第53話 戸惑い -04
◆
「いい? 親娘丼っていうのはただ母親と娘が重なり合うだけじゃないの。そこに肌色が重なって男が絡み合うことを言うのよ」
(何を言っているんだこの母親)
クレイジーすぎるだろ、と拓斗は自分の母親の品性を疑った。
重なり合う剣崎親子を親娘丼と自身の母親に告げたら、母親は料理の手を休めて猛スピードで二階に駆け上がった。そしてがっかりした顔で降りてきて「……これからお説教を始めます」と先程よりも深刻そうな表情で言われ、現在に至る。
親娘丼とは何か。
雄弁に語られてしまった。
母親に。
いらぬ知識が身に付いた。
……間違った知識が正されただけではあったが。
その時の拓斗の気持ちは複雑だった。
そんな気まずい状態で正座をしている間に遥と美哉も階下に降りてきた。
余談だが遥は既にメイド服から私服に着替えていた。
その時の拓斗の気持ちは複雑だった。
「何でメイド服を脱いでいるんだよ、遥?」
「なっ!?」
いきなり話を振られて、かつ先のメイド服について言及された彼女は途端に顔を真っ赤にさせた。相も変わらず防御面が弱い。
そこを母親が「こらっ!」と咎めてくる。
「まだ親娘丼の話は終わっていないでしょ」
「そっちなの!? ってか終わってよ、もう。聞いていて恥ずかしいんだよ」
「……親子丼? 何で食べ物の話で恥ずかしいの?」
「あらあらー。遥は知らなかったのねー」
美哉は知っている様子だ。この母親にしてあの母親。類は友を呼ぶ。当たり前といえば当たり前なのかもしれない。
そんな美哉の煽りに、遥はむっとする。
「な、なによ。知らなくて何が悪いのよ?」
「いやいや。悪い訳じゃないわよー。この場で知らないのは遥だけって話しなだけよー」
「ぐぬぬ……」
悔しがっている遥だが、知って良いものではないことは、先程教え込まれた自分がよく分かっている。
だから拓斗はここら辺りで話を変えることとした。
「で、さっき上で何をしていたの?」
「っ!?」
しまった。話あんまり変わっていなかった。
またまた顔を真っ赤にさせる遥に代わって、美哉がにししと笑い声を上げる。
「さっき遥の部屋でお説教したのよ。で、反省しているならメイド服着てスカートをたくし上げなさいって言ったのよ」
「……何で従ったのさ?」
「だって……あれは私が悪かったんだし……」
遥は唇を尖らせる。
彼女も知ったのだ。
母親の想いを。
だから断りにくかったのだろう。
――完全に断っていい願いなのに。
「それに、調査するにはこれをしなくちゃいけない、って言われたから……」
「調査って……原木さんのこと?」
遥は首を縦に動かす。
「あの人について調査をお母さんにお願いしたわ。不確定だけど怪しい要素があったから」
「そうそう。その話を家についたらしようって言っていたんだった」
あれから怒られたりメイド服だったり親娘丼の訂正だったりですっかりと話が飛んでいた。
「原木さんのどこに怪しい所があったの? 近くのスーパーに大量にマタニティグッズを買いに行っていただけじゃない。まさか相手が『地獄の子守唄』だから、赤ちゃんがいそうな人がそれなんじゃないかと思ったの?」
「そういう思考も少しはあるのは否定しない。だけどあの人の行動には少し変な所があったのよ」
「変な所?」
「そうよ。彼女には赤ちゃんがいることは確かよ。マタニティグッズを大量に買っていたことからも分かるけど、そんなに大きくはないわね」
「一歳か二歳くらいのイメージかな」
「私もそう思うわ。道中で話を聞いている限りもね。……でもね、そうすると変な所があるわけなのよ」
遥はそう言って、原木の不審な点を口にした。
「どうして、そんな幼い赤ちゃんを買い物に連れていなかったのかしら?」
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