食べちゃう男子、食えない女子
雨思考
第1話 いつから
「おい、真夏。お前また食べてるのか」
自分の左手の上には食べかけカップラーメン。右手には今まで麺を啜るために上下していた箸。僕の大学の先輩でもあり幼馴染である叶多さんからこう言われるまで、まるで無意識だった。
「僕、そんなに食べてますか」
本当に、本当に無意識だったのだ。
「講義中も食べてるだろ。パンとかおにぎり。学食も食っててよく二つのバイト代だけで生活できるな」
言われてみればそうかもしれない。でもその時はただただ大学生男子のよくある食欲だと思っていた。
また別の日、叶多さんは怪訝な顔をしていた。ふわっとした天然パーマの黒髪を触りながら頬杖をついている。
「…真夏、さっきラーメンとカレーと定食ランチ食べてなかったか」
「はい、食べました」
どうにもこうにも食欲が抑えられない。食べたくて食べたくて仕方ないのだ。
甘いもの、辛いもの、ただ食べたい。
「…お前、何かあったのか?バイトつらいのか?」
「バイトは楽しいです。強いて言えば彼女がいないことですかね」
結婚式場の映像を作るバイト。残った料理が貰える。高級料理でシェフが作るものはとても美味しい。居酒屋の慌ただしいバイトも慣れれば楽しいものだ。まかないも貰えるし。…基本的にバイト代は食費と自分の趣味のカメラに消えて行くんだけど。
「やっぱ食い過ぎだろ。俺とは比べものにならん」
「違います。叶多さんが食べなさ過ぎなんです」
叶多さんはスラッとした背丈でカッコいい。世に言うイケメンだろう。それに比べて僕は…。
朝から頑張って整えた自分の金に近い茶色の髪をぐしゃぐしゃにする。
「おうおう、イケメンが台無しだぞ」
「叶多さんはイケメンです。僕は違います。生ごみです」
「もうちょっと自分を肯定することを学んだ方がいいよ、お前は」
そう言われてもどうしたらいいかわからない。出来のいい兄がいたことから自分を肯定する自信が無い。ついでに肯定するやり方もわからない。
また後日。クリームパンを食べている時に叶多さんが真剣な顔をして病院に行こう、といった。僕はそんな必要なんてないのに、とか レポート出さないと、と考えてあれこれ理由をつけて行くのを断ったのだが彼は
「俺は引きずってでも連れて行くからな」
と言って聞かなかった。
白くて独特な匂いの病院。昼間なのに人が多いのは総合病院だからだろう。付き添いで叶多さんもついてきた。僕が逃げないか見張るためだ。
「相宮さん。相宮真夏さん」
看護師さんのアナウンスが流れ、個室に入る。ある程度の質問に答えて診断を受けて驚いた。
まさか自分が、とも思った。
病院の帰り道に考えを巡らせては思考を停止させた。
「神経性大食症。いわゆる過食症か」
「…叶多さん、僕、全然気づかなかった」
自分の体のことなのに何も疑問を抱かなかった。気づかない要因としては嘔吐をしない
むちゃ食い障害
というものが大きい。
とにかく長らく食べ続けていた自分に終止符を打ち、ちゃんとした生活が送れるように入院が言い渡された。
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