第11話 ホームセンターと幼馴染
現代へと戻った東条は一旦家へと帰り、じっくり睡眠を取った。初めて人を殺したのだ。きっと悪夢を見るに違いないと予想していたが、何のことはない。夢に見るどころか、次の日目を覚ますと、殺した男たちの顔は綺麗さっぱり忘れていた。
サイコパスなのかもしれないと、東条は自分の酷薄さに自嘲するが、そんな自分が嫌いではなかった。
雑貨商店の看板に『本日休業させて頂きます』と一言残し、東条は目当ての場所へと向かう。そこは雑貨商店から歩いて五分ほどの距離にあるホームセンターだった。広い駐車場と広い店舗は、鎌倉一の大きさだと、店の宣伝文句として謳っていた。
「東条くん」
「可憐か」
ホームセンターの店舗をぶらついていると、幼馴染である可憐が駆け寄ってきた。店のエプロンを着ているところを見ると、アルバイトをしているのだと察することができた。
「可憐はいつからここでバイトしているんだ?」
「う~ん、三カ月くらい前かな」
「お金に困っているのか?」
「違うよ。ただの社会勉強」
「本当か? もし困っているならいつでも言ってくれ。俺は可憐のためならどんなことでもするから」
「ただの幼馴染にそんなこと言っちゃだめだよ。私は長い付き合いだから大丈夫だけど、普通なら勘違いしちゃうよ」
「俺にとって可憐は普通の幼馴染なんかじゃない。命の恩人だからな」
東条と可憐は同じ孤児院で育った仲で、幼馴染よりも姉弟にさえ近い関係だった。もっとも最初からそれほど仲が良かったわけでもない。きっかけは可憐の善意から始まった。
孤児院にいた頃、東条は周りの子供たちから酷い仕打ちを受けていた。毎日殴り蹴られ、罵倒される日々。そんな苦難の毎日から救い出してくれたのが、孤児院で一番の人気者の可憐だった。子供たちの間では人気がすべてだ。最高権力者の彼女が止めろと命じれば、ピタリと、子供たちは東条への酷い仕打ちを止めた。子供ながらに自殺まで考えていた東条を救ってくれた救いの乙女こそ、可憐という少女だった。
「私のバイトのことより、東条くんはここに何を買いに来たの?」
「食料と、肥料を買いに来たんだ」
「食料は分かるけど、肥料は家庭菜園でも始めるの?」
「まぁ、そんな感じだな」
「なら肥料売り場まで案内するね」
可憐に連れられて、肥料売り場まで辿り着く。パックされた肥料が山のように積まれている。
「色んな種類の肥料があるが、それぞれ何が違うんだ?」
「肥料の材料になっているものが違うよ。動物の糞や死骸を使っているモノもあれば、石灰がメインの肥料もあるよ。他にも即効性の肥料や遅延性の肥料のように効果の出方に応じても、使う肥料は変わるんだよ」
「できる限り早く効果の出るモノがいいな」
「ならお姉さんオススメをチョイスしてあげるよ。ちなみに量はどれくらい必要?」
「う~ん。十トンかな」
「……聞き間違えたかな。十トンって聞こえたんだけど」
「間違っていないぞ。そう言ったからな」
「家庭菜園に十トンは多すぎだよ」
「実は俺が使う訳ではなくて、知り合いの農園に撒くつもりなんだ」
東条と可憐は互いの交友関係を把握しているほどに仲がいい。それもあって彼の知り合いに農園関係者がいないことを可憐は知っていたが、東条が深く語ろうとしないのを見て、彼女なりに納得の言葉を返した。
「で、東条くんが買った肥料は郵送サービスで送る?」
「頼む。場所は雑貨商店の近くに倉庫があるだろ。あそこに積んどいてくれ」
「うん、わかった」
「あと食料も欲しい。賞味期限の長い非常食で、調理器具や電子レンジがなくても食べられる奴」
「缶詰とか? 乾パンとか?」
「そうそう。ありったけを頼む」
「予算は?」
「百万くらいで足りるか」
東条がコンビニのATMで今朝引き出した百万円を可憐に見せると、彼女は呆れた表情を浮かべる。
「それだけの食料を何に使うの?」
「知り合いにあげるんだ」
「街の人間全員が当分食べていけるだけの量だよ」
「だろうな。むしろそうであって欲しい」
「……分かった。用意するよ」
「運ぶ場所は同じく倉庫の前で頼む。郵送料はいくらかかっても構わないから」
「百万円の商品を購入してくれるんだもん。場所は目と鼻の先だし、送料は無料で良いよ」
可憐は乾いた笑いを漏らす。その声には若干の呆れが混じっていた。
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