第40話 証が欲しい

 静まり返った部屋の中。時計がいつもと変わらぬ調子で時を刻んでいる。

 ミカは、静かに目を開けた。

 彼女のぼやけた視界に映るのは、見慣れた天井とランプの淡色の光。

 そして、テーブルのところで静かに座っているアレクの姿だった。

 最初、ミカは自分の目に何が映っているのかが分からなかった。

 時が経つにつれて視界がはっきりしてきて、それでようやく部屋にアレクがいることに気が付き。

 布団を引っ張って、顔を覆い隠したのだった。

「!……ミカさん」

 アレクが席を立った。ミカが布団を引っ張ったので、彼女が目覚めたことに気が付いたのだ。

 ミカの枕元に行き、片膝を立てて顔を近付けて、呼びかける。

「目が覚めたんですね……良かった」

「……どうして」

 ミカは布団から顔を出さぬまま、小さな声で言った。

「どうして、助けたりしたの。私、死にたかった……あのまま、死んじゃいたかったのに!」

「馬鹿なことを言わないで下さい!」

 アレクは布団を勢い良く捲った。

 見開いた目に涙を溜めたミカの顔が露わになる。

「僕、言いましたよね。死なないで下さいって。僕の傍で生きていて下さいって。それなのに……」

 悲しげな表情をして、アレクは小さく首を振る。

「僕は一体どうすれば……貴女にお願いを聞いて頂けるのでしょうか」

「…………」

 ぐす、と鼻を鳴らすミカ。

 目尻に溜まった涙が雫となって、顔を伝い落ちていく。

 アレクは手を差し伸べて、涙を指で拭った。

「教えて下さい。僕はどうすれば、貴女に僕のお願いを聞いて頂けますか?」

 真剣で、そして優しい彼の表情に諭されて。

 ミカは、思わずそれを声に出していた。

「……して」

 こくんと喉を鳴らし、もう一度、言う。

「キス、してほしい。私、アレクに好かれてるって実感が欲しいの。もう、待ってるだけは嫌」

「……ミカさん」

 ミカの本音に、アレクは口元を引き締めた。

 目を閉じて、沈黙することしばし。

 再び目を開き、立ち上がって、片足をベッドの上に乗せてミカの上に覆い被さる。

 頭が落ちないように喉元を掴んで支え、顔を彼女へと近付けた。

「……やめるなら今のうちですよ。僕も男ですから、全く欲がないわけではありませんから」

「……やめないで」

 ミカは目を瞑った。

「私、アレクにだったら何をされてもいい。この体、命、全部あげたっていい」

「…………」

 アレクはそっと、ミカの唇に自らの唇を重ねた。

 薄く開いた肉の間から、彼女の中へと入っていく。

 奥に縮こまるようにして存在していた彼女は、触れると温かく、瑞々しかった。

 抱き合うように舌を絡ませ合い、その感触を存分に堪能する。

 唇を離すと、糸を引いた唾液がランプの光を浴びてきらりと輝いた。

「……温かいですね、貴女は」

 アレクは微笑んだ。

「貴女には、温もりがあった方がいい。その方がずっと魅力的です」

「…………」

 ミカは顔を真っ赤にして、アレクから視線をそらした。

 これだけのことが言えるなら……もう、大丈夫だろう。

 アレクはベッドから降りて、元通り椅子に腰掛けた。

「今日はもう遅いですから……このまま、眠って下さい。貴女が眠るまで僕が傍にいますから、安心して下さい」

「……うん」

 ミカは恥じらい顔を布団の下に隠して、目を閉じた。

「おやすみなさい、ミカさん」

「……おやすみなさい」

 挨拶を交わし、二人は沈黙する。

 アレクはそのままミカが眠りにつくまで、彼女から片時も目を離さずに見守り続けていた。

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