第97話 転校生にはおちゃめな一面が存在した -10

    ◆



「当たり前じゃないですか」



 一時間目が終わった休み時間。

 トイレに行く、と教室を出たセバスチャンの後を拓斗と遥は示し合わせたように付いていった。それは彼が出る際にこちらに対して視線を向けてウィンクをしてきたからであり、付いてこいと言う意思が見えたからである。

 そうして連れられた二人は他の人に聞き耳を立てられない場所まで移動した後、彼に3つの質問をした。

 その答えが先の言葉。

 しかもそれは、全ての質問に対して、当たり前、と同じ単語を返したのだ。


 一つ目の質問は拓斗からの「どうしてこの学校に来たんだ?」という質問。


「当たり前じゃないですか。『白夜』の方針が複数の『スピリ』で複数の地域を担当する方向に変わったのですから、連携しやすいように同じ学校に通うのは必然かと」


 昨日、美哉が言っていたことはいつの間にか決まっていたようだ。というよりも美哉が知らなかったというのが正しいのであろう。即日、転校してくるなんてのは流石に速すぎるので。


 続いての質問は「フランシスカはこの学校に来ないのね」という遥の問い。


「当たり前じゃないですか。お嬢様はまだ幼いのです。それに掛け算の2の段すら危ういのに高校生の勉強なんか付いてこれる訳ないじゃないですか。飛び級小学生なんてフィクションの世界ですよ」


 確かに小学生が高校生の勉学についていけないのは自然なことだ。掛け算の2の段が危ういのはどうかと思うが。一体、フランシスカは何歳なのだろうか。

 そんな疑問を持ちながらも、拓斗は最後の――3つ目の質問をする。


「にしても、さっきのみんなとのやり取りは面白かったよ。おちゃめな所があるんだな。あの危ない発言は流石に冗談だよな。当たり前に」


「当たり前じゃないです


』と『』。

 3つ目だけ1文字違った。

 違っただけで、180度、意味合いが変わった。


「……当たり前じゃないのか……」

「ええ。あれは私の本心ですよ」


 恥じる様子も無く答える彼の様子は、清々しささえ覚えた。

 言っていることはひどかったのに。

 ロリコンの極みとしか思えない発言だったのに。


「言っておきますが、私はロリコンではありませんよ」

「どの口が言っているんだ!?」

「この口ですが。何なら直接突き合わせましょうか?」

「嫌だ」

「私も嫌です」

「なら何で言ったんだよ!?」

「ほら……その……あれじゃないですか……誤魔化したかったんですよ」

「誤魔化す?」


 何故か恥ずかしそうに曖昧な笑みを浮かべるセバスチャン。

 故に拓斗は、それが本心からの言葉だと理解した。


「何を誤魔化すっていうのよ?」


 遥も分かっていない様でそう問い掛けるが、彼は「いやあ、それは……」と先の余裕綽々の態度からは想像できない程にあたふたした様子から、唐突に拓斗の頭の浮かんだことがある。


「……フランシスカ、か?」


 ピクリとセバスチャンの肩が跳ねる。


「お前が好きなフランシスカが幼女であるだけで、幼女が好きなんかじゃない。嘘は言っていないけど、でも具体的な名前を上げるのは恥ずかしかったから、敢えてああいうようにぼかした言い方をした」

「……そこまで分かっていながら具体名出すのはひどくないですか?」


 ふっ、と肩の力を抜くセバスチャン。


「まあ、そういうことです。私はロリコンではなく、お嬢様のことを好きなだけですよ」

「それをロリコンって言うんじゃないの?」

「遥。正論言っちゃ駄目だろ」

「……正論、なんですか?」

「お前も少しズレているな」


 本気なのかどうか分からないが、首を傾げているセバスチャンに呆れ声を投げる拓斗。


「あれだけのことを口にしておいてそこは恥ずかしいってのは……まあ、分からないでもないがな」

「ですよね!」

「目を輝かせるな! 同士じゃねえよ! 僕はロリコンでも変態じゃねえよ! 僕だったらその前段階ですら恥ずかしいっての!」

「うわあ……」

「引くな遥! 違うから!」

「メイド服を着せた癖に変態じゃないって胸を張って言えるのね」

「ぐぬう! ここでそれ言うか!」

「メイド服! いいですね! それ貸していただけますか?」

「幼女用はねえよ! ……あ、嘘。分からん。メイド服って遥のものだし」

「へえ。メイド服を持っておきながら、着せた、って言っているんですか」

「なっ!?」


 予想外に攻めの矛先を向けられ、遥の顔が赤くなる。


「……そうなんですよ、セバスチャンさん。メイド服持って着たそうにしていたから仕方なくやったらこれですよ。ひどいと思わない?」

「……ええ。ひどいですよね。持っているってことはどちらにしろ着たかった、ということですからね」

「……それを僕の所為にして自分はメイド服を着るという目的は達成する。あら強欲さん」

「……成程。自分の欲求を相手に責任を押し付けて実行するのですね。勉強になります」

「あんた達一気に仲良くなったわね!?」


 ひそひそと言葉を交わし合う拓斗とセバスチャンの様子に遥が腰に手を当てて憤慨した様子を見せる。


「っというか拓斗、こいつの話術に嵌っているんじゃないわよ。話を逸らされているわよ」

「……はっ!?」


 確かにそうだ。

 セバスチャンがフランシスカに特別な感情を抱いているという話から、いつの間にか遥のメイド服の話になった。

 幼女からメイド服の話になった。


「これも処世術ですよ。執事のたしなみってやつです」

「お前、どこまで本心だったんだ……?」

「さて、どうでしょう。全部本当で、全部嘘かもしれませんよ。当ててみてくださいね――あ、そろそろ教室に戻りましょう。授業が始まりますよ」


 ふふふ、と含み笑いをしながら、セバスチャンは再び歩みを始める。

 そこには先の余裕ある態度が戻ってきていた。

 おちゃめな一面があると思っていた転校生は、そのキャラクターは未だにつかめない。

 彼とこれから、仲良くなっていけるのだろうか――



「じゃあとりあえず教室に戻ったら、クラスのみんなにお前が『フランシスカという幼女が好き』だということを伝えておこう」

「すみませんそれだけは勘弁してもらえませんかごめんなさい」



 即座に土下座する彼とは、これから仲良くなっていけそうな気がした。

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