわけじゃない。

 否定するつもりはない。

 だって、綾瀬はかわいいし、一緒にいるとすごくドキドキする。


「ダメよ」

「え?」

「悪いけど、用事があるから帰るわ」


 彼女は冷たい声でそう言い残すと、ガラスの割れた窓から飛び降りる。

 俺は薄暗い廃墟に一人ぽつんと残った。


……


……



 翌週の月曜日、綾瀬はいつものように屋上に来ていた。

 そして、いつも通り当たり前のように首を俺の前に差し出す。

 だけど、俺は血を吸いたいとは思わなかった。


「どうしたの? 吸わないの?」

「なあ、こういうのやめないか?」

「どういうこと?」

「俺達って付き合わないんだよな?」

「……ええ、そうよ」

「だったら、こういう事するのっておかしいと思うんだ。恋人同士でもないのに首に噛みつきあうなんて……」

「これは別に恋愛行為ではないわ。食事と一緒よ」

「お前にとってはそうかもしれないけど。俺にとってはそんな簡単なことじゃない。とにかくもうやめたいんだ」

「無理よ」

「無理って……どういう事だよ」

「人が食事や睡眠を取らないのと同じよ。絶対にいつか血が欲しくなるわ」

「でも、綾瀬さんは今までは吸ってなかったんだろ?」

「それは……私が子供の頃から訓練してるからよ。アナタには無理だわ」

「やってみないと分からないだろ」

「わかるわ」

「とにかく、俺はこういう事するのはゴメンだからな!」


 俺は早足で屋上から出ていった。

 付き合うことを断られた彼女と一緒にいるのがたまらなかった。

 とにかくあの場から逃げたかった。


 俺は宣言した通り、その日からお昼休みに屋上へは行かなかった。

 一日、二日は何も問題がなかった。

 三日目は、女の子の首筋が気になって仕方がなかった。

 四日目には、危うく優香の首に噛み付くところだった。彼女が思いっきり俺の頬を叩いてくれたお陰で変な事にはならなかった。今回ばかりは彼女の暴力女っぷりがありがたい。

 そして五日目……。


「ここは……どこだ?」


 気がつくと俺はベッドに寝かされていた。


「まさか、気絶するまで我慢するとは思わなかったわ。すごい精神力ね」


 どうやら体育の授業中に倒れて保健室に運び込まれたようだ。

 綾瀬がベッドの縁に腰掛けて俺の顔を覗き込んでいる。


「さっ、観念してアタシの血を吸いなさい」


 彼女が俺の口元に首筋を近づける。

 だが、俺は顔をそむけてそれを拒否した。


「日向くん。一つ勘違いして欲しく無いんだけど、私だって嫌いな男の子に首を噛まれたいなんて思わないわよ」

「え? じゃあ、付き合って……」


 と、言おうとした所で、口元に人差し指を当てられる。


「でも、それはダメ」

「何でだよ?」

「じゃあ、日向くんに聞きたいんだけど、どうして私と付き合いたいと思ったの?」

「それは、綾瀬さんはかわいいから……」

「それなら、大野さんだってかわいいわよね?」

「まあ、かわいくはあるけど……って、そういう意味じゃなくて! それに何で優香が出て来るんだよ!」

「単純に分かりやすい比較対象を出しただけよ。意味は無いわ。とにかくかわいい子なら他にもいるわよね」

「かわいいって言うのは見た目だけじゃなくて……その、一緒にいてドキドキするし……」


 どう説明したらいいんだろう?

 うまく説明できずに視線を横にそらす。


「アタシはドキドキするとか曖昧な理由で付き合いたくないの。日向くんがアタシの事を好きだって確信したいし、アタシが日向くんの事が好きだって確信したい」

「どうしたらいいんだよ?」

「どうしたらって……わからないわ。そんなにアタシと付き合いたいの?」

「ああ、俺はこういう事を適当に言ったりしない。本気で好きになったから告白したんだし、告白したからには本気になる」


 彼女は腕を組んでしばらく考え込む。


「こういうのはどうかしら? アタシが日向くんの事を好きだって思えるような事をしたらポイントをあげる。それが、100ポイント溜まった時に日向くんがアタシの事をまだ好きでいてくれるなら付き合いましょう」

「なんだよそれ……。100ポイントってなんだよ? どうやって貯めたらいいんだよ?」


 訳が分からない事を言う綾瀬に口を尖らせてしまう。


「例えばね。今日みたいに中途半端な気持ちで血を吸い手くないって言う日向くんはかっこよかったよ。だから10ポイントあげる」

「綾瀬さんが気にいる事をしろって事かよ?」

「別に媚びてくれってわけじゃないの。そういうの嫌いだし。そうね。アナタの言葉を借りるならドキドキさせれくれたらポイントをあげるわ」


 変なことを言うやつだとは思うけど、ここまで変だとは思わなかった。でも、逆を言えばポイントさえ貯めれば付き合えるってことだよな?

 そう考えたら、中途半端な関係を続けるよりもよっぽど気が楽かもしれない。


「わかったよ。綾瀬さんに信頼されるように頑張るよ」


 両手で綾瀬の手を握り締めて誓うように宣言する。

 すると、彼女の顔がボッと赤くなる。そして、すぐに顔をそらしてしまう。


「……1点……」

「え? なんて言ったの?」


 横を向きながら小声で言ったので来とれなかった。


「今のちょっとカッコよかったから1点あげる」


 彼女の顔は耳まで真っ赤になっている。


「とにかく! ずっと血を吸ってなかったら調子悪いでしょ? 今はアタシの血を吸って眠りなさい」


 ごまかす様に大きな声を出すと横を向いたまま首筋を差し出してくる。


「わかったよ」


 言われたとおり、綾瀬の血を吸うと横になる。血を吸った心地よさと、安心であっという間に眠りに落ちた。



 不思議な夢を見た。


 綾瀬と俺の背中にコウモリのような大きな羽が生えており、手を繋いで町の上を飛んでいた。

 そして、二人は幸せそうに笑うと、空中で抱きしめ合いお互いの血を吸いあった。


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彼女はヴァンパイアガール 山賀 秀明 @syuumei_yamaga

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