第92話 転校生にはおちゃめな一面が存在した -05
◆遥
「……何なのよ……」
アンコールの後に更なるダブルアンコールを行うという悪魔のような所業を要望した拓斗に涙目で応えた遥は、開放された直後に自室のベッドに顔から突っ込んだ。
何なのよ。
その問いは、何で三度も歌わされたのか、という意味合いも含んでいたが、それよりも彼女が悶えていたのは、拓斗の行動であった。
メイド服を着てアイドルソングを歌えというのは絶対に拓斗が考えたことではない。真っ先に自身の母親の仕業であると思いついたのだが、最近は拓斗の母親の方の可能性も出てきているのが悩みの種であった。類は友を呼ぶ、という言葉がこれ程までに合うとは思っていなかった。若干アウトは入っているが。
それでもどうして母親達がそんなことを拓斗に提言したかを考えたら――命令に関して母親に相談したかと言えば、それは遥の為になることをしたい、と思ってくれたからだろう。
それだけでも嬉しいが、身悶えするのはそれが理由ではない。
拓斗がきっと――理解していないことを知っていたからだ。
拓斗は、原木との戦いで彼女を殺さずに止めようとしたことが失敗したことから、ある種歌も含めてトラウマ化してしまったから、荒療治的意味で提案されたのを受けたのだろう。
しかし、そもそもの前提が違うのだ。
遥はあの戦いで確かにショックを受けた。
だがそれは、原木を死なせてしまったからではない。いや、確かに原木を死なせてしまったことに多少は衝撃を受けたが、それが主要因ではない。
原木は敵としてこちらに対峙してきた。その相手を傷つけずに打ち倒そうとしたのは、遥の甘さだった。今ではそれを痛感している。
痛感したのは、とあることにショックを受けたからだ。
それは――拓斗の負傷。
盾として戦闘で今まで傷一つ負っていなかった彼が、あそこまでボロボロになっていた姿を見た瞬間、遥は猛烈に後悔した。
どうして拓斗のことを気に掛けなかったのか。
どうして一緒に行動しなかったのか。
敵となった相手に気を掛けている間に、味方である拓斗への配慮が疎かになってしまった。
一歩間違えば、拓斗が原木のように命を落としてしまっていた可能性だってあったのだ。
昼休みの亜紀の言葉で、生と死について改めて自覚した。
たくさんの命が失われた。
だけど、どこか自分にとっては身近ではない分、他人事のように思っていた。母親の美哉はデスクワークで現場の危険には縁遠かったのもあった為、命を失う危険性が伴った身近な人物は、拓斗が初めてであった。
「~~~っ!」
枕に顔を埋め、音にならない声を上げて足をパタパタとさせる。
(――拓斗のことを、身近な存在と思っているってことじゃない!?)
それを自覚した時、物凄く恥ずかしくなった。
身近。
知り合い。
それだけではない感情があることを、遥は自覚していなかった。それは今まで義務教育も含め男性と共に学ぶ機会が無かった彼女に芽生えなかった感情。
文献含めて知識としてはある。
だけど感覚として理解出来ていない。
「……」
足のぱたつきを収め、大きく深呼吸をして思考を戻す。
考えるのは、母親達があのような命令を拓斗に告げた意図について。
きっと、美哉であれば遥のことを理解していただろう。
落ち込んでいるのは、拓斗を傷つけることになってしまったことについてだということを。
そして、この先の感情も読んだからだろう。
メイド服でアイドル曲を歌わせる。
単純に考えれば恥ずかしい感情で過去の辛い気持ちを吹き飛ばす為、というのが表だった理由になるだろう。
しかし、先の遥の感情の振れや思いを読み取っていた母親は、次のことも狙っていたと思われる。
拓斗に可愛らしいメイド服で可愛らしい曲を歌って――可愛らしい遥を見せる為だということを。
「~~~っ!」
枕に抱き着いてベッドの上で転がって身悶えする遥。
実は歌っている最中に辿り着いた結論であったが、羞恥と相まって顔が熱くてボーっとしてそれ以上深くは考えていなかった。
いい意味か悪い意味かは分からないが――結果的に。
別のことに頭がいっぱいになるという状態によって遥は思考を切り替えられ、ネガティブな感情を振り切ることが出来た。
その夜、色々な意味で眠れなかったのは、また別の話ではあったが。
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