第25話 二人は仲睦まじく

 翌日の朝。約束した時間よりも三十分早く、アレクは待ち合わせ場所であるフロントに姿を現した。

 今日の彼は、いつもの燕尾服姿ではなくラフな白いシャツとシックな紺のズボンを身に着けている。

 小さなアメ色の鞄を肩から下げた、今風の若者の格好だ。

 彼は壁の時計をちらりと見て、それから玄関の横にある窓に目を向けた。

 窓から見える空は、綺麗に晴れていた。この分なら雨が降ることはないだろうね。

「アレク、分かってるだろうな、ちゃんと抱き締めてやるんだぞー」

 カウンターの方からローゼンの茶化すような声が聞こえてくる。

 アレクは眉間に皺を寄せて、そちらの方に振り向いた。

「人をからかうな。そもそもお前、夜勤なのにどうしてこんな時間まで此処にいるんだ」

「交替の奴が来ないんだよ。ひょっとして忘れてるんじゃないのかなぁ、俺いい加減疲れたんだけど」

「……しゃんとしてろ。お客様に見られたらどうするんだ」

「はいはい」

 全く、と呟きながらローゼンから視線をそらすアレク。

 そのまま静かにその場で待つことしばし。

 ミカが三階の踊り場に小走りで駆けてきた。

 着ているのは白いワンピース。髪も天頂部で結われ、普段よりもさっぱりとしている装いだ。

 彼女は踊り場からフロントを見下ろし、アレクの姿を見つけて、慌てたように階段を一気に下りてきた。

 そんなに慌てなくても時間には間に合っているのに。きっとアレクを待たせたくはないんだろうね。

 アレクの前まで来て、彼女は背中を丸めて息を大きく吐いた。

 アレクは彼女を見つめて苦笑した。

「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」

「…………」

 すっと呼吸を整え、ミカが顔を上げる。

 大分緊張しているようだ。目は大きく見開かれ、口元が引き締まっている。動きも何だかぎこちない。

 アレクは微笑んだ。

「それでは、参りましょうか。ミカさん」

 こくこくとミカが頷く。

 アレクは玄関口に向かい、ゆっくりと扉を開いた。

「どうぞ」

 ミカを先に外に行かせ、次いで彼も外に出る。

 太陽の日差しが二人に降り注ぐ。

 その眩さに、ミカは手で傘を作り、目元を覆った。

「良い天気ですね。良かったです、せっかくのお出かけが雨で台無しにならなくて」

「……もしも雨だったら」

 ミカは尋ねた。

「雨だったら……お出かけは、中止にしてた?」

「そうですね……」

 アレクは少し考えた後、言った。

「雨でもミカさんが出かけたいと仰っていたら、出かけていたと思います」

「……私は」

 ミカはアレクの目をまっすぐに見つめて、先程よりも少しだけ大きな声で言った。

「雨でも、アレクとお出かけしたい。色々な場所に行って、色々なものを見たいって、思う」

「それは光栄です」

 さあ、とアレクはゆっくりと歩き始めた。

「街まで少し歩きますから、お話しながら行きましょうか。僕、ミカさんの話をもっと聞きたいです」

 ミカはアレクの隣を置いていかれないように一生懸命に付いていく。

 遠くの空から爽やかな風が吹き、二人の間を吹き抜けて彼らが向かう先へと翔けていった。

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