第33話 デュラハンは思い悩む

 ミカは運んできた料理を目の前に並べて、いつものように一人で黙々と食べていた。

 今回彼女が選んだのは焼きたてのミートパイとコーンたっぷりのサラダ、窯焼きのライ麦パンとフルーツヨーグルトだ。

 コップにたっぷりと注いだミルクで喉を潤して、サラダのトマトにフォークをさくりと突き立てる。

 と、目の前にそっと置かれるミネストローネの器とローストビーフの皿。

 ミカはトマトを頬張りながら視線を上に持ち上げる。

 そこにあったのは。

「此処の席、良いですか?」

 微笑むアレクに、ミカはびっくりしながらもこくこくと頷いた。

 アレクが椅子を引いて静かに席に着く。

「こうして此処で一緒にお食事するのは初めてでしたね」

「……う、うん」

 口の中のものを飲み込んで、ミカは何とか返事をした。

 突然のアレクの登場に、それまで穏やかだった心臓が一気に騒ぎ始めていた。

 街でアレクとスイーツを食べた時のことを思い出してしまい、平常心が保てないのだ。

 ミカは、ちらりとアレクを見た。

 アレクはスプーンで上品にミネストローネを食べているところだった。

 ……やっぱり、食べてる姿も格好良い。

 つい、アレクの口元に目が行ってしまう。

 薄く色付いた唇。手を触れたらきっと柔らかいんだろうな……

 そんなことを考え、何だか恥ずかしくなってしまい、彼女はそっとアレクから視線をそらした。

「……先程は、レンがきついことを言ってしまったみたいで、すみませんでした」

 かちゃ、と器にスプーンを置き、アレクが謝罪の言葉を述べる。

 ミカはすぐに思い当たった。思わず駆け出してしまった時の、あの言葉だ。

 彼女は慌てて首を振った。

「……アレクが謝ることない。あの人が言ったことは、正しいことだから」

 手元に視線を落として、小さく言う。

「私、アレクの迷惑にならないようにするね」

「迷惑だなんて!」

 アレクは声を大きくした。

 周囲の客人たちが何事かと彼の方を見る。

 彼はそれに気付いて小さく頭を下げて、トーンを落とした声で言った。

「僕は……貴女の笑顔を見るのが好きなんです。貴女には笑っていてもらいたいんです。貴女のためなら、僕は……」

 そこまで言ってはたと我に返り、こめかみの辺りをかりかりと掻いて、笑った。

「ですから……今まで通りの貴女でいて下さい」

「…………」

 ミカはもう一度、アレクの顔を見た。

 相変わらず眩しく見える彼は、他の何にも目を向けず、ミカだけをまっすぐに見つめていた。

 今言いかけた言葉。その続きは、何?

 ミカは言葉にはせずに、胸中で彼に問いかけた。

 やっぱり、アレクは優しい。

 優しいから、私に遠慮して言ってもいい言葉まで内緒にしてしまう。

 遠慮しなくていいのに。アレクの言葉なら……どんな言葉だって、素直に聞けるのに。

 何処かむずむずとした気分になりながら、ミカはミートパイにフォークを刺した。

 ミカが食事を再開したのを見て、アレクも器に置いていたスプーンを手に取る。

 このまま二人の穏やかな食事の時間が過ぎていく。二人はそう思っていた。

 その穏やかな空気の中に、割って入ってきた者がいた。

「此処にいたのか。アレク」

 山盛りの窯焼きパンを乗せた皿を置いて、レンがアレクに声を掛けた。

「大事な話がある。お前にとっても悪い話じゃない」

「……レン」

 顔から微笑みを消して、アレクがレンの横顔を見上げる。

 ミカは何か硬いものが喉に詰まったような感覚を覚えて、齧っていたミートパイを皿に戻した。

 レンはミカの方をちらりと見て、微妙に眉を顰め、言った。

「またお前か。アレクに付き纏って困らせたりしていないだろうな」

「レン!」

 アレクは声を荒げた。

「そういう言い方はないんじゃないか。彼女は──」

「大切なお客様だ、お前はそう言っていたな」

 レンはアレクの嗜めにも動じない。厳しい顔のまま、アレクに提言する。

「そんなに大切なお客様だったら、お前も時間外サービスなんてしていないでこいつを解放してやったらどうだ。宿の客というのは自分の時間を欲しがるものなんだろう」

「…………」

 ミカは唇を噛んで席を勢い良く立った。

 そして大部分の料理を残したまま、逃げるように大広間から出ていってしまった。

「ミカさん!」

「放っておけ」

 腰を浮かしかけたアレクを制するレン。

 アレクは僅かに悲しそうな顔をして、力なくとすんと席に座った。

 ……なかなか上手く事は運ばないものだね。彼らの恋路は障害だらけだよ。

 だからこそ……恋路と言うのかもしれないけれどね。

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